【ビンテージ・キーボード】EML ElectroComp 100

ビンテージ・キーボード by 編集部 2010年3月26日

連続可変できる4VCO搭載のセミ・モジュラー・シンセサイザー

ビッグ・ネームに勝るスペックを持った
教育機関向けのシンセサイザー

1970年代初頭、シンセサイザー業界自体がまだ黎明期であり、どの会社の製品もいまだ試行錯誤していた時代。今回紹介するシンセサイザーはそんな時代の製品だ。

EML(ELECTRONIC MUSIC LABORATORIES INC.)は、ジェフ・マーレイをはじめとするコネティカット州の数人のエンジニアによって興された会社である。しかし、彼らは音楽とはあまり縁の無い純粋な技術者であり、電子楽器を作り始めたのも当時働いていた会社の景気が悪くなったために副業として教育市場向けに売り込もうとしたからに過ぎなかった。彼らはまず、数台の教育機関向けシンセサイザーの製作に取りかかり、数年の開発時期を経て1971年にはついに最初のプロダクション・モデルであるElectroComp100を発表する。

ElectroComp100は、価格帯的にも当時発売されていたMOOG Minimoogや翌年登場となるARP Odysseyが競合機種となったが、スペックを見る限りではそれらビッグ・ネームに見劣りしないどころか完全に勝っていた。まずはARP 2600などと同じくデュオフォニックであったこと。それに伴いオシレーターも4VCOと多く、波形を連続可変できるのも特徴的だ。フィルターはローパス/ハイパス/バンドパス/ノッチ(バンドリジェクト)が連続して可変するぜいたくなマルチモード構成。さらにパネル上部にはパッチング用の各種入出力が用意されており、これまたARP 2600のように信号経路の自由なつなぎ換えを行うことができるセミ・モジュラー・シンセだった。

さらに独特だったのはその筐体。鍵盤部とシンセサイザー部は独立した木製のケースに収められており、いったん分割した後で向かい合わせて金具をロックすれば鞄のように持ち運ぶことができるキャリング・ケースいらずの設計が採用されていた(写真①)。演奏時にはMinimoogのようにパネルが程よい角度で固定されるため操作性も良好だった。しかし、多くのミュージシャンはなぜMinimoogやOdysseyを選んでしまったのか?

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▲写真① フタを閉じれば簡単に持ち運び可能。

EML最大のヒット作ElectroComp101

まず、ElectroComp100にはピッチベンド・ホイールもモジュレーション・ホイールも存在しなかったことが大きな理由として挙げられるだろう。オシレーターの波形も各VCOごとに異なる波形が用意されていたが、サイン波と”加工されたコサイン波”など無駄にバリエーションが多い感が否めない。確かにオシロスコープで見たら違うのかもしれないが、サウンドを聴く限りでは使い分けに困ってしまうのだ。

さらに音作りの最重要セクションであるはずのフィルター。切れの良さを誇るモーグの4ポール(24dB/Oct.)フィルターに対してElectroComp100のそれは、1ポール(6dB/Oct.)に過ぎなかった。1ポールという特性はイコライザーやオーディオのトーン・コントロール回路に使用されているものと基本的に同じであり、ダイナミックな音作りに活用するには少々地味過ぎた。

こうした弱点は事前にミュージシャンからのフィードバックを求めることを怠り、エンジニアの視点だけで開発されてしまったことに起因するのは明らかだ。モーグもアープもエンジニアたちは決してミュージシャンではなかったが、キーボーディストたちの意見には熱心に耳を傾けていた。もっともEMLも間もなくそれに気付き、ジョン・ボロヴィッツというミュージシャンよりの人間を社内に迎えることになる。

結局、ElectroComp100は200台程生産された後、1972年に改良版であるElectroComp101にモデル・チェンジされる。銀色のパネルとなった101はオシレーターの波形など各部が改良されており、微細な仕様変更を受けながらも1982年までの10年間にわたり、1,000台近くが製造されるEML最大のヒット作となった。結局MinimoogやOdysseyに対抗するほどの個性的で強力なサウンドは実現しなかったが、比較的リーズナブルな価格ながら信号の流れを把握しやすいセミ・モジュラー方式であったため、やはり教育機関での需要が多かったようだ。楽器である以上に教材。これこそがEMLの製品に対して共通して言える特徴なのかもしれない。

(Photo:Five G Music Technology)

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