第8回 エルヴィス・コステロ―黒縁眼鏡の奥にあるオルタナティヴな視点

音楽家は服を着る by 青野賢一 2013年8月9日

1977年のアルバムデビュー以来、現在も精力的に活動するエルヴィス・コステロ。彼のトレードマークである黒縁眼鏡を通じて、コステロの姿勢を読み解いてゆく。

人間、誰しも年齢を重ねれば体つき、顔つきに多少なりとも変化が生じるものである。太ったり痩せたり、皺が増えたり……こればかりは逆らいようのないことだ。
こうした変化に、着るものも応えなければならない。流行り廃りということ以前に、似合わなくなるもの(あるいは似合うようになるもの)が出てくる。音楽家もそのキャリアが長くなるにつれて、身にまとう服に変化が生じるわけで、そう考えると、服からその人をイメージすることはなかなか難しいと言えるかもしれない。
ある瞬間、ある時代を象徴することはあっても、それがずっと持続的なイメージとして存在することは、確かに稀である。外見上のトレードマークとなるようなものは、ウエアというよりはむしろ帽子や眼鏡、サングラス、タイ、シューズといった、アクセサリー類ではないだろうか。

これらファッション・アクセサリーのなかでも、特殊な位置にあるのが眼鏡だ。
なにしろ、本来は視力矯正装置であり、装いのためのものというよりは、必要に迫られて掛けている人も多いものである。近年では、コンタクトレンズをはめて伊達眼鏡という人も多いと聞くが、こういう場合は、まさにファッション・アクセサリーとしての眼鏡であり、掛けたり外したりということが生じるため、トレードマークとなることが少ないだろう。あくまでも度の入った眼鏡を、必要として掛けているから、それがトレードマークとなるのである。

2008年のイヴ・サンローラン逝去に際し、わたしが書いたエッセイ(天然文庫/BCCKS刊『迷宮行き』所収「眼鏡譚」)には、サンローラン自身の出で立ちと、彼の眼鏡の関係が書かれている。
「自身のサファリルックに身を包んでいても、そこには独特のエレガンスとクールさが漂う。冒頭に述べた、知性や身分のシンボルとしての眼鏡という側面が、ここで垣間見える」
冒頭に、とある部分は、大まかに言うと以下のようなことである。
すなわち、活版印刷術の発明以前は、眼鏡そのものが高価であっただけでなく、文字に触れる必要があったのは限られた学者などであり、一般民衆にとって眼鏡は、あまり必要とされてはいなかった、ということだ。

眼鏡は、確かに知性や教養を感じさせることも多いが、そのイメージが拡張された場合、エキセントリックな印象を生むこともある(映画『カリガリ博士』がいい例だ)。エルヴィス・コステロのデビューアルバム『My Aim Is True』(1977年)、あるいは2作目『This Year’s Model』(1978年)のジャケットを思い出してほしい。コステロの顔に黒縁眼鏡がなかったらどうか? 音楽としては優れた内容のものであることに間違いはないだろうが、やはりあの黒縁眼鏡のインパクトは大きかっただろう(とりわけ、日本ではセカンドアルバムがデビューアルバムに先んじてリリースされたので、よりインパクトは強かった)。

ロンドンにおけるパンクロックの登場からニューウェーヴの台頭の真っ只中にレコード・デビューしたエルヴィス・コステロは、その時代の流れのなかにあるミュージシャンとして捉えられていた。現在は、音楽的な側面でいうと、パンク~ニューウェーヴというよりは、パブロックと呼ばれる範疇(それは音楽的には多様性があるものだが)として理解されているが、いずれにせよパンクにも通じる「姿勢」が、コステロの曲からは見えてくる。
デビューアルバム『My Aim Is True』の1993年版CD(コステロ自身が選曲したボーナストラックが追加されたバージョン)の、本人によるライナーノーツにはこうある。「ぼくはまだ“昼間の仕事”を持っていたから、このためのセッションは1976年末から1977年初頭にかけて、“気分が悪くて休んだ日”や休日の間に行われた」。

コステロは、1972年から77年までの間、コスメティックブランド「エリザベス アーデン」でコンピューター・オペレーターの仕事をしていた。デビュー当時のあの風貌で、コンピューター・オペレーターとは、何ともしっくりくる(失礼!)のだが、そうした人物が、ギターを抱え、社会に対する苛立ち、異性に対するヒリヒリとした思いを、独自の詩的センスから紡がれた言葉に乗せて歌うのは、当時も実に興味深く映ったのではないだろうか。

この9月に、ザ・ルーツとのコラボレーションアルバムのリリースを控えるコステロだが、このなかで、かつての曲の歌詞を新たな歌詞とコラージュするという試みをしているそうだ。デビュー当初から変らない、オルタナティヴな姿勢があるからこそ、こういった試みが可能になっているわけで、その視線は取りも直さず、彼のトレードマークである黒縁眼鏡の奥にある目から、注がれているのである。今も、昔も。

青野賢一

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。



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