【前編】8年もの歳月が費やされたサウンドトラック制作についてー映画『ボヘミアン・ラプソディ』の舞台裏(4)

ボヘミアン・ラプソディ by Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko 2019年4月28日

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“ライヴ・エイド”の演奏は2007年に一度リミックスしましたが
現在のテクノロジーでもっと良いミックスにしたかったのです

サウンド&レコーディングマガジン5月号の企画では、映画『ボヘミアン・ラプソディ』のアカデミー受賞スタッフたちにDolby Atmosミックスを含むポストプロダクションのワークフローについてインタビュー。今回はその中から、サウンドトラックの制作についてより詳しく聞いた部分を前編から後編にわたって全文お届けする。

フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックらの熱演はまさに離れ技であり、映画『ボヘミアン・ラプソディ』の終盤、CGで再現されたウェンブリー・スタジアムでの伝説的な1985年の“ライヴ・エイド”の模様は、観客に本物のクイーンを見ていると錯覚させたに違いない。その一方で、素晴らしいサウンドトラックの存在も大成功の要因であり、第91回アカデミー賞において音響編集賞/録音賞に輝いたスタッフたちのインタビューは前項で紹介した。しかしながら、彼らのほかにも音響面/音楽面で大きな貢献をした人物は数多くいる。その中でも特に重要な人物を挙げるならば、クイーンのサウンド・チームの一員、ジャスティン・シャーリー・スミス(写真左)、クリス・フレデリクソン(中央)、ジョシュア・J・マクレー(右)の3人だろう。彼らの協力無しにはクイーンの曲を使用することはかなわず、さらに言えばバンドのマネージャーだったジム・ビーチがこの映画にプロデューサーで参加することにもつながり、ギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラーが全面的に参加することにもなったのだ。何と8年もの歳月が費やされたというサウンドトラックの制作について、彼ら3人に登場いただこう。

クイーン作品のオリジナル・マルチは
192kHzでアーカイブしてある

マクレーはロジャー・テイラーのレギュラー・エンジニアであり、彼の所有するプライオリー・スタジオのマネージャーでもある。シャーリー・スミスとフレデリクソンはブライアン・メイのエンジニアで、メイのプライベート・スタジオであるアラートン・ヒル・スタジオを管理している。そして彼ら3人はクイーンのほぼ全作品でミキサーや共同プロデューサーとしてクレジットされている。彼らがかかわった音源作品『ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック)』も映画と同じく好評を得ており、イギリスとアメリカのヒット・チャートでは3位を記録、それから4カ月にわたってチャートに居続けるという偉業を成している。通常のヒット作が2週間でチャートから名前を消すのと対照的だ。

筆者はプライオリー・スタジオのコントロール・ルームにマクレー、フレデリクソン、シャーリー・スミスの3名に集まってもらい、Skype経由でこの壮大な制作の始まりについて聞いた。発端は本作品のスーパーバイジング・サウンド・エディターであるジョン・ワーハーストが彼らを訪ねてきたことだった。

マクレー 「最初、制作陣は劇中で使用するクイーンの楽曲をすべて再録するつもりでいたようです。アーティスト側とあまり良い関係を築くことができず、オリジナル音源やマスター・データを使用することができなかった映画作品をこれまでジョンは数多く見てきたんでしょうね。そういう作品ではいちいち再録をしないといけません。実際本作でもクイーンに対して造詣の深いアレンジャーを既に選定していて、ミュージシャンを誰にするのがいいか検討していたようです。私たちのところに来た際はあまり多くを期待している雰囲気ではなかったですね」

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▲ブライアン・メイのエンジニア、ジャスティン・シャーリー・スミス。メイのアラートン・ヒル・スタジオを管理している

