第1回:インタビュー 山口優(前編)〜渋谷系ではなく、ソフトロックなんです

マニュエラだから作れた『たまこまーけっと』の音楽 by RandoM編集部 2013年6月7日

主題歌、劇伴、キャラソンに加え、劇中曲という架空の楽曲までが存在する『たまこまーけっと』の独特な音世界。その詳細を音楽プロデューサーの山口優氏に伺いました!

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

京都アニメーションの新作アニメ『たまこまーけっと』(2013年1〜3月放送)は、もち屋の娘である北白川たまこを主人公にした、商店街と学校が主な舞台の作品。京都アニメーションの制作で、山田尚子氏(監督)、吉田玲子氏(脚本)、堀口悠紀子氏(キャラクターデザイン)というスタッフ陣でも話題となりました。そして、その独特な音世界を作り上げた作家集団、マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ(以下マニュエラ)にも注目が集まっています。
そこでRandoMでは、マニュエラへの大規模取材を敢行。いかにして『たまこまーけっと』の音楽が作られていったのかを、じっくり伺いました。まずはマニュエラ代表であり、『たまこまーけっと』の音楽プロデューサーを務めた山口優氏のインタビューを前後編の2回に分けてお送りします。

レコード屋さんが出てくる作品

――そもそも『たまこまーけっと』の音楽制作は、どのような経緯でマニュエラが担当することになったのでしょう?

山口 アニメの企画を進めている中で、ポニーキャニオンの中村(伸一)さんが僕らに合っている企画じゃないかと思われて、お話をいただいた形です。それが2012年の6月ごろだったんですけど、一番特徴的だったのはレコード屋さんが出てくる作品というところでした。そこでかかる曲をたくさん作るということだったので、「これはかなり特殊だな」と思った記憶がありますね。ジャンル的な振り幅も広いので、中村さんは「レコード好きなマニュエラなら、対応できるだろう」ということで振ってくれたんだと思います。

――その段階で、何曲くらいの規模かというのは分かっていました?

山口 オープニングとエンディング、劇伴、キャラクターソング、劇中曲……これがレコード屋さんでかかる曲ですね……ということで、大体のボリュームの予想は立っていました。ただ、劇中曲は架空の曲で、時代を遡った感じにしないといけなかったので、そこが大変だろうなという予想もその時点でありました。

――打ち込みが無い時代の音楽をシミュレートするためには、やはり生で作る必要がある。

山口 劇中曲はゲイリー(芦屋)が主に担当したので、その辺の話は彼との話の中で詳しく語らせてください。あと、劇伴は主に片岡(知子)が担当したんですけど、彼女はもともと生を多用する作家なんです。しかも劇伴ができる前にオープニングとエンディングのアニメを見たら映像が明らかに生楽器を要求している感じで。もちろん予算の問題も出てくるんですけど、その時点で予算を使い切る覚悟で劇伴のほとんどを生楽器でやることに決めました(笑)。

――劇中曲はゲイリーさん、劇伴は片岡さんというように、今回は所属作家さんがさまざまな形で1つの作品にかかわられているのも大きな特徴だと思います。マニュエラの運営体制に関しては書籍『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』でも詳しくお話を伺いましたが、今回の実際の割り振りに関しては、どのように進めたのでしょうか?

山口 作家のアサインは日頃からやっています。今回は劇伴に関しては片岡で行きたいと最初から思ってて、劇中曲は60〜70年代の録音に詳しいゲイリーに任せて……という感じで考えていきました。オープニングの「ドラマチックマーケットライド」は片岡が作曲で宮川(弾)がアレンジ、渋谷系VS.渋谷系みたいな(笑)。オープニングとエンディングは本編のイメージやテンションとはかなり切り離されたものをリクエストされていたので、2人とも自分で最後まで作ることが多い作家なんですが、あえて別々の作業に徹してもらって、作家性が出過ぎないようにしたんです。他の作業とのスケジュールの関係もあって片岡がかなりシンプルなものを上げてきたので、アレンジでの宮川色もかなり強めに出たと思います。あ、片岡のオリジナルに近いバージョンがサントラCDに収録されているので、聴き比べていただけると楽しいかもしれません。

