[番外編] 中島ノブユキ『散りゆく花』試聴会&トークイベント

音楽家は服を着る by 青野賢一 2015年7月29日

▲左から鶴谷聡平氏、中島ノブユキ氏、奥田泰次氏 Photo by Ryo Mitamura

▲左から鶴谷聡平氏、中島ノブユキ氏、奥田泰次氏 Photo by Ryo Mitamura

今回の「音楽家は服を着る」は、いつもと趣向を変えて、先ごろ自身のレーベルからアルバム『散りゆく花』をリリースした作曲家/ピアニストの中島ノブユキさん、近年の中島作品の録音とミックスを担当しているレコーディングエンジニア奥田泰次さん、そして両者ともゆかりの深い代々木八幡のカフェバー「NEWPORT」の店主である鶴谷聡平さんによる鼎談をお届けします。レコーディングにおける演奏者とエンジニアの思惑、現場でのマイクセッティングなど、『散りゆく花』制作にまつわるあれこれを、どうぞお楽しみください。

 

中島:NEWPORTの鶴谷さんから“せっかくだから発売日に何かやろうよ”とお声がけいただきまして、それで今日のこの会が生まれたんですけど、NEWPORTの”Port”って港ですよね? 発売前1カ月ほど「行脚ツアー」と称して、フクモリ万世橋でのリリース・イベントを皮切りに、日本各地……岐阜に行きまして、それから福岡、鹿児島にも行って、その後は姫路、岡山、京都、富山、金沢に行ってまた富山に戻り……東京でも何カ所かやらせてもらったんですが、その一番最後にこの“港”に帰り着いたということで、NEWPORTさんありがとうございます。

鶴谷:こちらこそありがとうございます。早速ですが、このアルバム『散りゆく花』の資料を見ると“新しい室内楽”ということばがありますけど、作曲家そしてプロデューサーとして、“新しい室内楽”というのはどういうことなのか、簡単に説明してもらえますか?

中島:なんでしょうね、最近の室内楽ブームに乗っかって……というのは冗談ですけど(笑)、これは“新しい”というところにちょっとした自分としての諧謔的な意味があるんです。なぜかというと、2006年に出した僕の1stアルバム『エテパルマ』のときから室内楽ということを標榜していたわけです。室内楽という音楽がなかなか地味な分野だということ、人に伝わりづらいジャンルだということで、その面白さを何とか伝えたいと思っていたわけです。だから、今でもそのときと同じ気持ちでやっていますよ、と。自分のレーベルを立ち上げて、自分の最初の作品でもこの室内楽というものをやっていますよ、と、そういう気持ちの現れなんです。

鶴谷:なるほど。奥田さんは中島さんの作品の多くでエンジニアリングを担当されていますが、一緒にお仕事をするようになったのはいつからですか?

奥田:初めて参加させてもらったのが、中島さんのソロ3作目『メランコリア』……2010年ですね。その後、劇伴なども含めて多くの作品で参加させてもらっています。

鶴谷:それはレコーディングもミックスも?

奥田:そうですね。

鶴谷:今回のアルバムの録音や音作りでこれまでと違うことはありましたか?

中島:僕から口火を切ってしまうと、奥田さんは作品ごとに新しい試みを忍ばせておいてくれるんです。それを声高に“次はこういう技術を使って~”なんてことは言ってくれないし、重要なことはそこではないと奥田さんも思っているだろうけど、それでもやはり何かいつも新しい方法とか技術を作品に重ね合わせてきてくれるので、僕はいつも新鮮で刺激的ですね。

▲ピアノへのマイキングを行う奥田氏。左は調律師の狩野真氏

▲ピアノへのマイキングを行う奥田氏。左は調律師の狩野真氏

奥田:中島さんの録音では、いつもいいピアノといい調律はそろっているので、それをどうとらえればいいのかなというのを考えながら録音しています。今回はひとつの楽器に対してマイクを2本立ててステレオで録るということをやってみました。ピアノに2本立てることはよくあるのですが、ギターや木管なども含め全部の楽器をステレオで録ったんです。ミキサーにはパンっていう機能が付いていて、ミックスするときにそれで音の位置を振り分けるんですけど、マイクをセッティングする段階で既に音の位置をイメージして……例えばギターだったら2本のマイクの中心からちょっとずらしてやや左の方になるように置こうとか。だからミックスの段階ではパンの設定を変えていないんです。

