憧れのミュージシャン 3人目

書き屋石川芳の徒然鳴るままに by 石川芳 2011年7月25日

★ 坂田晃一さん ★

届いたばかりの『ピアノスタイル2011年8月号』に収録されている「さよならの夏〜コクリコ坂から〜」。

そのスコアの〈アレンジャーより〉の文章に書いてある、”作曲者である坂田晃一さんが編曲者の武部聡志さんに伝えた要望〜”ということを考えたりしながら、その部分の楽譜を追っていたちょうどそのとき、俳優の原田芳雄さんが亡くなったとテレビで伝えていました。

瞬間に思い出したのは、私が高校生の頃に放映されていた『冬物語』というドラマのことです。
財閥の社長夫人を演じる浅丘ルリ子さん、そして、脳に病気を抱え、失明して雪原で最期を迎える、どことなく影のあるテストドライバー役の原田芳雄さん。
淡く切ない恋物語に惹かれる年頃の乙女 (?)だった私も、毎週月曜日(……だったと思います)、欠かさず見ていたドラマでした。

音楽がまた、素晴らしかった。
もちろん、その頃はまだ、何がどう素晴らしいのか、その理由を分析できるような音楽力もなかったはずなのですが、寒々しい景色や、複雑な人間模様を、決して劇的に盛り上げたりしない手法で、静かに包み込むような哀し気な音楽が、妙に気になっていたように記憶しています。

ドラマと同名の主題歌は”フォー・クローバース”という男性4人組が歌っていました。
オルガンが奏でるクラシカルな雰囲気のイントロが印象的で、今でもフルコーラス歌えるほど、大好きな曲です。

阿久悠作詞、坂田晃一作曲。
当時このコンビで作られた曲は数多く、青春を重ね合わせて懐かしく思い出される方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
「冬物語」と同じ頃に流れていた、「目覚めた時には晴れていた」という歌もこのコンビが手がけた作品。
こちらは「翼をください」で知られるフォークグループ、”赤い鳥”が歌った土曜グランド劇場の主題歌でした。
よく記憶がゴチャゴチャになっている友達もいたりします(^_^)   

ちなみに、「目覚めた時には晴れていた」は、赤い鳥のバージョンのみレコードやCDになっておらず、”ビリーバンバン“や”伝書鳩“といったグループのものをCDで聴くことができまっす。

作曲家・坂田晃一さんの音楽は、NHK大河ドラマ『おんな太閤記』『春日局』や、連続テレビ小説『おしん』など、極めて叙情的で、愁いを宿したような湿度の高いメロディが特徴ですけれども、おちゃめな歌謡曲、アニメ、ちょっとドロドロした怪しい雰囲気のドラマ、はたまた希望に満ちた子どもの合唱(NHK全国学校音楽コンクール課題曲)など、その作品の幅は驚くほど広いので、一体この方のアタマの中には、どれだけの種類のオタマジャクシが住んでいるんだろう ? と思ったりしたものです。
それは現在も……ですけれどね。

ネム音楽院(現ヤマハ音楽院)時代、故・若松正司先生のゼミで作編曲の勉強をしていたとき、”坂田晃一さんの音楽が大好きだ”と先生に言うと、”彼は芸大の弦の出身で、作編曲の勉強はとても苦労をされた方ですよ”っと、いろいろ話してくださいました。

これからも、ずっと憧れの作曲家のおひとりとして、私は、坂田晃一さんの音楽を注目し続けることと思います。

ピアノというキーワードで思い出したのですが、西田敏行さんのヒット曲「もしもピアノが弾けたなら」も、阿久悠&坂田晃一コンビの作品でしたね。

みなさんも、ぜひ、いろいろな坂田晃一サウンドを、意識して聴いてみてください。

      

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石川芳

幼少よりピアノ、エレクトーンを学ぶ。ネム音楽院(現ヤマハ音楽院)卒業後、ヤマハの海外デモンストレーターとして、世界各国で演奏活動および現地スタッフの指導にあたる。"ディズニー・クラシカルコンサート"でアレンジャーとしてデビュー。曲集の編曲や音楽専門誌の執筆など、幅広いジャンルで活躍している。ピアノスタイルでは、創刊号から編曲を手がける。



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