Report① 蓮沼執太の公開録音 ─ Spiral Ambient

“HIGH RESOLUTION FESTIVAL” at SPIRAL by Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara 2016年5月24日

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“HIGH RESOLUTION FESTIVAL” at SPIRALの初日である3月11日に催された“蓮沼執太の公開録音 ─ Spiral Ambient”。ポップ・ミュージックとアートの両方のシーンで活躍する音楽家=蓮沼執太が采配を振ったプロジェクトで、その名の通り、スパイラルホールへ集まった観客に楽器演奏や具体音のレコーディングを公開してみせるものだった。と、ここまでならオーソドックスな公開レコーディングなのだが、一筋縄では行かないのが蓮沼流。何とバイノーラル・マイク1本だけで、1ビット/5.6MHzのDSDレコーディングを行うという試みだったのだ。会場にはPAシステムが用意されず、観客は生の音に耳を澄ますのみ。そしてその模様は、ネットワーク関連サービスを手掛けるインターネットイニシアティブ(IIJ)によって、リアルタイムにDSDストリーミング配信された。本稿では制作サイドのコメントを交え、この“Spiral Ambient”を振り返っていこう。

“空間を作曲して録音する”という試み

蓮沼執太は、昨年4月の“六本木アンビエント”を皮切りに“葉山アンビエント”“松原温泉アンビエント”“丸の内アンビエント”と銘打った一連のプロジェクトを展開してきた。これらはアンビエント・シリーズと総称され、個々の形こそ違えど、“空間に溶け込むようなパフォーマンスを行う”という点で共通している。今回の“Spiral Ambient”は同シリーズの最新プロジェクトで、レコーディングに主眼を置いたもの。まずはプロジェクトの成り立ちについて、蓮沼に尋ねた。

「先日の丸の内アンビエントでは、マルキューブ(丸ビル1階の広場)にてシンセと15台のスピーカーを用いてパフォーマンスしたんですが、見てくれた人から“音像がつかみづらかった”という意見が出ました。それで、録音していたものをステレオにミックスして聴いてもらったところ、“こういう音像だったんですね”と言われたんです。きっとあのときにやった音楽は、聴く人によっては“見るべき部分(聴くべき部分)”みたいなのが多過ぎたんだと思うんですよ。とは言え、そうした視点の多いパフォーマンスを、ステレオに落とし込むための素材として記録するのはとても難しい……そう考えていたときにこのイベントへの参加を打診されたので、生のパフォーマンスをステレオでいかにうまく記録できるかに挑戦してみようと思ったんです。それも今までとは違う形で」

当日のスパイラルホールにはSOUTHERN ACOUSTICSのバイノーラル・マイクが設置され、Lch側に小林うてな(steelpan)、その奥にゴンドウトモヒコ(euphonium)の持ち場を配置。またセンターには徳澤青弦(vc)、Rch側には石塚周太(g)の席と蓮沼のためのグランド・ピアノが用意され、演奏に合わせてダンサーの島地保武が踊ったり、大崎清夏、白鳥央堂、暁方ミセイの3人が詩を朗読するなどした。このほか佐々木文美による舞台美術的なアプローチとして、ラップ・フィルムなど具体音のための素材が使われたのも特徴だ。「空間を作曲しつつミキシングするような試みでした」と蓮沼は語る。

「だから1台で空間を丸ごと収められるようなマイクが必要だったし、それに対して演奏者たちをどう配置するかでバランスを作りたかった。マイク・アレンジについては幾つかの案がありましたが、最終的にバイノーラル・マイクへ落ち着きました。また、DSDもプロジェクトの趣旨に合っています。音を録ったときに、それがどこにあるのかという距離感までとらえられますからね。だからこそ、マイクとの位置関係でバランスを作るという“ダイナミックにアナログな手法”が生きたのかもしれません」

 

▲収音に使用されたSOUTHERN ACOUSTICSのバイノーラル・マイク。人間の頭部を模した形状で、耳にあたる部分がマイクとなっている

▲収音に使用されたSOUTHERN ACOUSTICSのバイノーラル・マイク。人間の頭部を模した形状で、耳にあたる部分がマイクとなっている

 