鶴谷:録音した後で音の場所をいじるのではなくて、出来上がりを想定して“この音はここで聴かせたい”という位置になるように録音する、ということですね。

奥田:そうですね。レコーディング・スタジオではブースを区切って各楽器を録音するんですが、それぞれの楽器をステレオで録ることで、同じ空間で録ったような音のなじみ方をするという利点があります。ミキサーのパンニングでやっちゃうと、どうしても音の存在感が出すぎてしまうので、以前、中島さんが“そういうのってどうなのかなぁ~”と言ったことがあったんです。

中島:ほー。

鶴谷:じっくり時間をかけてミックスしても、なじみ方が違うんですか?

奥田:どうしても分離感が出すぎちゃうというか、室内楽の持つ一体感が薄くなってしまうんです。

鶴谷:なるほど、一つの部屋で演奏している感じを出したかったと。

奥田:ホールで録音するっていうのは、そういうホールの一体感という利点を生かしてのことなんですけど、今回はスタジオ録音なので、各楽器をどうなじませるかを考えたときにステレオで録るということになりました。

中島:今回、奥田くんがステレオで録ろうと決断したわけなんですけど、それによってある種の苦労が生まれたのも事実なんですよね。各楽器を単一のマイク、つまりモノラルで録っておくと、ちょっとだけピッチが悪かったとか、タイミングがイマイチだったというときに、後から機械的な補正や調整がしやすいんですね。ところが複数のマイクで録ったことによって、後で直そうという発想がなくなった……つまりそういったことが技術的にできないので、録音が千本ノック的なことになりました。音の鳴り方というか、”Sonority”、音の有り様、それを完全にみんなが納得するまでやるという、本来演奏家みんなが持っている欲求を追求するようなところが今回の録音ではあったんです。それによって時間もかかりましたね。この苦労っていうのは、結果的に作品の質感にプラスに働いたからよかったんですけど。

奥田:中島さんの判断でタイミングや音量をほんのわずか調整して、全体感でどう聴こえるかということを繰り返していました。

▲藤本一馬氏のギターへもマイクがステレオで立てられた

▲藤本一馬氏のギターへもマイクがステレオで立てられた

鶴谷:ところで、室内楽と呼べる編成って何人くらいまでを指すのですか?

中島:なかなか難しい質問ですね……特に決まりがあるわけではないんですが、音楽を和音とメロディとベース(リズム)というようにわけて、そのなかで例えば和音を司っているのが4声あるとしたら、そのひとつひとつの声部に複数の人間がいるとこれはもう室内楽とは呼ばないのかな、と思います。室内楽とは、メロディが重なり合って作られている音楽においてひとつひとつの声部の人数感が少ないもの。つまり演奏家のパーソナリティ、音楽的背景、もっと大げさに言えば人生観といったものがより出てくるものということですね。これがオーケストラだと、ひとりひとりの演奏家というよりは人数感を増すことにより全体でそのサウンドの雄大さ、パワフルさを出すことに重点が置かれます。室内楽がパーソナルな音の重なり合いの面白さだとしたら、当然その録音もオーケストラを録るとかピアノ・ソロを録るというのとはまた違った面白さがあると思うんです。

奥田:今回のストリングスの音でいうと、バイオリンの金子飛鳥さんをはじめ、女性が多いですよね。みなさん普段から一緒に演奏する機会も多いので、音のなじみがいいのと呼吸がそろっていて音に厚みが生まれています。

鶴谷:逆になじみが悪いっていう場合もあるんですか?

奥田:強過ぎる演奏家の方が集まるとなじまなかったりしますね。

中島:つまり4番バッターばかり集まっても、と。

奥田:そうですね、最終的にどう成立しているか。

▲レコーディング・ブース内に置かれたマイク・プリアンプFOCUSRITE Red1

▲レコーディング・ブース内に置かれたマイク・プリアンプFOCUSRITE Red1

奥田:音の小さい楽器の場合、エンジニア的にはなるべくS/Nを良く、つまり“スーッ”っていうノイズを極力減らすために、マイクと、マイクの信号を増幅させるマイク・プリアンプの距離をなるべく短くしたいというのがあって、普通だとマイク・プリアンプってコントロール・ルームというエンジニアが居る部屋に置くんですけど、演奏家の居るスタジオ側に置いてみたりしました。些細なことですけど、これでずいぶんS/Nが良くなります。

