【音響設備ファイル Vol.6】東京カテドラル聖マリア大聖堂

音響設備ファイル by Text:Tsuji. Taichi/Photo:Hiroki Obara(except*) 2016年5月25日

WEB_MAIN

さまざまなスペースの音響設備を紹介する本連載。今月は、東京カテドラル聖マリア大聖堂に訪れた。ここの設備は、JBL PROFESSIONALの新たな柱状(コラム型)スピーカー=Intellivoxが核となっている。専用ソフトと内蔵DSPによる垂直指向性のコントロールを特徴とした機種だが、どういった使われ方をされているのだろう?

ミサの説教などにスピーカーを使用

東京都文京区に構える宗教法人カトリック東京大司教区(以下、東京教区)の本部。敷地内の東京カテドラル聖マリア大聖堂には“司教座”(カテドラ)という座いすが常設されており、これを持つ聖堂は司教区において最も重要な教会とされる。司教区は全国に16あって、東京都と千葉県を管轄するのが東京教区。東京カテドラル聖マリア大聖堂は、この司教区の“母教会”と言うべき存在だ。

現地に赴くと、大聖堂のユニークな設計に驚かされる。建築家の丹下健三氏によるもので、カーブしたコンクリートの壁を8面組み合わせた構造だ。屋内については、打ち放しコンクリートの壁が天井から床へと広がるように立っている。非常にライブな空間で、声を出せば響きが降ってくるような感覚だ。残響時間は7秒ほどに設定されているが、響きの豊かさがネックになることもあったという。高木賢一神父に詳しく聞いてみよう。

「この残響のおかげで、聖歌やパイプ・オルガンの演奏をとても美しく聴かせることができます。しかしミサで司祭が説教をするときは、言葉が聞き取りにくくなるんですね。さかのぼると、大聖堂が竣工した1964年ごろはラテン語でミサを行っていましたが、1965〜66年に日本語へ切り替えることになったのです。そうすると、聞き手としては言葉の意味を一つ一つ追いかけたくなるものですから“声がわんわん響いて聞こえづらい”という意見が出始めました。それでかねてからスピーカーを使用してきたわけですが、昨年にまた“聞こえにくい”という声が出たので、リプレイスを考えるに至ったのです」

大聖堂には近年、祭壇の上(建物の東側)から会衆席に向けて柱状スピーカーが計4台、祭壇の両脇に柱状スピーカーが1台ずつ、壁面(建物の南北)に計10台ほどのスピーカーが設置されていた。いずれもフラット・パネルのモデルで、遠くの方まで音を届けられたが、きちんと届くということは壁からの跳ね返りも大きいということ。音量を上げると反射までが増え、さらには壁面スピーカーが干渉し合うため、かえって聞こえづらくなることもあったようだ。

「会話するような速さで話すと残響が幾重にもなるので、司祭の中には言葉と言葉を区切って話す人も居ました」と高木神父。とは言え、吸音材などを張り巡らすと聖歌やオルガンが響かなくなるため、それはそれで問題である。しかも建物自体が貴重なものなので、手を加えることはなるべく避け、スピーカーで解決したいところだった。そんな折、うってつけのソリューションが持ち込まれた。JBL PROFESSIONAL Intellivoxだ。

 

Staff

▲取材に応じていただいた教区本部の高木賢一神父(写真右)とカテドラル事務所の白数正風氏(同左)

▲取材に応じていただいた教区本部の高木賢一神父(写真右)とカテドラル事務所の白数正風氏(同左)

 

Architecture

▲東京カテドラル聖マリア大聖堂の外観。カーブを描くコンクリートの壁から成る構造が見て取れる(*)

▲東京カテドラル聖マリア大聖堂の外観。カーブを描くコンクリートの壁から成る構造が見て取れる(*)

 

▲大聖堂を上空から見たところ。コンクリートの壁が組み合わさり、十字架の形となっている(*)

