【音響設備ファイル Vol.45】日産スタジアム

音響設備ファイル by Text:Daisuke Kitaguchi/Photo:Hiroki Obara(except*) 2019年4月22日

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約72,000席という国内最大級のキャパシティを誇る屋外多目的競技場、“日産スタジアム”こと横浜国際総合競技場。2019年9月20日から開催されるラグビーW杯でも準決勝戦や決勝戦が行われることになっている同競技場では、2015年から3年をかけて大規模な音響設備の更新が行われた。その作業はいかに進められたのか。関係者に取材した。

パワー・アンプの更新から着手

晴天に恵まれた取材当日、観客席の最前列から上を見上げると、大屋根の下に設置された無数のスピーカーに目を奪われた。2階席の下にもずらりと並んでおり、そのすべてが今回更新されたJBL PROFESSIONALの特注品だ。合計で419台が2016年から2017年にかけて導入された。その経緯について施工を担当した通信設備の小宮智生氏と、音響シミュレーション/調整/測定とDSP Configuration製作を担当したブレインズアンドジーニアスの三輪一晶氏と中村祐己氏が語ってくれた。
「2014年度に競技放送設備全体の改修を行うことが決まり、ラグビーW杯に向けて2015年から3カ年で音響設備を入れ替える計画を立案しました。スピーカーはすべて特注品となるので、アメリカで製作し、日本に運ぶ期間が必要となります。そこで、1年目の2015年は既製品であるパワー・アンプの更新を行うことで了承を得ました(小宮氏)」

パワー・アンプは、JBL PROFESSIONALのスピーカーとの連携を考え(後述)、フル・デジタル伝送可能なBLU linkを装備したAMCRON(現CROWN)のDCI 4|600Nが68台とDCI 4|300Nが78台導入された。
「この時点でスピーカーは従来のままでしたが、明らかにドライブ能力が向上し、音質、音量共に大きく改善されました。運用側からも“アンプを交換しただけでこれだけ効果があるならば、早くスピーカーも交換したい”との感想をいただきました(三輪氏)」

 

▲大屋根に設置されたスピーカーPD500シリーズ。手前の2台はフィールドと1階席をカバー、奥の2台は2階席をカバーしている

▲大屋根に設置されたスピーカーPD500シリーズ。手前の2台はフィールドと1階席をカバー、奥の2台は2階席をカバーしている

 

▲2階席下に設置されたスピーカーAC28。2台で1階席の奥をカバーする

▲2階席下に設置されたスピーカーAC28。2台で1階席の奥をカバーする

 

▲アンプ室は同様の構成で4カ所に設けられている。パワー・アンプのAMCRON DCI 4|600N、DCI 4|300N、BSS AUDIO BLU-160、BLU-DANなどを設置

▲アンプ室は同様の構成で4カ所に設けられている。パワー・アンプのAMCRON DCI 4|600N、DCI 4|300N、BSS AUDIO BLU-160、BLU-DANなどを設置

 

▲音響調整室のラックにはBSS AUDIO BLU-806などが格納されている

▲音響調整室のラックにはBSS AUDIO BLU-806などが格納されている

 

2階席下に295台のスピーカーを導入

関係者たちの期待が高まる中、2016年には2階席下に295台のスピーカーが導入された。トップの写真でいうところの1階席の影になっている部分に音を届けるために設置されている。
「既設品でのエリア・カバーがうまくいっていたので、同じ形状で全天候型のスピーカーを検討したところ、JBL PROFESSIONAL AC28に防水/防塵加工を施してもらえるということで採用しました。更新後は、高い明りょう度を保ったまま広い帯域で十分な音量が得られ、更新されていなかった大屋根のスピーカーよりも迫力のあるサウンドが楽しめるようになり、大屋根スピーカーの更新を急ぐ理由にもなりました(三輪氏)」

更新作業はJリーグの開催を終えた12月中旬からカップ戦が始まる翌年2月中旬までの間にイベントの合間を縫って1カ月かけて行われた。
「イベントの邪魔にならないバック・スタンド側から始め、右のサイド・スタンド、左のサイド・スタンド、メイン・スタンドと1週間ずつで進めていきました。竣工当時は設置した後の音響調整と測定に1カ月かかりましたが、今回は2011年に測定したデータをベースに調整したので音響調整に1週間、測定は2〜3日で終了しました。工事班も調整班も竣工当時から同じなので、あらゆるデータを持っていたからできたことです(小宮氏)」

 

▲Audio Architectによって運用や設定、調整をパソコン画面上から直感的に行えるようにGUIを作成。各スピーカーのオン/オフ、イコライジング/ディレイ/レベル調整のほか、プリセットのストアやリコールも可能

▲Audio Architectによって運用や設定、調整をパソコン画面上から直感的に行えるようにGUIを作成。各スピーカーのオン/オフ、イコライジング/ディレイ/レベル調整のほか、プリセットのストアやリコールも可能