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山口優氏

監督は大の音楽好き

――「ドラマチックマーケットライド」は、作詞を藤本功一さんが手掛けられています。

山口 藤本は基本的には作編曲家なんですが、テキストへの愛着もあるし、実際に仕事でもちょっとずつ歌詞を書いたりもしていたので、以前やった『キルミーベイベー』というアニメ作品では、オープニングとエンディング曲で歌詞を書いてもらったんです。ネットでちょっとだけ流行した「わさわさ」とか「なんでもナーミン」などの言葉はその時生まれたものです(笑)。彼は言葉の選び方もうまいし、作曲家らしく非常に音楽的な言葉の乗せ方をするんですよね。音の上がり下がりにすごく気を遣うのはもちろんですが、この音にはどの母音が入って、どこで撥ねて、どういう発音で終われば気持ち良いかまで考えてくれる。そういうところが非常に音楽的で、実際声に出してみると、とても歌いやすいんです。

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

――いまのポップスは、言葉のイントネーションとメロディの上がり下がりが合わないので聴いていて気持ちが悪いという意見は、よく聞かれますよね。

山口 でもそこは、合わせないという選択肢もアリだとも思うんですよね。作詞家としての宮川は、あえて合わせないことを選んでいるフシがあります。エンディングの「ねぐせ」は僕が作曲で宮川が作詞なんですけど、適当な歌詞で初音ミクで仮歌を入れて渡したら、宮川はいちいちそれを裏切った譜割の歌詞を書いてくる(笑)。それが面白くて。引っ掛かりを作りたいという気持ちはよく分かります。

――確かに“お持ち”と“お餅”がかかっているところなんて、感動的でした。ところでオープニングもエンディングも北白川たまこの声優である洲崎綾さんが歌われていますが、これは結構珍しいですよね?

山口 エンディングはたまこのパーソナルな曲なので、声優さんが歌うことは割と早い段階で決まっていたみたいです。たまこのパーソナリティを反映するというところで、なかなか歌詞が決まらなくて、10パターン以上の試作が作られた末にやっと最終稿ができました。あとオープニングの歌詞は、監督から“あの商店街のことを歌ってほしい”というリクエストをいただいて、1回書き直しています。監督の、あの商店街の世界への思い入れがどんどん強くなっていったみたいです。

――エンディングの絵では、レコード始まりというのが衝撃的でした。

山口 あれは、歌詞が決まってからなんですよね。だから宮川が歌詞にレコードという言葉を入れてくれたおかげで、あそこにレコードの絵が入った。単純にうれしいですね(笑)。

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

――山田監督とは、どんな感じでやりとりをされていたんですか?

山口 かなり早い段階で1回打ち合わせをして、結構長く話したんですけど、その時点ではまだシナリオも無くて漠然とした感じでした。だからたまこの話をするというより、音楽の話をかなりしていた記憶があります。監督は、すごく音楽好きなんですよね。実はマニュエラの前身に当たる京浜兄弟社の活動もよくご存じで、僕らのライブにも来てくれていたことが分かって驚いたり。そこから監督の音楽的なルーツの話も問いただしたりしました。監督はまだお若いのに、なんでその頃の音楽を知ってるんだろう? と思うじゃないですか(笑)。実際の制作作業に入っていってからは、直接連絡を取ることはあまり無かったんですが、監督の方でもどんどん作品の世界観が固まってきたので、僕らもそれに合わせていったという形です。

――劇中曲のオーダーは、監督からのものですか?

山口 そうですね。“南の島の音楽”という感じのこともあれば、“こういう話の架空の映画のタイトル曲”みたいに、かなりディティールまで決まっている場合もありました。

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スタンダードで、古びないもの

――『たまこまーけっと』は作品自体に懐かしさや安心感みたいなものを感じさせるところがありますが、音楽を作る際にそういった部分は考慮されました?