▲当日のスパイラルホール。写真中央にバイノーラル・マイクが立っており、その左側(Lch側)に小林うてな(steelpan)の持ち場、奥にゴンドウトモヒコ(euphonium)のための矢倉のようなスペースが見える。マイクの正面には徳澤青弦(vc)の持ち場があり、右側(Rch側)には石塚周太(g)の席や蓮沼執太のためのグランド・ピアノを設置。そのほかさまざまな舞台美術が見える

▲当日のスパイラルホール。写真中央にバイノーラル・マイクが立っており、その左側(Lch側)に小林うてな(steelpan)の持ち場、奥にゴンドウトモヒコ(euphonium)のための矢倉のようなスペースが見える。マイクの正面には徳澤青弦(vc)の持ち場があり、右側(Rch側)には石塚周太(g)の席や蓮沼執太のためのグランド・ピアノを設置。そのほかさまざまな舞台美術が見える

 

▲具体音を出すために置かれていたオリジナルのオブジェ。ガラス製の筒にビーズが入っており、モーターで回すことにより音が出る仕組み

▲具体音を出すために置かれていたオリジナルのオブジェ。ガラス製の筒にビーズが入っており、モーターで回すことにより音が出る仕組み

 

バイノーラル・マイクで細部まで収音

録音されたのは全12曲で、エンジニアリングは葛西敏彦氏が手掛けた。バイノーラル・マイクにはステレオのオーディオ・アウトが備わっており、まずはそれをマイクプリのGRACE DESIGN M801に接続。このM801は、葛西氏が「透明感のある音質なので今回のセッションにぴったり」と語る一台で、1つのインプットにつきA(メイン)/B(パラ)の2つのアウトを備えている。当日は、アウトAがメインのレコーダー、アウトBがサブのレコーダーおよびDSDストリーミング配信のシステムに送られた。

レコーダーはメイン/サブ共にKORG MR-2000Sが使用され、それぞれ内部クロックにて動作。メインのMR-2000Sは、クリック出力用のAPPLE iPadとともにデジタル卓のYAMAHA CL3へと立ち上がり、そこからステレオ5系統のモニター・ミックスが出力された。各演奏者の手元にはアナログ・ミキサーが用意されていたので、そこにモニター・ミックスが入力され、SONY MDR-Z7でのヘッドフォン・モニターが行われた形だ。「せっかく空間を録っているのだから、みんなで同じマイクの音を聴いて演奏しようということになったんです」と葛西氏。
「そうすれば、自分の音がどんなふうにマイクへ入っているのか分かるし、録り音のコントロールもしやすくなりますからね。バイノーラル・マイクについては、思った以上に細かいテクスチャーまで収められ、定位感なども相当シビアです。演奏者の立ち位置によって音がガラッと変わるため、そこには試行錯誤を重ねました」

 

▲レコーディング・システムの模式図。マイクプリM801のアウトAがメインのレコーダーに入力され、それとAPPLE iPadによるクリックをミックスしたものが各演奏者に送られている

▲レコーディング・システムの模式図。マイクプリM801のアウトAがメインのレコーダーに入力され、それとAPPLE iPadによるクリックをミックスしたものが各演奏者に送られている

 

▲写真右の黒いレコーダーがKORG MR-2000S(上がメインで、下がサブ)で、その下のラックにはGRACE DESIGN M801をマウント。写真左のYAMAHA CL3は、演奏者用のモニター・ミックス作成&出力などに使われた

▲写真右の黒いレコーダーがKORG MR-2000S(上がメインで、下がサブ)で、その下のラックにはGRACE DESIGN M801をマウント。写真左のYAMAHA CL3は、演奏者用のモニター・ミックス作成&出力などに使われた

 

▲小林うてなのスペースにはスティールパンのほか、アナログ・ミキサーのSOUNDCRAFT Spirit M12がスタンバイ。これと同じく、各演奏者の持ち場にはモニター用のミキサーが設置されていた

▲小林うてなのスペースにはスティールパンのほか、アナログ・ミキサーのSOUNDCRAFT Spirit M12がスタンバイ。これと同じく、各演奏者の持ち場にはモニター用のミキサーが設置されていた