シャーリー・スミス 「彼が最初希望していたのは“ニードル・ドロップ”と呼ばれるもので、これは単純にオリジナルのスタジオ音源を劇中で流すことを指します。最初に聞かれたのは“オリジナルのマルチトラックがまだあるか?”ということでした。答えはイエスで、加えて過去の別プロジェクトのために作成したステムもありました。ほかにも過去に録ったライブのマルチもかなりの数を保管しており、ジョンにとってはうれしい知らせだったでしょう。私たちが持つライブのマルチ音源はとても高いクオリティで収録されていて、質にこだわる映画制作者にとっては重要なことでもあります。これらオリジナルのクイーンの素材が使えることが分かると、ジョンは見る見るうちに幸せな表情になっていきましたね」

3人はなぜこれほどスムーズに映画に協力できたのだろうか? この問いに対する回答として、彼らがテイラーやメイと長きにわたって信頼関係を築いてきたことがある。
マークレー 「ロジャーとは1987年からの付き合いです。彼のバンド“ザ・クロス”で1991年までドラムをたたいていて、その後は彼のエンジニアをしています。現在のスタジオに移ったのは2004年のことで、ここはごくたまに友人に貸し出す以外は完全にプライベートなスタジオですね。56chの古いAMEK Mozartコンソールを備えていますが、今はほぼDAW内部完結で作業しています」
フレデリクソン 「私はかつてドラムをやっていて、今でもギターとピアノを少し演奏します。音楽とエンジニアリングを学んだ後、2001年にブライアンと組むようになったんです。当時はスイス・モントルーのマウンテン・スタジオを使っていましたね。クイーン関係のプロジェクトではやるべきことが大量にありましたから、私たちは3人ともフルタイムで彼らの仕事をしていましたよ」
シャーリー・スミス 「私は幼少のころからピアノ、バイオリン、チェロを習っていました。その後ギターを始め、バンドに入って曲を書くようになったんです。それからロンドンのスタジオ何軒かに応募し、最終的にはマウンテン・スタジオに入ることになりました。マウンテン・スタジオは通常の商業スタジオなので、ほかにも多くのアーティストのエンジニアをしましたよ。デヴィッド・ボウイは近所に住んでいたのでしょっちゅう来ましたし、AC/DCも手掛けました。モントルー・ジャズ・フェスティバル関連でもいろいろな仕事をしましたね。ブライアンからイギリス移住に誘われたのは1991年のことで、彼のソロ・アルバムを作るためでした。まだフレディが存命のころです。当時は小さいコンソールとSONYの24トラック・マシン、それから巨大なビリヤード台が置いてあるだけのスタジオでしたね。後にブライアンは60chのNEVE VRを手に入れて、これは現在も使われています」

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▲メイのエンジニア、クリス・フレデリクソン。彼の横にあるのはNEVE VRコンソール

フレデリクソン 「私たち3人とクイーンのアーカイブ担当をしているグレッグ・ブルックスがバンドのテープ管理をしています。この大量のテープ素材はスタジオ以外でもほかの設備や、各地に存在する保管庫で管理しています。再生するために必要な機材が置いていある場所に保管しておくという意味もありますが、リスクの分散という意図もあります。最終的にはクイーンの録音をすべて漏らさず保管しておくことが目的ですが、あまりにも数が多いのでタイミングを見て整理する形になっています。かつてはアルバムの1/4インチ・マスター・テープはアナログでコピーしていましたが、後にデジタルで、そして2002年からはAVID Pro Toolsに192kHzでマルチトラックのコピーを取るようになりました」
シャーリー・スミス 「面白いのが、古いフォーマットほど堅牢だということです。UマチックやDASHなどですね。特に耐久性が高いのが2インチ・テープで、再生時に問題が起こったことは一度もありません。この堅牢なテープは50度に熱した保温機に4日間入れておかないと消去できませんでした」
フレデリクソン 「クイーンの後期レコーディングは2台の24trマシンを使っていたので、計48trを毎回コピーしていたことになります。未使用のトラックもすべてコピーしたので、最終的には膨大な量のデータになってしまいました。2000年代になると、PVが存在する楽曲すべてで5.1chミックスをするようになり、映画作品への楽曲提供も始めました。こういった作業の際にはデジタルでステムを作成していたわけですが、この際には正しいテイクを使用していることとエディットに細心の注意が必要でした」
シャーリー・スミス 「ギター、それから特にボーカルはトラック数が多く、6~7trが使われていました。中にはミックス中にコンソール上でテイク切り替えがなされていたケースもあり、編集済みのOKテイクが存在しない曲もあったんです。こうしたケースでは、より以前のバージョンのテープを探してテイクつなぎからやり直しをしなければなりませんでした。こうして再構成されたボーカル・トラックはCEDAR AUDIO Retouchでノイズ除去を行うことが多かったです」

