第7回 ビョーク―アイスランドから宇宙生成を臨む

音楽家は服を着る by 青野賢一 2013年7月18日

FUJI ROCK FESTIVAL ’13のヘッドライナー、また日本科学未来館での「Biophilia Tokyo」など、5年振りの来日公演を控えるビョーク。母国アイスランドの歴史や世界観を踏まえつつ、彼女の最新作までを辿る。

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アイスランド。この国を考えるときにまず浮かぶのは、氷河、火山、温泉、白夜といった自然に関することだろうか。あるいは再生可能エネルギー推進に代表されるエネルギー政策先進国としての顔もある。また、近年では今回取り上げるビョークを筆頭に、シガー・ロス、ムーム、パスカル・ピノンらアイスランド出身の音楽家たちを思い浮かべるひとも多いのではないだろうか。

首都レイキャヴィークをはじめ、海岸近くの限られた都市に人口や都市機能が集中するアイスランドには、居住地域でない広大な土地が存在する。アイスランド出身の音楽家たちのバックグラウンドには、この広大な自然からの影響が多分にあるといって差し支えないだろう。
しかし、それだけではない。人口約30万人に対して、音楽学校は90校、オーケストラは400以上、合唱団員が6000人もいる(映画『SCREAMING MASTERPIECE』トレイラーより)という状況は、多くのひとにとって音楽が非常に身近なものだということを明らかに指し示している。

2005年の映画『SCREAMING MASTERPIECE』は、ビョーク、シガー・ロス、ムーム、カラシなどのインタビュー、ライブ映像と、アイスランドの風景を収めたドキュメンタリー作品である。監督はやはりアイスランド出身のアリ・アレクサンダー・アーギス・マグヌッセン。この作品の興味深いところは、単なる近年のアーティストの紹介に止まることなく、14世紀以降に栄えた民間伝承詩歌「リームル」を現代に伝えるアーティスト、ステインドール・アンデルセンや、シガー・ロスが師と仰ぐ音楽家ヒルマル・オウルン・ヒルマルソンといった、過去と現在を繋ぐ存在にもしっかりと光を当てている点にある。「リームル」や、アイスランド植民前後からバイキングの頃のひとびとの暮らしを綴った古アイスランド語の散文「サガ」、古代ゲルマン神話、英雄伝説を記した詩歌「エッダ」は、アイスランドの文化を理解する上では欠かすことのできないものだ。「エッダ」「サガ」に深入りしてゆくと、かなりの分量になってしまうので割愛するが、とりわけ「エッダ」に特徴的なのは、韻律において「歌謡律」があり、節をつけて歌われていたということである。このことから先の「リームル」と合わせて、歌=音楽がこの民族において、重要な位置を占めていたことが分かる。

ビョークは1965年、レイキャビークに生まれた。子どもの頃からライブシンガーとしてステージに立ち、1977年にはアルバムもリリースしている。長じて、折からのパンクムーブメント(それはイギリス経由のものだった)に触れ、バンド活動を開始。「K.U.K.L(クークル)」「シュガーキューブス」の2バンドを経て、ソロ一作目のアルバム『デビュー』を1993年にリリースする。

「私は思ったことをそのまま伸び伸びとやっていたいけれど、同時に職人気質のところがあるの」(P-Vine BOOKS刊『北欧 POP MAP アイスランド、ノルウェイ、デンマーク、フィンランド編』所収のインタビューより)。こうビョーク本人が語るように、それまで自分の中に閉じ込めてきた思いの発露としての『デビュー』では伸び伸びと、それ以降『ヴェスパタイン』(2001年)に至るまでは、徐々にその作品に職人的な緻密さが増していった。このあたりまでは、どちらかというと内面を出してゆく、あるいは音楽を突き詰めて内側に向かってゆく傾向があったが、2007年の『ヴォルタ』は「どうしたらライブのようなサウンドになるかを考えた」(前出『北欧 POP MAP』インタビューより)。また、同時にその眼、意識は、自分の外側の世界に向けられるようになる。「このアルバムには、ある種の希望があると思う。それを暗示したり、少なくとも私自身が、現代世界のこの状況にも宗教を超えた解決法があるということを覚えていたいの」(前出『北欧 POP MAP』インタビューより)。

2011年リリースの最新作『バイオフィリア』のテーマは「テクノロジーと自然」。前作『ヴォルタ』の延長線上にあるというこの作品は、ズームアウトして地球を俯瞰し、またズームインして原子にまで至るような見地から作り上げられたものだ。惑星と顕微鏡的なものとの相互作用のように、音と肉体が互いにどう作用するかを探るこの試みを、ビョークは、アルバム、アプリ、ウェブサイト、特製の楽器、ライブパフォーマンス、ワークショップといったマルチメディア・プロジェクトとして発表している。アルバムジャケットやPVの衣装(とその周辺のものたち)には、宇宙や星座、あるいは物質同士の化学変化のようなモティーフがあり、また赤い髪の毛は噴火する火山を思わせ、胸元からの意匠は流れる溶岩のようにも見える。
『ヴォルタ』以降、衣装においても作品の世界観を貫くものを選ぶようになったというから、このあたりも前作からの一貫性が感じられる。

北欧神話では、世界は「9つの世界」から成るとされている。すなわち、最高神オーディンの系譜であるアース神の国、豊穣と平和の神であるヴァン神族の国、フレイ神が支配する妖精の世界、火の世界、人間界、巨人族の国、死者の国、暗黒の妖精または小人の国、極北の世界であり、これらを内包するのが世界樹=ユグドラシルだ。『バイオフィリア』に収録された曲のすべてではないが、この「9つの世界」にイメージが重なるものが多いのは、おそらく偶然ではないだろう。巨大なテスラコイルや「重力ハープ」は非常に象徴的である。最新のテクノロジーがひもとく、北欧神話に隠された太古の宇宙生成の記憶。アイスランドという国に生まれたビョークならではの視点ではないだろうか。

青野賢一

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。



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