 

2.8MHzと5.6MHzでストリーミング

続いてはDSDストリーミング配信のシステムを見ていこう。先ほどM801のアウトBに触れたが、こちらはパラボックスを介して、サブのMR-2000Sと配信システム側のパラボックスに分岐。そのパラボックスの2系統のアウトは、それぞれ個別のKORG MR-0808Uに接続されていた。このMR-0808Uとは、DSDに対応したUSBオーディオI/Oで、IIJのハイレゾ・ストリーミング・サービスPrimeSeatのために開発されたもの。会場には5.6MHz配信用と2.8MHz用の2台が設置されていたが、なぜ2種類のサンプリング・レートを用意したのだろう? IIJの冨米野孝徳氏に尋ねてみた。

「ユーザー側で選択できるようにしたかったんです。5.6MHzだと2chで12Mbpsほどの下り速度を要しますが、2.8MHzならその半分くらいでも途切れたりしないので、より多くの人たちが聴きやすくなるわけですね」

2台のMR-0808UでA/Dされた信号は、それぞれ専用のノート・パソコンに送られた。パソコンには、入力された信号を配信向けの形式へと変換しネットワークにアップするためのソフト、KORG LimeLightをインストール。ユーザーは、手持ちのMacもしくはWindowsマシンに配信サービスと同名の無償ソフト、PrimeSeatをインストールすることでストリーミングを聴取できる。またDSD対応のDACを持たない場合は、パソコンの内蔵出力から最高24ビット/192kHzで聴くことが可能だ。冨米野氏は「DSDストリーミング配信に必要な機器、そしてノウハウをオールインワンで番組の主催者に提供できるのが強み。KORGさんのご協力あってのサービスですが、今のところ実現できているのは弊社だけなんです」と語る。

自社回線の所有と状況に合わせたチューニングにより、海外から日本に向けてのDSDストリーミング配信にも意欲を見せるIIJ。“Spiral Ambient”は4月1日までオンデマンド配信されていたが、場の空気感までも見事に伝えていた。“空間を作曲して、それを録る”という試みは、会場に居た観客以外の多くの人にも届いたはずだ。

 

 

▲ストリーミング配信システムの模式図。レコーディング・システムと共用のパラボックスから受けたL/Rの信号を5.6MHzと2.8MHzの両方で配信している

▲ストリーミング配信システムの模式図。レコーディング・システムと共用のパラボックスから受けたL/Rの信号を5.6MHzと2.8MHzの両方で配信している

 

▲DSDストリーミング配信のシステム。写真右に見えるのはDSD対応のオーディオI/O、KORG MR-0808Uで、上が5.6MHz配信用、下が2.8MHz配信用となっている。これらのI/Oは写真左のノート・パソコンにUSB接続され、エンコーディング・ソフトのKORG LimeLightで音声をネットワークにアップしていた

▲DSDストリーミング配信のシステム。写真右に見えるのはDSD対応のオーディオI/O、KORG MR-0808Uで、上が5.6MHz配信用、下が2.8MHz配信用となっている。これらのI/Oは写真左のノート・パソコンにUSB接続され、エンコーディング・ソフトのKORG LimeLightで音声をネットワークにアップしていた

 

Release

『Spiral Ambient』蓮沼執太

spiral_ambient

“蓮沼執太の公開録音 – Spiral Ambient”がアルバムとなってリリースされた。ダウンロード販売のみで、OTOTOYにて購入可能。全11曲入りとなっており、公開録音当日の来場者には特典トラック1曲を追加した全12曲が提供される。マスタリングは、サンレコでもおなじみのエンジニア木村健太郎(KIMKEN STUDIO)によるもの。

●参加ミュージシャン:蓮沼執太(ac.p)、石塚周太(g)、徳澤青弦(vc)、小林うてな(steelpan)、ゴンドウトモヒコ(euphonium)、島地保武(dance)、大崎清夏(poetry reading)、白鳥央堂(poetry reading)、暁方ミセイ(poetry reading)、他
●プロデューサー:サウンド&レコーディング・マガジン編集部
●エンジニア:葛西敏彦
●プレイス:スパイラルホール

 

 

 

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