 

▲スピーカーのカバー・エリアをシミュレーションした3D画像。このほか音圧レベルのコンター・マップも併せ、スピーカーの数や角度を検討する

▲スピーカーのカバー・エリアをシミュレーションした3D画像。このほか音圧レベルのコンター・マップも併せ、スピーカーの数や角度を検討する

 

▲インタビューに答えていただいた通信設備の小宮智生氏

▲インタビューに答えていただいた通信設備の小宮智生氏

 

▲E-Mailインタビューでの取材にご協力いただいたブレインズアンドジーニアスの三輪一晶氏(右)と中村祐己氏(左)*

▲E-Mailインタビューでの取材にご協力いただいたブレインズアンドジーニアスの三輪一晶氏(右)と中村祐己氏(左)*

 

▲アンプ室に設置されたAMCRON DCI 4|600N

▲アンプ室に設置されたAMCRON DCI 4|600N

 

大屋根スピーカー124台を更新

続いて2017年、最終段階となる大屋根スピーカーの更新が行われた。フィールドと1階席をカバーするものと、2階席をカバーするもの、合計124台である。機種については、JBL PROFESSIONAL PD500シリーズが選ばれた。2015年にJBL PROFESSIONAL本社を訪問する機会のあった三輪氏が、当時開発中だった同シリーズを試聴したのがきっかけだという。
「屋外での試聴で、遠達性に優れ指向性制御も優秀であることが確認できました。中央にホーンが配置された同軸タイプで、指向角が異なっても外形が同じであること、バイアンプ/パッシブの切り替えも可能であることから、制約が多い改修工事にとても有用であると考えました。設計目標である音量においてもピンク・ノイズで96dB SPLをクリアできるであろうと判断しました(三輪氏)」

PD500シリーズにはJBL PROFESSIONALから提供されるメーカー推奨のプロセッシング・パラメーターがあり、パワー・アンプのDCI 4|600Nに読み込ませている。これにより、スピーカーに最適な特性と保護用のリミッターなどがセットされるという。
併せてBSS AUDIO BLU-806、BLU-160、BLU-DANも導入された。独自の音声信号バスBLU linkに対応し、ユーザーが自由にシステムを設計可能、なおかつGUIの作成も行えるAudio Architectソフトウェアを備えたDSPだ。
「パワー・アンプと併せて1台のパソコンでアンプやシグナル・プロセッサーなどの機器の設定、運用中のシステム状況のモニタリングが可能なほか、スピーカーのインピーダンス測定も可能です(三輪氏)」

音声信号は、音響調整卓であるAVID Venue|SC48からAES/EBUでオペレーション・ルームのBLU-806へと入力し、Danteで各パワー・アンプ室のBLU-DANに伝送され、BLU linkに変換しBLU-160でイコライジング/ディレイ/レベル調整された信号が、再びBLU linkでパワー・アンプに送られる。音響調整卓以降はフル・デジタル伝送が確立されている。
2018年8月に音響測定を終え、今回の改修作業は終了した。施工を担当した小宮氏の耳にも、現場でオペレーションを行うエンジニアからの高評価が届いているという。
「改修前は明りょう度重視で低域が出ていなかった印象がありましたが、今回のシステムは中低域がしっかり出ている。個人的には“音が近くなった”ような感覚がありますね。迫力が増したと思います(小宮氏)」
日産スタジアムを訪れる機会があれば、ぜひ無数のスピーカーと、それらが奏でるサウンドに注目してみてほしい。

 

▲アンプ室に設置されたBSS AUDIO BLU-DANとBLU-160。音響調整卓からDanteで送られてきた信号をBLU linkに変換する

▲アンプ室に設置されたBSS AUDIO BLU-DANとBLU-160。音響調整卓からDanteで送られてきた信号をBLU linkに変換する

 

▲音響調整卓はAVID Venue|SC48を使用。入力はすべてアナログ、BSS AUDIO BLU-806へはAES/EBUでデジタル出力されている。バックアップ用にアナログ出力も用意されており、AES/EBU(デジタル回路)に問題が生じた場合、システムは自動的にアナログ回線へ切り替わる

▲音響調整卓はAVID Venue|SC48を使用。入力はすべてアナログ、BSS AUDIO BLU-806へはAES/EBUでデジタル出力されている。バックアップ用にアナログ出力も用意されており、AES/EBU(デジタル回路)に問題が生じた場合、システムは自動的にアナログ回線へ切り替わる

 

▲大屋根に設置されたスピーカー、PD500シリーズを別アングルから撮影したもの。2階席に向けて設置されている様子がよく分かる

▲大屋根に設置されたスピーカー、PD500シリーズを別アングルから撮影したもの。2階席に向けて設置されている様子がよく分かる

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