▲大聖堂を上空から見たところ。コンクリートの壁が組み合わさり、十字架の形となっている(*)

 

▲大聖堂の中へ入ると、打ち放しコンクリートの壁が斜めになって立っている。残響時間7秒という豊かな響きが特徴だ

▲大聖堂の中へ入ると、打ち放しコンクリートの壁が斜めになって立っている。残響時間7秒という豊かな響きが特徴だ

 

指向性制御でクリアな音を届けるIntellivox

東京教区がスピーカーのリプレイスに向けて動き始めたのは昨年の半ば。まずは建物の建設工事を手掛けた大成建設に音場改善のリクエストが行き、そこから音響設備の保守を担当していたJVCケンウッド・アークスに話が伝わった。Intellivoxを推薦したのは同社である。

Intellivoxは、去る3月に発売された柱状のパワード・スピーカーで、ドライバーごとに垂直方向の指向性を制御できるのが特徴。狙ったところに必要な分だけ音を届けられるため、残響の多い空間でも不要な反射を抑え、直接音の割合を増やすことが可能だ。指向性の制御には、Windows対応の専用ソフトDDA(Digital Directivity Analysis)とスピーカーの内蔵DSPを使う。手順としてはまず、DDAに空間の図面データを入力し、各リスニング・ポイントへの放射の仕方や“音を当てたくない壁面”などを設定。その情報をRS-485のケーブルでスピーカー本体に送り込むと、セッティングの内容に基づいて音が出力される。

東京教区は、数あるシリーズ機の中からIVX-DSX280とIVX-DS115の2モデルをそれぞれペアで導入。いずれも4インチ径と1インチ径のドライバーを併装する機種で、前者は4インチを14基と1インチを4基、後者は4インチを6基と1インチを2基備えている。「祭壇の両脇に1台ずつ設置していて、IVX-DSX280を会衆席に、IVX-DS115は祭壇の中に向けています」と高木神父。

「昨年の夏に大聖堂の中でテストしたところ、ほかの選択肢として挙がっていたラインアレイ・スピーカーなどよりもずっとクリアに聴こえたのです。どこに居ても聞き取りやすく、すぐに“これだ”と決めましたね。従来は音量を上げるとわんわん響いていましたが、Intellivox導入後は“音が大きいな”と感じてもハッキリ聞こえるようになりました。また、どんな人が話しても奇麗に聞こえるのです。ミサの中で信徒の方に聖書を朗読してもらうことがあるのですが、これまでは発声やマイクの扱いに慣れない人だと出音が不明りょうになりがちでした。しかしIntellivoxを導入してからは、誰が話してもすっきり聞こえるようになりました。それこそ会話するような速さでも、語尾までしっかりと分かります」

Intellivoxの音質について、カテドラル事務所の白数正風氏がこう付け加える。
「海外出身の神父の方々からも“言葉がすごく明りょうに聞こえる”と好評です。日本語を母国語としない人にも、意味が十分に伝わるくらいよく聞こえるわけですね」
IVX-DS115を祭壇の中へ向けているのは、どうしてなのだろう? 高木神父が教えてくれた。
「大きく2つの理由があります。1つは、祭壇上の話者に自分の声を聞き取りやすくさせるため。もう1つは、大規模なミサのためです。大きなミサのときは壇上に神父が100人ほど着席するため、彼らにもきちんと話し手の声を届ける必要があるのです。これまでは特に会衆席の真ん前のエリアが一番聞こえづらかったのですが、それが見事に解決されましたね」

スピーカーの指向性を制御することで、祭壇への低音の回り込みなども減ったという。ここでIntellivox前段の機材を説明しておくと、コンソールはROLAND M-200Iを使用。マイクはワイアード/ワイアレスの両方があり、用途によって使い分けている。M-200Iに入力された信号は、話者の声質に応じて処理された後、本体のライン・アウトからIntellivoxへと送られている。入力信号に合わせた音作りと、空間の特性を考慮したスピーカー・セッティングにより、“響きを残しつつクリアに聞かせる”という理想を実現した東京教区。カトリックの教えの数々が、これまで以上に信徒の心の奥へと届くことだろう。

