7インチパーティ“Hot Peas & Butta”を主催するスキーム・リチャーズにインタビュー

コラム by GROOVE編集部 2014年3月31日

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フィラデルフィア発の7インチパーティ“Hot Peas & Butta”を、世界各地で開催しているDJ、スキーム・リチャーズ。2013年12月にBボーイによるダンスバトルの世界大会“Freestyle Session”への出演で来日し、さらにここ日本で3度目となる“Hot Peas & Butta”の開催も実現。DAISUKE KURODA、RYUHEI THE MAN、YOSUKE TOMINAGAらと共演し、国境を越えたドープな7インチの世界を見せつけてくれた。都内から関西までさまざまな会場でツアーをしていたスキームに、ツアー最終日の会場であった渋谷Familyにて、DJ/ブレイクダンサーとして活躍するHirokingがインタビューを敢行した。

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インタビュアーのHiroking

 

Hiroking:スキーム、今日はインタビューの時間を取ってくれてありがとう。

Skeme:ノープロブレム。光栄だよ。

Hiroking:今回の来日は何回目?

Skeme:3回目だ。いつも最高の時間を過ごしているよ。

Hiroking:普段はDJとして、どんなライフスタイルを送っているの?

Skeme:トラベリングDJだね。DJをしながら旅をしているよ。同時に、コレクターとして色んな物も集めている。だから、“ノスタルジア・キング”とも呼ばれてるよ。

Hiroking:出身はフィリーだよね? 地元でもDJ活動をしているの?

Skeme:ここ最近は旅をしてばかりで、地元でDJする時間がないんだ。前はフィリー(フィラデルフィア、以下同)やNYでレギュラーDJの仕事があったけど、旅が多くなってきたからほかのDJに譲った。

Hiroking:旅に出る時はいつも7インチもってくの?

Skeme:そうだね。旅に出る場合の9割は持って行く。ファンク/ソウル/ヒップホップを回すときは大抵バイナルを使うね。コマーシャルなギグ、例えばトップ40を求められるような時は、セラート(レイン Serato Scratch Live、以下同)も使うよ。

Hiroking:スキームがオーガナイズしてるパーティ、Hot Peas & Buttaも世界のいろんな場所でやってるから、トラベリングオーガナイザーとも言えるよね。今まで開催してきた場所は?

Skeme:フィリーで始めてから、その後NYで開催した。シアトルでも毎年やっていて、あとはLA、サンフランシスコ、ピッツバーグ。ヨーロッパではスイスが最初かな。ドイツではもう3年になる。ロンドンでもやったし……色んな場所でやっているよ。パーティをさまざまな街に持ちだすというのが、Hot Peas & Buttaがほかのファンクやソウルのパーティと違う特徴の1つだね。

Hiroking:Hot Peas & Buttaでプレイするのは、全部7インチ?

Skeme:もちろん! 出演するすべてのDJが7インチでやっているよ。

Hiroking:7インチは何枚くらい持って行くの?

Skeme:220~250枚くらいが多いかな。それだけあれば、不安なくプレイできるよ。

Hiroking:日本で開催したHot Peas & Buttaはどうだった?

Skeme:最高だったよ。素晴らしいDJたちと、Hot Peas & Butta Japanの3周年をお祝いできて、最高のパーティだった。DAISUKE KURODA、RYUHEI THE MAN、YOSUKE TOMINAGAなど、DJとしてもコレクターとしても、人間的にも尊敬できる彼らと一緒にパーティができたのは、本当に良かったと思ってるよ。

Hiroking:日本のディガーたちと、レコードの交換はするの?

Skeme:そうだね。日本でしか手に入らない物と、フィリーでしか手に入らないような物を交換したりするよ。RYUHEIが働いている店(universounds)で、日本オンリーのレコードを紹介してもらったりした。音楽に対するお互いの好みも、良く分かっているんだ。

Hiroking:Freestyle Session(Bボーイによるダンスバトルの世界大会)でも7インチでプレイしたの?

Skeme:いや、セラートを使ったよ。デジタルのほうがたくさん曲を持って行けるから安全なんだ。大きなBボーイジャムだと、数人のDJがいるだろ? アナログオンリーだと、曲がかぶってしまうことが多いんだよ。特に若いDJたちは、おれが有名なバトルでプレイしてきた曲を真似してプレイしたがるからね。でも、1人でBボーイジャムでDJをするときは、アナログを使うよ。もちろんアナログでプレイするほうが好きだし、ほかのDJとおれが違うのも、そこがポイントだったりもする。

Hiroking:Freestyle Sessionはどうだった?

Skeme:すごかったね。Bボーイが大勢いて、バトルのレベルも高かったし、バイブスも良かった。箱(新木場スタジオコースト)のサウンドシステムもレベルが高いよね。

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Hiroking:DJをはじめたきっかけや、キャリアについても聞かせてくれるかな?