山口 その辺は意識しなかったですね。でも、例えば「ともろう」(『ドラマチックマーケットライド』カップリング曲)は、実はあの商店街の雰囲気に一番合っている曲だと思うんですけど、バカラック的なスタンダードな曲調です。岡村(みどり/作曲)と足立(守正/作詞)君のコンビネーションが非常に良くて、素晴らしい曲ができたと思ってます。もしかしたら今の若いアニメファンが聴くとすごく古いものに感じてしまうかもしれないですが、あの曲で使われているリズムやメロディやコード進行は、ある時期だけ流行ったみたいなものではないんですよね。だから僕の中では古いということはないし、バカラックなんて今でも街中で流れているわけですから、単に“良いメロディの曲”として思ってもらえたらうれしいんですけどね。

――新しい古いではない。

山口 僕の中での“スタンダード”は古びないもの、似てるけど“コンサバティヴ”とはある意味対極的なものです。オープニングもそうなんですけど、確かに分かりやすく“ポスト〜”ではないかもしれないですが、だからと言って古いものではないと思うんです。

――“渋谷系再集結”みたいなこともよく言われていますが、その辺はどう思われます?

山口 最近はほかのアニメ関連作品にも元渋谷系人脈の作曲家さんが起用されたりで、確かに渋谷系がアニメに進出とか言われてるのを目にしたりしますが、今回の場合は、そもそものお題がソフトロックなんですよね。ソフトロックというのは、当時の渋谷系サウンドのお手本になった音楽の1つです。だから弊社に居るかつて渋谷系と呼ばれた作家たちが、依頼を受けてあらためて今またやり直した、というだけなんです。

――ソフトロックとスタンダードは、山口さんの中では近しいものなんですね。

山口 そうですね。もちろんソフトロックだけがスタンダードではないし、ソフトロックの定義もさまざまなんですが、70年代の、特にアメリカのポップスは、西洋音楽の良いところをジャズやクラシックから大いに引き継いでいるものなので、スタンダードだと言って良いと思います。でも世の中的にはソフトロックなんて言葉自体ほとんど知られていないわけで、そうすると今回のような曲を“渋谷系”という言葉で語られてしまうのは仕方ないとも思っています。ただ、渋谷系という言葉すらすでに20年前のものですから、もうそれを意識する必要すら本当は無いんです。今はYouTubeになんでも上がっているから、ただの“良いポップス”でいいと思うんですよね。

――ネットに時間軸が無いというのは、二ワンゴの杉本誠司さんもおっしゃっていて、とても興味深いところだと思います。それはともかく、ただの“良いポップス”を作るというのは、それはそれで大きな覚悟が必要ではないでしょうか? 流行り廃りという意匠も、ある意味ではポップスに必要な要素ではありますから。

山口 僕がスタンダードというのを強調しているのは、クラシックからジャズ、ポップスへと続く西洋音楽の歴史の中で、メロディや和声やコード進行、あるいは生楽器のアレンジの定石みたいなものは、そんなに急にひっくり返るものではないと思っているからなんです。一時期流行したメソッドが急速に廃れることはありますけど、伝統を引き継いでいるものは、たかだか10年、20年のスパンで古くなるわけがない。音楽には急激に進化する部分もあるし、ちょっとずつしか変化できない部分もあります。進化したと思っていても、強度不足でダサくなっちゃうものもある。それらをいろいろな角度からきちんと区別しないといけないですよね。90年代以降、特にインターネット以降は、いろいろなアレンジが自由に取捨選択されるようになりましたけど、実際に、単にアレンジや音色やギミックが目新しいだけのポップスも多いですよね。何が足りないのかと言われたら、それがスタンダードの部分だと思うんです。僕は、スタンダードを葬ろうとした80年代のニューウェイブを経験しているので(笑)、特にその弱点が目につくのかもしれません。

――山口さんは「タモリ倶楽部」で音痴レコードを紹介するなど、エラー的なものを偏愛されていると思っていたので、スタンダードへの強い思い入れがあるのは意外でした。

山口 もちろんエラーも大好きなんですけどね(笑)。でも普段DJやる時にかけてるのはブラジルやフレンチやソフトロックが多いですから。良いものも面白いものも好きなんです。
(後編に続く)

山口優(やまぐち・すぐる)

マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ代表。1987年に松前公高とのユニット“EXPO”でデビュー。
現在までCF・ゲーム・テレビ・Web・プロダクトなど様々なメディアのサウンド制作を数多く手がけている。「UNIQLO」各種サイト、「iida INFOBAR」など。
またプロデューサーとしてマニュアル・オブ・エラーズ全体の仕事を取り仕切っている。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。

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