佐藤純之介が使う「Pro Tools」第3回

クリエイターが使うPro Tools by 佐藤純之介 2019年12月25日

PTJSHeader

ライブや劇伴で多用される
ステム作成の流儀

 近年、楽曲が完パケしてから、映像作品やライブなどの用途に合わせてステム・データの書き出し作業を行うことが多くなってきました。クリエイティブな作業に関しては、さまざまなノウハウの情報は本誌を含め豊富にありますが、ステムを含む納品データの書き出し方、注意するポイントなどは受け取り側によってもバラバラで、体系化されていないのが実情です。今回は、一般的でトラブルやリテイクの少ないライブやイベント用のステムの書き出し方と、私が実践している劇伴ミックスの際のスピーディなステム書き出しテクニックを紹介いたします。このやり方がすべてにおいて正解というわけではありませんが、数百という現場で実践してきた実績あるやり方なので参考になれば幸いです。

 

ライブ用ステムは
メンバーが居るパートも用意しておく

 ミックス・ダウンにAVID Pro Toolsを使うのは今や世界のデファクト・スタンダートですが、ライブ現場ではPro Tools以外のDAWを使用するケースもあります。またPro Toolsシステムを使うケースでも、プラグインの互換性やCPUやDSPの負担を考え、各パートをまとめてプリント(書き出し)し、16〜20tr程度のステム・データとしてマニピュレーターに渡すのが標準的なやり方。バンド+シーケンスの場合は、ミュージシャンの演奏パートを除いたトラックをステージ袖で再生し、PA卓に8〜16ch程度を送出するケースが多いです。

4ピース・バンドにシーケンスが加わる場合の出力分けの例。あくまでこれはPAコンソールへ送出するチャンネルのもので、実際はこれ以外のトラックもステムとして書き出しておく

4ピース・バンドにシーケンスが加わる場合の出力分けの例。あくまでこれはPAコンソールへ送出するチャンネルのもので、実際はこれ以外のトラックもステムとして書き出しておく

 ここでは歌手+サポート・バンド(ds、b、g、k)を想定して話を進めたいと思います。経験が浅いスタッフの現場だと、バンド・メンバーが居るパートのステムを書き出さないケースがありましたが、それは絶対にNGです。スケジュールの都合でサポート・メンバーが欠けても、オケでそのパートを出してリハができますし、パートごとの細かいフレーズの確認もできます。必ず全トラックを必ず書き出してください。

 全ステム・ファイルをDAWに並べてフェーダーを0にしたときに、マスターの2ミックスと同じバランスで音が聴けるのが理想となります。私の手順の一例を追ってみましょう。

①マスター・フェーダーのエフェクトをすべてバイパス
②空間系やミックス・バスに使っているAUXフェーダーをソロ・セーフに

トラックのソロ・ボタンをcommand(WindowsではCtrl)を押しながらクリックすると、ソロ・セーフに。他のトラックのソロが有効な場合でもその影響を受けずに出力されるので、AUXトラック(空間系エフェクトのセンド先やバスまとめ)に使うと便利

トラックのソロ・ボタンをcommand(WindowsではCtrl)を押しながらクリックすると、ソロ・セーフに。他のトラックのソロが有効な場合でもその影響を受けずに出力されるので、AUXトラック(空間系エフェクトのセンド先やバスまとめ)に使うと便利

③ドラム・キット全体をソロで流して、音を確認してバウンス
④パーカッションやループなどバンド演奏しないフレーズを想定し、パートごとにバウンス
⑤ベースをソロで流し、音を確認してバウンス。ステレオ・トラックの場合はステレオ・ファイルで
⑥ギターはソロ/バッキングなど各パートに分けて複数回バウンス
⑦演奏するであろう鍵盤パートをバウンス
⑧キーボーディストが演奏しないシンセやSEなどパートに分けて複数回バウンス
⑨コーラスやガヤなどをパートごとにバウンス。
⑩メイン・ボーカルもエフェクトありと無しをバウンス
⑪クリックが無ければ作成し、バウンス。BPMも記載

クリックのクリップにはテンポ(BPM)も記載しておく。作成したステムにも同様に記しておくべき

クリックのクリップにはテンポ(BPM)も記載しておく。作成したステムにも同様に記しておくべき

⑫テンポ情報やラベルを参照するためにMIDIデータを書き出し。MIDIノートが無くても書き出す

 ステム書き出し時のマスター・エフェクトの有無についてもいろいろな流儀がありますが、CD用ミックスのダイナミック・レンジではライブでノイジーな音になってしまうことや、フェスなどでほかのアーティストの曲と並べた場合に音が奥まってしまうケースがあったので、私はマスター・エフェクト無しで書き出し、生バンドとの整合性を現場で調整するようにしています。また、メイン・ボーカルを書き出しておくと、アーティストが不在の場合のバンド・リハ時にエフェクト有りを使ってリハ、本番ライブ時のボーカルに演出的にダブル成分が必要な際にエフェクト無しを使用できます。

