【ビンテージ・キーボード】EMS VCS3/Synthi A/Synthi AKS

ビンテージ・キーボード by 編集部 2009年10月27日

音響アーティストのステータス的な存在である英国産の小型モジュラー・シンセサイザー

Synthi AKSならではの「トラペゾイド・セクション」

1960年代後半にP・ツィノヴィエフによって興されたEMS(ELECTRONIC MUSIC STUDIOS)社は、名デザイナー、D・コッカレルの存在を抜きにしては語れない。彼の手による初期の製品VCS3(写真①)は、木製の個性的な形のキャビネットに非常に自由度の高いモジュラー・シンセサイザーをコンパクトに収めた傑作だ。ほどなく、このVCS3を持ち運びができるように小型のブリーフ・ケースに収納したシンセサイザーPortabebellaが試作された。これが後にSynthi AというEMS社を代表するシンセサイザーとなるのである(写真②)。

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写真①:VCS3はD・コッカレルの手による初期EMSシンセの傑作だ。木製のキャビネットが美しい。

 

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写真②:VCS3を持ち運びができるように小型のブリーフ・ケースに収納されたSynthi A。

Synthi AはVCS3と同様、3基のVCO、VCF、エンベロープ+VCA、リング・モジュレーター、スプリング・リバーブ、ジョイスティック、2基のスピーカーなどを内蔵しており、それらのモジュール間は中央部のマトリクス・ボードによって自由に接続できる。横軸に入力、縦軸に出力、それぞれの交点にピンを挿すことでモジュール間がつながる仕組みだ。視認性はパッチ・ケーブルを使用するモジュラー・シンセにおよばないものの、圧倒的にコンパクトですっきりとまとまる点が大きなアドバンテージと言える。ちなみにこのピンの内部には色によって異なる抵抗値を持つ抵抗が入っており、多数分配した際のインピーダンスの低下を防止すると共に、抵抗値をコントロールすることで信号のレベルを相対的に制御することもできる。さらに蓋の裏側にフィルム・キーボードとデジタル・シーケンサーを内蔵したモデルも用意された。これがSynthi AKS(写真③)である。

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写真③:フィルム・キーボードとデジタル・シーケンサーを装備したSynthi AKSは、つい最近まで製造されていた。

Synthi AKSは、1970年代初頭から(細々とではあるが)つい最近まで大きな仕様変更も無く製造され続けた希有なシンセサイザーである。実際の操作だが、それぞれのパラメーターや入出力のルールはかなり独特なもので、アナログ・モジュラー・シンセに精通した人間でも思い通りに操作するには、ある程度マニュアルを参照しておく必要があるだろう。中でも独特かつ操作上混乱の元凶になるのがエンベロープ/シェイパー、つまり「トラペゾイド・セクション」であろう。トラペゾイド(台形)の名前の通り、一般的なADSRタイプとは異なるエンベロープには「ホールド/OFF」という見慣れないパラメーターが存在する。「ホールド」はエンベロープが最大値まで達した後でその値を維持する時間のことであり、「OFF」はディケイ・セクションでエンベロープが終了した後で再びアタック・セクションに入るまでの時間をコントロールするもの。つまり、このエンベロープはトリガー信号を送らなくても勝手にリピートされ、LFO的な動作を行ってしまうのだ。通常のエンベロープとして使用する場合は、OFFパラメーターを最大値に設定しておく必要がある。しかも、このセクションにはVCAも一体化されており、信号をここに入力しなければいけない点も独特だ。

多くのアーティストが探し求める音楽的で美しいノイズ

1974年、Synthi A/AKSおよびVCS3は、VCFがこれまでの18dB/Octから24dB/Octの特性を持つものに変更された。これらはレゾナンスの質感に違いが認められ、好みが別れるところではある。また、SynthiのCV入力にはキャパシターによるフィルタリング回路が設けられており、オーディオ信号によるFMを行うことができない。このため、このキャパシターをバイパスし、FMによるさらにノイジーなサウンド生成できるような改造も多く行われた。そのサウンドは、さまざまな意味で個性的としか表現できない。3基のVCOの特性は、お世辞にも安定しているとはいえず、厳密に調整を行っても実用的なのは3オクターブ程度だ。しかし超低周波まで発振させたVCOによるインパルス、リング・モジュレーターの小気味よく突き上がる高域、コーン紙で歪む質感など、この小さな鞄から発せられる凶悪で美しいノイズは人々を魅了して止まない。現代では音響系アーティストのステータス的存在でもあるSynthi AKS、依然市場では非常に高価な製品であるにもかかわらず、探し求めるアーティストが後を絶たないのは多分にこの音楽的で美しいノイズによるところが大きいからであろう。しかし、こんな製品が30年近く製造されていたことに英国人の保守的なのかアバンギャルドなのかよく分からない国民性を見い出してしまうのは筆者だけであろうか。

「トラペゾイド・セクション」Synthi AKSならではの
「トラペゾイド・セクション」Synthi AKSならではの
「トラペゾイド・セクション」

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