音楽と音の狭間で、あるいは同時性と同質性

青真鶴日記 by 青野賢一(真っ青) 2011年2月17日

1月29日
日本初演であるジョン・ケージ「Variations VII」を観るために、アサヒアートスクエアに行った。

「Variations」は、『4分33秒』で知られる作曲家ジョン・ケージが1958年から1978年の間に手掛けたシリーズで、「VII」は1966年、ニューヨークで行われた『9 Evenings:Theatre & Engineering』というイベントの一プログラムとして上演された。

ケージ最大規模のライブエレクトロニクス作品と称されるこの「VII」は、あらかじめ用意された音源や素材を一切使わず、世界中から様々なテクノロジーを駆使してリアルタイムで収集された「音」を、17本のスピーカーから完全な「ライブ」として提示するという作品である。「音」は短波ラジオや電話線、マイクを通じて集められ、さらにトースターやジューサーミキサーといった家電から発せられる「音」も採用された。サウンドのオンオフはパフォーマーが光源を遮ることをトリガーにして行われ、ステージの白い壁にはその光源によって生じた影が長く伸びていた。

この初演から45年の時を隔てて演奏されたのが今回の「Variations VII -音楽の複数次元-」だ。テーブル上にはラジオ、TV、家電、電話、オシレーター、ガイガーカウンター(放射線測定器)、スキャナー、そしてUSTREAMを立ち上げたラップトップなどが置かれている。かつてと大きく異なるのは、インターネットの存在で、それ以外はケージの未出版メモと当時の記録をもとに構成されている。ひときわ目を惹いたのが、金魚の入った水槽だった。終演後、出演者のひとりである毛利悠子さんに訊いたところ、この金魚が水槽にぶつかる動作がトリガーとなっていたそうだ。

110209-ao-2

110209-ao-3

演奏時間は2時間。その間、リアルタイムで世界のどこかで鳴っている「音」が洪水のように押し寄せてくる。TVのバラエティ番組から、遠く離れた海底の音までが一緒に。演奏中、私は場所を移動しながら、その音を楽しんだ。通常「音楽」と呼ばれているものがノイズ化し、「音」としか認識されないさまざまなノイズが「音楽」のように聴こえるという、音と音楽の狭間をたゆたう感覚は非常に心地よく、ある種の爽快感すらあった。

世界は音に溢れている。それらのどの欠片を拾い集めるか。これこそが「同時」でありながら「同質」ではないおもしろさであり、そういう視点で見るならば、この試みは、種村季弘が言ったように「断片相互の組合せや対応からほとんど汲めどもつきせぬ無限の構造を生成させる」(引用:平凡社刊『断片からの世界』)ことに成功しているのではなかろうか。選曲という行為にもいい影響を与えてもらった2時間であった。

1966年に行なった「Variations VII」の当時の映像(※リンク先では「6」と表記されていますが、パッケージ表記の通り、正しくは「VII」です)
※リージョンコード: リージョン1

写真 : Jun’ichi Ishizuka
協力:毛利悠子(http://mohrizm.net/

書:華雪
「青真鶴日記」「真っ青」の書は、書家 華雪さんによるものです。
http://www.kasetsu.info/

青真鶴日記 by 真っ青

青真鶴日記(あおまなづるにっき)は、真っ青(山崎真央/鶴谷聡平/青野賢一)の3人がそれぞれのスタイルで音楽を見つめ綴っていく、日記形式の連載です。青→真→鶴(=青真鶴!)の順にリレー形式でお送りします。

真っ青

クラブのみならず、ファッションショーやホテル、ショップ、カフェなど、およそ音楽と触れ合うことが出来る空間すべてに良質な選曲を提供してきた山崎真央(gm projects / AKICHI RECORDS)、鶴谷聡平(NEWPORT)、青野賢一(BEAMS RECORDS)の3人が結成したユニット「真っ青」。20年以上のDJキャリアに裏付けされたスキル、レコード・CDショップのバイヤー経験がもたらす豊潤な音楽的バックグラウンド、そしてアート、文学、映画などにも精通する卓越したセンスから生まれるそのサウンドは、過去、現在、未来に連なる様々な心情を呼び起こし、聴くものの目前に景色を描き出すものである。


TUNECORE JAPAN