Skeme:はじめにDJを知ったのは、1981年だったね。友達のお兄さんがアナログターンテーブルを持ってたんだ。学校が終わってから、良く触りに行ってたよ。アナログターンテーブルを手に入れたのは1982年、11歳のときだった。最初は1台のターンテーブルとミキサーを使って、カセットテープで再生した音に合わせて、片手ずつスクラッチの練習をしていたよ。4カ月後にもう1台を手に入れて、ようやくDJらしいことができるようになった。1986~7年にはドラムマシーンE-mu SP12を手に入れたよ。

Hiroking:そのころも、ずっとフィリーに居たんだよね?

Skeme:そうだね。フィリーはDJとって、かなり環境の良い場所なんだ。ターンテーブルを縦に置くのも、元々はフィリーで産まれたスタイルだからね。そういう土地柄、DJをする機会には恵まれたよ。1980年代後半から1990年代にかけて、クラブでのパーティをはじめ、色んな場所でDJをしたよ。1990年代になってからは、昼間は普通の仕事をしていたけれど、DJは好きで続けていた。金や名声のためではなく、何よりも愛があるから続けていたんだ。

Hiroking:Bボーイジャムで回しはじめたきっかけは?

Skeme:2002年ころには、Bボーイのシーンとリンクし始めていたよ。もちろん1980年代から、当時のBボーイやMCがいる、いわゆるヒップホップ的な環境でDJをしていたけどね。ある日、ロック・ステディ・クルー(以下RSC)のワイノットが、たまたま俺が回してたパーティに来ていたんだ。ファンクやソウル、ヒップホップをかけていたら、ワイノットが声をかけてきて、“Bボーイジャムに回しに来てくれ”と言ってくれたんだ。それをきっかけに、色んなBボーイジャムで回す機会に恵まれたよ。Bボーイジャムでプレイされているファンクやブレイクスは、おれが昔から普通に聴いてた物だったし、パーティでもプレイしていた。だからBボーイジャムばかりで回してるDJたちとの違いにみんな気付き始めて、どんどんオファーが増えていったよ。

Hiroking:それからRSCのメンバーに?

Skeme:ある日、フィリーのパーティでDJをしている時に、RSCのリーダー、クレイジー・レッグスがおれのプレイを聴いて、“RSCアニバーサリーでも回してくれ”と言ってくれたんだよね。その数年後ブルックリンのクラブで、RSCのメンバーとして迎えられたよ。RSCはヒップホップの歴史の中でも、飛びぬけて重要な存在だったから、メンバーになる前からもちろんRSCのことは知っていたし、すごく光栄に思ったよ。

Hiroking:いまもRSCとしてアクティブに動いているの?

Skeme:もちろんだよ。みんな旅で忙しいから、最近はメンバーのみんなには会えなかったりするけど、大切な仲間だよ。クレイジー・レッグスが一番良く会うかな。

Hiroking:RSCの、DJ的な部分に関しても聞かせてくれるかな?

Skeme:RSCはただのブレイクダンスクルーではなく、素晴らしいDJたちもメンバーの一部なんだ。オリジナルのDJはアフリカ・イスラムだったけど、ほかにもトニー・タッチ、ボビット、エヴィル・ディー、クリプス、あげたらキリがないくらいだ。知らない人も多いが、DJプレミアやQバートもRSCのメンバーだよ。

Hiroking:もはや、いちいち“RSCレペゼン!”と言わない人も多いよね。

Skeme:そうだね。でも、トニー・タッチ、ボビット、クリプスは今も必ずRSCだと自己紹介しているね。

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Hiroking
:スキームと言えば、7インチというイメージがあるけど、意識してコレクションをし始めたのはいつ頃?

Skeme:1999年~2000年くらいかな。1980年代から7インチは持っていたけど、昔は12インチとノリで併用して使ってたよ。ルーファス・トーマス「Funky Penguin」がお気に入りだった。コレクションを始める前から、普通に好きな曲を買うように、7インチを買っていたよ。今は意識して7インチ集めてるけどね。世界中で7インチオンリーのパーティをやるわけだし、誰よりもクールな7インチのコレクションを持っていないといけないからね。

Hiroking:7インチは旅をするのに適してるから集めてるの?

Skeme:そうではなく、7インチでしか手に入らない曲があるから、7インチで買っていることが多いね。12インチで売っていれば、12インチで買うこともあるよ。だって音楽が好きなんだから。でもおれの場合、好きな曲が7インチでしか手に入らないことが多いんだ。結果的にだけど、7インチはレコード持って旅をするのには最適だよね。

Hiroking:どうして7インチのパーティをやろうと思ったの?

