101歳のウクレレ・レジェンド、ビル・タピアが語る!(2)

インタビュー by ウクレレ・マガジン編集部/撮影:星野俊/通訳:金子みちる 2009年8月17日

なんと101歳にして、現役ウクレレ・プレイヤー、そして初のジャパン・ツアーを敢行したビル・タピア。年齢を感じさせない精力的で熱心な姿勢に圧倒されたインタビューの第2弾をお届けします。

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>第1回「久しぶりにウクレレを弾いてみたら、何かしっくりくるものがあった」


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—2006年にあなたのドキュメンタリー映画『To You Sweetheart, Aloha』が制作されましたが、出演の依頼が増えたのでは?

うーん、どうじゃろうな……。

(マネージャー兼ギタリストのパット・エノスが横から口を挟む)この映画は、2001年にビルがウクレレの演奏を再開してから行なった活動のひとつに過ぎない。それよりも毎年ビルが演奏して、年を追うごとに彼の演奏を観たがる人々が増えるに連れ、出演の依頼も増えていったんだよ。そして今では、ほとんど毎月演奏したり、時には違う街や国で演奏するようにまでなった。こうして日本にも来られたしね。だから特にこの映画のおかげで、演奏の場が増えたというわけではないんだ。

……ワシとしては、この映画はあまり好きではないんじゃ。

—えっ、そうなんですか!?

というのも、この映画はワシと主演の女の子がまるで恋人同士みたいに見えるんでね。実際にはまったくそういうことではなくて、彼女は単に仲の良い友達なんだよ。彼女の曽祖父は素晴らしいスティール・ギター奏者(ジョセフ・ケクク)だったが、彼女は会ったことがなかったので、曽祖父のことを知りたくて、ある日ワシに会いに来たんじゃ。しかし、彼女の曽祖父はワシよりもずっと年上だったので、名前は知っていたが、実際に会ったことはなかった。で、彼女もスティール・ギターを演奏するので、その後ハリウッド・ボールで彼女と共演した際に、とある人がそれを観て、映画を制作したいと申し出たんだよ。

(パットさん)ビルは彼の音楽や演奏を中心とした映画になるものと思っていたが、実際にはあんな風にもっとドラマティックなものになっていたので、がっかりしたのさ。

—へえ~、意外でした。では、現在使っているライマナ・ウクレレについて教えて下さい。

これまでの人生でワシはさまざまなウクレレを使ってきた。それこそマーティンの5Kを始め、たくさん使ってきたが、こんな良いウクレレには他にお目にかかったことがないよ。この製作家(ライマン・アシカワ)は実に素晴らしい。彼のウクレレは、サウンドも作りもどこをとっても本物なんじゃ。もちろんマーティンのウクレレも、とてもいいよ。以前はウクレレと言えば、やはりマーティンだと皆が思っていたが、今では他にも良いウクレレを製作する人が大勢いるね。

—チューニングはいつもローGにしているのですか?

GCEAのローGじゃよ。ジャズ・プレイヤーの多くは、ローGでプレイしている。ローGでプレイすると使える音が増えるし、ハイGは蚊が叫んでいるみたいな音で好きじゃない(笑)。あとバリトン・ウクレレを使うこともあるよ。 

090806_bill_02b.jpg—ところでご両親はポルトガル生まれだったのですか?                

ああ、そうだ。父も母もマイデラの出身だが、ワシはホノルルで生まれて育ったよ。

—ポルトガルにはウクレレのもとになったブラギーニャという楽器がありましたが、そのことはご存知でしたか?

ああ、それは知っているが、ただしブラギーニャの弾き方はわからない。見たことはあるが、あまり好きじゃなかった。ワシが最初に手にしたのはヌネスが作ったウクレレでね。彼はハワイで初めてウクレレを作った人で、ポルトガルの出身だった。変わった人でちょっと怖かったな。覚えている限り、決して微笑んだことがなかったよ。

—あなたがウクレレを始めた頃は、ハワイにはヌネスのウクレレしかなかったのでしょうか?

当時はウクレレの製作者がヌネスの他に、もうひとりいたと聞いているよ。ふたりとも同時期に船でハワイにやって来たそうだ。ヌネスはワシの家のすぐ近所に住んでいたんじゃよ。

—では、最後にウクレレを長く続けるためのアドバイスをいただけますか?

まず子供の頃に、一度はウクレレを手に取ってみることをお薦めするよ。何しろ、この楽器はギターほど高くないし、ウクレレを弾けるようになれば、もっと手を広げて、ギターやベース、マンドリンなど、さまざまな楽器を弾くことができるようになるからね。
ウクレレは、小さくて持ち運ぶのも楽だし、実に優れた万能な楽器だと思う。私はバイオリンとチェロ以外の弦楽器はすべて弾くことができるけど、それら弦楽器の中でウクレレが最高だと思う。今、またウクレレの人気が高くなって、世界中の人々が楽しんでいる。
実際にウクレレを学ぶのに、レッスンを受ける余裕がなくても、今では非常に良い教則本が出まわっているだろう? それを見れば独学でも学ぶことができる。うまく学ぶコツは、何を覚えるにせよ、あまりたくさん覚え過ぎないことだ。まず教則本を開いて、最初はコードをふたつ覚えることから始めてみる。ふたつ以上は取り上げようとしないことだ。そしてそのふたつのコードを覚えて、交互に弾けるようになるまで練習をするんじゃ。ひとつのコードを4つ弾いて、次のコードに移り、それを交互に繰り返す。で、問題なくできるようになったら、今度は数を3つに減らして交互に弾いてみて、それもできるようになったら、さらに数をふたつに減らす。そして最終的にはひとつ数えただけで、ポンポンと交互に弾けるようになるまで練習するんだよ。そしてその練習が終わったら、また別のコードを使って同じように練習すること。

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ワシは1936年に教則本を1冊書いたことがあるんだが、それは初めて指の写真やダイアグラムを使った教則本で、ワシの使っているコードをすべて載せたものだった。しかし友達がその本を自分の名義で出版してしまったんじゃ! 本を開いてみれば、そこに載っている指の写真はすべてワシの指なのにね(笑)。昔、ホノルルでは、ウクレレとその本をセットにして売っていて、世界中に出荷していた有名なものでね。今度、その本を送るよ。それを使えばどんなコードも覚えられるからね。

 

 

▲右がマネージャー兼ギタリストのパット・エノス。

【プロフィール】 ビル・タピア
ハワイ・ホノルル出身。1908年1月生まれ、現在なんと101歳。10歳からプロとして活動し、1930年代からはアメリカ西海岸で、ジャズ・ギタリストとして活躍。共演アーティストは、ルイ・アームストロングやビング・クロスビー、キング・バニー・ナワヒなどなど、まさに生ける伝説。2006年にはドキュメンタリー映画『TO YOU SWEETHEART, ALOHA』が制作され、現在も現役ウクレレ・プレイヤーとして活躍中だ。

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『Duke of Uke』(輸入盤)
Moonroomレーベル/2005年2月8日発売

『Tropical Swing』(輸入盤)
Moonroomレーベル/2004年3月2日発売

 

>第1回「久しぶりにウクレレを弾いてみたら、何かしっくりくるものがあった」

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