 全パート書き出しできれば、これらをトラックに並べ、マスター・フェーダーのエフェクトを戻し、フェーダー0でステム・データのみで再生してみて、パートの過不足が無い原曲に近いバランスならOKです。また、納品時には必ずフォルダー名に“正確なアーティスト名、正確な曲名、BPM”を記載しましょう。プロとして最低限のマナーです。

ステムをまとめたフォルダーには、正確なアーティスト名、正確な曲名、テンポ(BPM)を記載しておく

ステムをまとめたフォルダーには、正確なアーティスト名、正確な曲名、テンポ(BPM)を記載しておく

 

2ミックスのオフライン・バウンス時に
並行してステムも作成する技

 アニメや映画のサウンドトラックでは、規模にもよりますが、楽曲数が平均40前後あり、ミックスのチェックだけで丸2日かけてやる場合が多いです。その40曲前後のステム作成作業となると、さらにその何倍も時間がかかってしまいます。

 ですので、まず、各パートごとに空間系プラグイン・エフェクトを独立させ、AUXトラックにまとめます。空間系エフェクトを複数のパートで共有してしまうと、例えばストリングスとパーカッションのリバーブが混ざってしまうことになるので、それを回避するためです。そして、Pro Toolsのマルチトラック・バウンスを実行します。

緑色のトラックがリバーブ/ディレイ類がインサートされたAUXで、その右のマゼンタのトラックでステムとしてまとめられる。このように、ステムでまとめる単位ごとに空間系エフェクトを用意しておくと、ステム作成がスムーズになる

緑色のトラックがリバーブ/ディレイ類がインサートされたAUXで、その右のマゼンタのトラックでステムとしてまとめられる。このように、ステムでまとめる単位ごとに空間系エフェクトを用意しておくと、ステム作成がスムーズになる

バウンス・ダイアログ(筆者は英語表示で使用)。上部のBounce Sourceでバウンス対象となるトラックを追加できるので、ステムをまとめたトラックを指定する。2ミックスと同時にオフライン書き出しも行えるので便利

バウンス・ダイアログ(筆者は英語表示で使用)。上部のBounce Sourceでバウンス対象となるトラックを追加できるので、ステムをまとめたトラックを指定する。2ミックスと同時にオフライン書き出しも行えるので便利

 これは、CPUやDSPの性能が向上し、同時に複数の空間系を立ち上げることができるようになったからこそ可能になった手法とも言えます。このようにセッション・データを仕込んでおくと、OKミックスのバウンスを行う段階で、ステムも同時に書き出しでき、時間の節約になります。

 劇伴のステムは音響監督が映像の演出に合わせて自由にループや抜き差しをできるように納品しています。2ミックスとステム以外にも、リズム抜きバージョンや、音色違いバージョンなども作成して、提案することもあります。Pro Toolsを使う以上、ミックスして納品するだけではなく、場合によってはアレンジやリミックスの提案などもできるのが今の時代のプロデューサー/エンジニアの在り方だと思います。

 いかがでしたか? たくさんのプロが読んでいる雑誌で独自の手法を公開するのはなかなか勇気がいりますが(冷汗)、さまざまな議論の始点になればと思います。スタジオ、ライブ、映像現場と、現場が変われば使い方もノウハウも変わってきますが、すべては基本的な技術の応用です。じっくり正しく使い方をマスターすれば、どんな現場に行っても恐くはありません。しっかり基礎を固めましょう。今後も皆様の音楽制作のお役に立てれば幸いです。
 
 

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*AVID Pro Toolsの詳細は→http://www.avid.com/ja

 

佐藤純之介

1975年生まれ、大阪出身。1990年代後期より音楽制作の仕事を始める。2001年に上京し、レコーディング・エンジニアとして活動した後、2006年ランティスに入社。音楽プロデューサー/ディレクターとして、多数のアニメ主題歌やアーティストの音楽制作に携わる。シンセサイザーやオーディオ機器にも造詣が深く、新製品開発やモニターにも参加。2020年1月に音楽制作会社Precious toneを設立する。

※サウンド&レコーディング・マガジン2020年1月号より転載

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