Skeme:フィリーのレジェンドDJのキャッシュ・マネーと一緒に始めたんだよね。昔キャッシュ・マネーがフィリーで“Get Down”という7インチパーティをやっていたんだ。リッチ・メディナなどと一緒にね。それから数年は7インチオンリーのパーティはやっていなかったけど、またやりたいと思うようになって、キャッシュ・マネーと相談した。それで、また始めようと言う話になったんだ。どんなパーティがいいか考えたとき、“Hotなんちゃら”とう言葉がファンキーだなと思ったんだ。ジェームス・ブラウンが良く“Hot Peas!”、“Hot Popcorn!”とシャウトするだろ? そこで“Hot Peas & Butta”という名前を思いついた。“Hot Peas & Butta”と言うのは、もともとは小さな子供のゲーム名(カンケリ、ドロケイのような)なんだ。ファンキーで懐かしい、そんなフィーリングを楽しめるパーティにしたいなと思ってね。さらにひと味違うパーティにしようと思って始めたのが、映像なんだよね。懐かしいCMや、アニメや映画の予告編などを会場で流すようにしているんだ。みんなが、懐かしくて良い気分になるだろう? ビジュアルはこだわってるポイントの1つなんだ。普通のファンクやソウルのパーティでブラックムービーを流すのはよくあると思うけど、おれの場合は1970年代からのTVを録画したVHSが3000本位あったからさ。アニメ、映画の予告編、ドラマ……子供のころに好きだった物を使うときが来たんだよね。

Hiroking:生まれながらのコレクターなんだね。

Skeme:そうだね! 昔から物を捨てないんだ。

Hiroking:レコード以外のコレクションはどんな物があるの?

Skeme:最近はレコード以上に、おもちゃやフィギュアが増えてきて、置く場所がなくなってきたよ(笑)。1970年代のフィギュアが多いね。GIジョーや、スターウォーズと、マグマ大使、ウルトラマン。それからブラックムービー、カンフー映画のポスター、ピンボールのゲーム台、アーケードゲームのマシーン……色んな物があるね。

Hiroking:日本でも何かゲットした?

Skeme:もちろん。中野ブロードウェイでかなり買ったよ! アニメやマンガで集めているのは、ほとんど日本関連の物だし、日本に来る前からかなり買っているよ。小さいころから、日本のアニメや映画をたくさん見てきたよ。

Hiroking:日本のコレクターやDJで気になる人はいる?

Skeme:もちろんMUROだよ。彼はナンバーワンだね。レコードだけではなく、色んな物のコレクターとしてね。

Hiroking:どうやって彼のこと知ったの?

Skeme:ミックステープだよ。ヒップホップの世界にいれば、アメリカにいてもつながるものだよね。いつかコレクションを並べて、MUROと一緒に展示会のようなことできたらいいなと思ってるよ。“King of Diggin vs Nostalgia King”なんてね。

Hiroking:最後に何か言いたいことはある?

Skeme:インタビューをアレンジしてくれてありがとう。Hot Peas & Buttaに足を運んでくれたみんな、DJやスタッフにとても感謝をしている。そして日本のすべてのブラックカルチャーのファンにも感謝。本来はおれ達のカルチャーなのに、アメリカ以上に生きた形で、カルチャーを残してくれているからね。

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japanese toys

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joe solo

スキームのコレクションの一部。「サンフランシスコにHeros Clubというショップがあって、そこに日本のおもちゃがいっぱいあるんだ」とのこと。レアなおもちゃやポスター、スニーカーなども所有している。

 

DJ Skeme Richards

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30年にわたるDJのキャリアを持ち、黎明期よりシーンをけん引するブレイクダンスクルーRock Steady Crewのメンバーとして世界中のイベントやパーティをコントロールしてきた実力派。新旧のヒップホップはもちろん、ファンク/ソウルを中心に、個性的でありながらも一体感を感じさせるプレイは、ブラックミュージックの伝導師であり、高いホスピタリティでフロアをリードするパーティロッカーでもある。ジャジー・ジェフやキャッシュ・マネーといったレジェンドDJ、そして「ソウル・トレインのテーマ」に代表されるフィリーソウルを生み出した音楽の街フィラデルフィアに生まれ育つ。ブレイクダンスバトルのDJにおいては世界で最も信頼と尊敬を集めるDJとされており、Redbullによるブレイクダンスの世界大会BC one World Finalをはじめ、数々の世界的なBボーイジャムから招聘されている。一方、1980年代後半からはDJ業に加え、パートナーであるフレディ・ブラストとSESION31というチームを結成し、MFドゥーム、バハマディア、DJキャッシュ・マネー、ステフ・ポケッツなどのプロデュース活動も行ってきた。ブラックミュージックで世界をつなぐスキーム・リチャーズの旅はまだまだ終わらない。
http://hotpeasandbutta.com/

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