中島:あんまり見ない風景でしたよ。録音ブースって普通楽器しかないんだけど、今回の奥田くんの場合はブースごとにマイク・プリアンプも積んである。それで音も全然違いましたね。

奥田:今回のスタジオは銀座の音響ハウスという老舗のスタジオだったんですが、アシスタントに付いてくれた音響ハウスのスタッフさんも“こんなに違うんですね!”って驚いてました。こういう積み重ねが後から大きく効いてくるんですよね。

 

──(会場からの質問)それぞれの楽器をマイク2本で録るとき、ミキサーのパンニングはどうなってるんですか?

奥田:左のマイクはL側に、右のマイクはR側にという、パンニングを振り切った状態ですね。あとはマイクの位置や特性を生かして録るだけ。録り終わってからパンニングの調整はしていないです。そうしたのは、レコーディングしているときに、演奏家が最終形をモニター・ヘッドフォンで聴きながら演奏できるようにするためです。ヘッドフォンから聴こえてくる音によってやっぱり演奏が影響されると思います。昔だったらヘッドフォンもしないで同じ部屋で“せーの”で演奏したと思うんですけど、その感じを体感してもらいながらということですね。

中島:いま、奥田さんが言ってた、演奏者にとってどういうふうに音が供給されるかっていうのはとても重要で、そこまで奥田くんがケアしてくれているんです。録音中、我々演奏者はそれぞれのブースでヘッドフォンからの音を聴くしかなくて、そこでそれぞれの楽器がどう鳴っているかによって、個々の演奏者はどれくらいの強さで弾くとかどれくらいの感情で弾くとか、どれくらいのタイム感で弾くとかそういったことがすべて決まってくるんです。それがどれだけ自然な感じかというのは演奏者にとってはすごく重要で、当然レコーディングされた結果にも反映されます。

鶴谷:ひとつの部屋でみんなで演奏するのでなく、ブースで別々に録音するっていう意味はどこにあるのですか?

奥田:セパレートされていることによって、テイクを選んだりすることができますね。

中島:全員が一緒のところでやってたら、1人間違えると全員がやり直しになっちゃう。それがブースに分かれていると、“あ、ちょっと間違えちゃった!”というときにそのパートだけ録り直せばいいという利便性はあります。

──(会場からの質問)ミックスに関してはどんなところを目指しましたか?

奥田:最初のミックスを上げて、中島さんに聴いてもらって“もうちょっと熱い感じ”とかそういうキーワードをいくつかもらって、質感を調整していきました。中島さんの話を聞いていると、室内楽のちょっと音が遠くて繊細な感じよりも、もっとジャズ的な熱さがある感じかなと思って、ちょっとアタック感があるとか低音が出ているとか上がざわざわしてるとか、そういった質感にしていきましたね。

中島:音ってことばを介してやりとりするしかないにもかかわらず、でもお互いに“これ!”っていうなにかはあって。そこに到達するまでのやりとりというのは絶えずありますね。僕自身も奥田くんとそういうやりとりを“言葉”を介してさせてもらうし、演奏者の方々ともそう。とはいえ言葉が過剰になると結局価値や意味が飽和してしまうということはよくあります。

奥田:やっぱり確認とかそういうのも音を出した方が早いですね。言葉だけだとどうしてもそこに固執しちゃって、それが答えみたいになっちゃう。だから言葉はひとつだけど、それに対して音は3つか4つかある……そんな感じで考えてますね。

(2015年6月3日 代々木八幡NEWPORTにて)

 

青野賢一

青野賢一

BEAMS クリエイティブディレクター
BEAMS RECORDS ディレクター
1968年東京生まれ。明治学院大学在学中にアルバイトとしてBEAMSに入社。卒業後社員となり、販売職を経てプレス職に。〈BEAMS RECORDS〉立ち上げや、ウェブ・スーパーバイザー兼務などの後、2010年より個人のソフト力を活かす、社長直轄部署「ビームス創造研究所」所属。執筆、編集、選曲、DJ、イベントや展示の企画運営、大学での講義など、BEAMSの外での活動を行う。著書に『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。



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