第5回 ベック―音楽で探求するユートピア

音楽家は服を着る by 青野賢一 2013年6月20日

ブルース、カントリー、フォーク、ヒップホップ、ソウル……さまざまな要素をその音楽に見いだすことができるベック。一筋縄ではいかない彼の音楽を、歴史の地層から読み解いてみる。

ごく当たり前のことだが、時代は地層のように積み重なっていて、ある時代だけがその前後の歴史から離れて存在することはできない。思想家・批評家のヴァルター・ベンヤミンは『歴史の概念について』の中でこう述べている。「流行は、過去への、狙いをさだめた跳躍なのだ」。ベンヤミンによれば、根源的に、ひとは美しい過去の幻想をユートピアと考え、そこに向かって進んでゆく。ひとのユートピア観=幸福観は、その社会によって規定され、またその社会に生きるそれぞれの人は社会の空気を形づくるが、社会はさまざまな年齢のひとから成り立っているので、自ら知り得ない過去の時代のイメージもまた、連綿と存在し、現在まで影響をおよぼしているのである。

ベックについて考えを巡らせたとき、彼自身についていくら掘り下げようとしても、どうにも掴みどころがなかった。だが、彼を起点にして時代をさかのぼってゆくと、思いのほか気付くことが多かった。まず、一気に時計の針を1960年代まで戻してみようと思う。

1960年代前半に起こった芸術運動とそのグループ「フルクサス」。美術家ジョージ・マチューナスを主導者に、ジョン・ケージ、オノ・ヨーコ、ヨーゼフ・ボイス、ナム・ジュン・パイクらが参加していたフルクサスは、ラテン語で「流れる、なびく、変化する、下剤をかける」という意味を持ち、その言葉の多義性同様、厳密な意味づけをあえて避け、主にヨーロッパの伝統的な芸術に対抗するという前衛芸術運動であった。
このフルクサスに参加していたアーティストのひとりが、アル・ハンセン、ベックの母方の祖父にあたる人物だ。オノ・ヨーコやケージとは友人関係にあったアルは、アンディ・ウォーホルのスタジオ「ファクトリー」にも頻繁に出入りしていて、60年代のポップ・アートとの関わりも深い。後にアルの娘、つまりベックの母親であるビブ・ハンセンもファクトリーの常連となっている。

ビブはウォーホルの映画『プリズン』に出演しているのだが、そのとき彼女はまだ13、4歳(1953年生まれ)。また、同じ頃ジャック・ケルアックの息子とバンドを結成してレコードもリリースしているというから驚きだ。ベックは1970年生まれなので、ビブの18歳頃の子供ということになるか。ベックの父親であるデヴィッド・キャンベルは1948年生まれ。10歳からヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノを学び、高校ではデヴィッド・ハリントン(後にクロノス・カルテットを結成するヴァイオリン奏者)と友達だったという。いくつかのオーケストラに演奏者として加わった後、70年代初頭からはスタジオ・ミュージシャンとして数々のレコーディングに参加。マーヴィン・ゲイ『Let’s Get It On』やキャロル・キング『Tapestry』を筆頭に、さまざまなアーティストのアルバムやセッションに名前を残している。平行して、ストリングスとホーンのアレンジ仕事もスタートし、以後、ロック、ジャズ、ポップス、R&B、カントリー、そしてX JAPANや浜崎あゆみ(!)といった日本勢まで、アレンジやオーケストレーションを手掛けている。

ここでようやくベックである。ベックが子供の頃にビブとデヴィッドは離婚し、ベックは母方につくこととなった。ベックの音楽的な多様性については、暮らしていたL.A.の文化と母親ビブのアーティスト活動の影響と言われることが多いのだが、果たしてそれだけだろうか? こうして彼の生まれる前までさかのぼってみると、ベックが10代の頃はビブは目立ったアーティスト活動をしておらず、むしろ(確証はないが)祖父アルと父デヴィッドからの直接的、間接的な影響が強かったのではないかという気がする。
祖父アルは80年代初頭にドイツはケルンに移住し、ベックもそこを訪れているし、アルもL.A.の家にしばしば長期滞在していた。多感な少年時代に祖父の前衛的な姿勢に触れ、また70年代以降、デヴィッドは精力的にアレンジ仕事に携わっており、それらを耳にしたりあるいは父の音楽的なバックグラウンドからも多くを学んだはずである(ベックが16歳までは同居していた)。過去のさまざまな音楽からのサンプリング、頻出するバンジョーなどのカントリー・フレイバー、ブルージーなギターのフレーズなどは、まさしく「過去への、狙いをさだめた跳躍」であり、それは祖父や父が積み重ねた地層やその時代の空気を今の時代に現出させるという、音楽を通じたベックのユートピア=幸福な記憶の探求なのかもしれない。

さて、最後にファッションについて。最近では2013年春夏のサンローラン(SAINT LAURENT)の広告キャンペーンモデルとして登場するなど、ファッションサイドからのアプローチも多いベックだが、先頃配信でリリースされた最新楽曲 『Defriended』を聴くと、かつての作品のようにギッチリ詰め込まれた情報量というよりは、整理された音色が、メロディとところどころに散りばめられたポップな仕掛けを際立たせるといった風情だ。自身のファッションにおいても、以前のような凝ったレイヤードよりはシンプルな方向に向かっているように見て取れる。しかしながらハットやストールといった小物で自身のスタイルをさりげなく貫いているのは、音楽的なアップデートと軌を一にする「らしさ」ではないだろうか。

Defriended(YouTube)

青野賢一

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。



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