 

Equipments

▲写真中央に見えるのは、祭壇の両脇に設置されたJBL PROFESSIONAL IntellivoxのうちLch側のもの。筐体の大きな方がIVX-DSX280で、上から4インチ・ドライバー×14と1インチ・ドライバー×4を収めている。内蔵アンプの動作方式はクラスDとなっており、出力は40W×8。筐体の小さなモデルはIVX-DS115で、4インチ・ドライバー×6と1インチ・ドライバー×2を搭載。アンプの構成/出力は、IVX-DSX280と同様だ。写真左に見えるのは、オルガン用のスピーカー

▲写真中央に見えるのは、祭壇の両脇に設置されたJBL PROFESSIONAL IntellivoxのうちLch側のもの。筐体の大きな方がIVX-DSX280で、上から4インチ・ドライバー×14と1インチ・ドライバー×4を収めている。内蔵アンプの動作方式はクラスDとなっており、出力は40W×8。筐体の小さなモデルはIVX-DS115で、4インチ・ドライバー×6と1インチ・ドライバー×2を搭載。アンプの構成/出力は、IVX-DSX280と同様だ。写真左に見えるのは、オルガン用のスピーカー

 

▲IVX-DSX280(写真右)とIVX-DS115(同左)は同じスタンドに取り付けられ、前者が会衆席、後者が祭壇の中に向いている

▲IVX-DSX280(写真右)とIVX-DS115(同左)は同じスタンドに取り付けられ、前者が会衆席、後者が祭壇の中に向いている

 

▲スピーカー・スタンドのベースは特注品で、位置がズレないよう底面に粘着性のシートが仕込まれている

▲スピーカー・スタンドのベースは特注品で、位置がズレないよう底面に粘着性のシートが仕込まれている

 

▲Intellivoxのセッティング用ソフトDDAに大聖堂の図面データを読み込み、空間に合わせた設定を行ったところ。祭壇(矢印)とその手前に広がる会衆席の方に、音が大きく行き渡るよう設定されている

▲Intellivoxのセッティング用ソフトDDAに大聖堂の図面データを読み込み、空間に合わせた設定を行ったところ。祭壇(矢印)とその手前に広がる会衆席の方に、音が大きく行き渡るよう設定されている

 

▲コンソールはROLAND M-200Iを導入

▲コンソールはROLAND M-200Iを導入

 

▲ワイアレス・マイク用の受信機として、SHURE QLXD4を7台導入している

▲ワイアレス・マイク用の受信機として、SHURE QLXD4を7台導入している

 

▲耳の不自由な信者がポケット・ラジオから説教を聞けるように導入されているFM送信機、SFM-78A

▲耳の不自由な信者がポケット・ラジオから説教を聞けるように導入されているFM送信機、SFM-78A

 

▲マシン・ルームのラック。写真には、上からAMX NX-3200(マイク音量などのリモート・コントロールを行うためのユニット)、PSR4.3J(パワー・サプライ)、ELB-REL16(リレー/インプット・コントローラー)が見える

▲マシン・ルームのラック。写真には、上からAMX NX-3200(マイク音量などのリモート・コントロールを行うためのユニット)、PSR4.3J(パワー・サプライ)、ELB-REL16(リレー/インプット・コントローラー)が見える

 

▲NX-3200のコントローラー。タッチ・パネルを採用し、マシン・ルームへ行かずともマイクの音量調整や各スピーカーのON/OFFが行える

▲NX-3200のコントローラー。タッチ・パネルを採用し、マシン・ルームへ行かずともマイクの音量調整や各スピーカーのON/OFFが行える

※サウンド&レコーディング・マガジン2016年7月号より転載

TUNECORE JAPAN