知る人ぞ知る話ではあるが、オリジナルの「ボヘミアン・ラプソディ」のレコーディングの際には大量のオーバーダブがなされ、特にボーカルの場合、テープ・マシン間の同期技術が確立されていなかった時代にもかかわらず180回ものオーバーダブがされていた。そのため、テープからテープへのバウンスが多用され、前述したテイク再編集をする際、時には2世代前のテープを探し出す必要もあったとのことだ。こういった編集作業やノイズ除去と同時に、DAWを駆使してオリジナル音源を再現するリミックス(再ミックス)も行われていたそうだ。
フレデリクソン  「クイーンが曲作りにかけていた時間が膨大だったことは明らかです。じっくり曲作りとアレンジを行い、十分なリハーサルを重ねてからスタジオ入りしていました。ミックスも非常に手が込んでいて、すべてのトラックが多様なテクニックを使って処理されています。ミックス前のトラックと完成したミックスを比較するとかなりの差があるのが一聴して分かると思いますよ。それからミックスはセクションごとに分けて行われ、それを後から編集してつなげるのが日常的でした」
シャーリー・スミス 「オリジナルのミックスを再現するためにどこのスタジオで、どのコンソールとどのアウトボードが使われたのかといった情報も調べました。それから私たちのリミックスとオリジナルを何度も比較して聴き、差を埋めていったんです。後期の曲ではリコール用のメモが残っていたのですが、1970年代~80年代前半の曲ではそんなものは無かったので大変でした。もっとも、中にはトラック・シートの裏にEQのメモが残っていたりすることもありました」
マークレー 「ブライアンやロジャーに当時何をしたか覚えているか尋ねることもありました。まあ私たちも彼らと長く彼らと一緒にやっていますし、オリジナル・ミックスに立ち会っていることも多いですからね、行き詰まるようなことはありませんでしたよ。オリジナルに近づけて行く際にはUNIVERSAL AUDIO UAD-2のプラグインが非常に助けになりました。オリジナルに非常に近いエミュレーションがされていて、ほかのツールで試行錯誤するよりも速くサウンドを追い込めるんです」

冒頭の「20世紀フォックス・ファンファーレ」は
ブライアン・メイのギターを66tr重ねた

彼らがサウンドトラックで行ったのは何もこういったオリジナル音源の再現だけではない。“ライヴ・エイド”のミックスは新規のものであるし、新規のレコーディングも幾つか敢行している。ブライアン・メイのギターによる「20世紀フォックス・ファンファーレ」が良い例だ。さらに「ドゥーイング・オール・ライト」「ドント・ストップ・ミー・ナウ」をはじめとする数曲でも新規に録音された素材が使われている。
フレデリクソン 「クイーンの面々が最初に試写版を見たときにブライアンが思いついたんです。映画の最初に流れる20世紀フォックスのファンファーレを新しく作ろうと。そうすれば観客にクイーンが実際にかかわっているということが明確に伝わりますからね。最終的にこの曲ではブライアンがギターを66tr分重ね、そこにロジャーのパーカッションを足しています。ブライアンは頭の中で完ぺきにアレンジを固めていてスタジオに入った際にはすさまじいスピードでそれを形にするんですが、これは何度見てもほれぼれする瞬間ですよ」
シャーリー・スミス 「ブライアンがギターでハーモニーを重ねて行くのは本当に早業で、こちらもあらかじめ大量のトラックを用意しておかないといけませんでした。レコーディングの際にはVOX AC30の前にトレブル・ブースターのペダルを挟み、そのサウンドをフロントにSENNHEISER MD421、リアにSHURE SM57をセットして収録しました。かつてよく使ったマイキングです。SM57のチャンネルの位相を反転させて混ぜていくとローエンドがふくよかになり、温かみと芯(しん)を足すことができるんです。サウンドを激変させることが可能なテクニックですよ」

『ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック)』に収録されている「ドント・ストップ・ミー・ナウ…リヴィジテッド」と「ドゥーイング・オール・ライト…リヴィジテッド」については、状況はかなり違ったようだ。前者はクイーンの大ヒット曲だが、後者はクイーンの前身バンド=スマイルの曲で、メンバーはメイとテイラー、それにベース/ボーカルのティム・スタッフェルだった。
フレデリクソン 「この2曲のリヴィジテッド・バージョンに関してはオリジナルとはかなり違ったものになっています。「ドゥーイング・オール・ライト」はほぼすべて新規録音で、中間部のちょっとしたセクションのみ1969年の未発表音源から持ってきました。レコード会社が試写を見て新規に録音したいと言ったので、アビイ・ロード・スタジオにティムを呼んでレコーディングしたんです。50年ぶりの再結成とも言えますね」
シャーリー・スミス 「確か「ドント・ストップ・ミー・ナウ」は2011年にリマスターをしているんですが、その際には当時のラフ・ミックスや不使用テイクを徹底的に分析し、なぜか使われていなかったリズム・ギターのテイクを発見しました。2011年のリマスターではこのリズム・ギターを復活させたのですが、今回はブライアンが現代的なフィーリングに合わせて全ギター・パートを弾き直しています。曲の雰囲気が全く違ったものになりましたよ。また、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」のムービー・バージョンですが、これは映画のシーン・チェンジに合わせてアンビエンス・サウンドが変化していた点を、サウンドトラック用に改めたものです。映像無しで音だけ聴くと変な感じになりますから」

マルチ録音禁止だった“ライヴ・エイド”で
こっそり録音されたテープがあった

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の中核とも言えるシーン、それがあの伝説的な“ライヴ・エイド”のシーンだ。史上最高のロック・パフォーマンス、音楽史を永遠に変えた20分間”とも評される出来事だけに俳優や制作陣たちが感じていたプレッシャーも相当なものだっただろう。だがフレデリクソンによれば、「このイベントにクイーンはもともと参加する予定ではなく、チケットが売り切れた後に出演が決まったんです。つまり観客はクイーンが目的であの会場に居たわけじゃなかったんですよ!」と語っている。この興奮を再現するためのプレッシャーはかなり大きかっただろう。
実際のコンサートの模様はBBCによるテレビ/ラジオ中継の映像と音声が広く知られており、この映像の音源は当日のステレオ・ミックスがそのまま使われた。2007年に発売されたモントリオールでのパフォーマンスを収録した作品の特典映像としてこのコンサートの模様が収められているが、こちらでは違うバージョンの音源が使用された。これはシャーリー・スミスとフレデリクソンがオリジナルのマルチトラックを使用してミックスし直したもの。そして、今回の映画で11年ぶりにこの音源が再びリミックスされることとなった。実はこのミックスが可能になった背景には、このコンサートでコーディネーターを務めていたBBCラジオのスタッフ、ジェフ・グリフィンの存在がある。彼の行ったことは、フィラデルフィアでの“ライヴ・エイド”の録音をすべて消去したアメリカ・チームのそれとは対照的だった。
シャーリー・スミス 「もともとこのコンサートでマルチを回すことは許可されていなかったようです。ですがジェフはこの歴史的なイベントを記録しないわけにはいかない、とマルチを回したのです。彼の行動が無ければ上質なマルチトラック音源を使用してリミックスを行うことはかなわなかったでしょう。例えばフレディのボーカルは少しだけひずんでいます。この理由から、映画のチームはボーカルのダブリングをする必要があると考えました。映像が非常に高画質なので、音声のちょっとしたひずみでも問題になると考えていたのでしょう。実際にアビイ・ロードではフレディの真似をしてボーカルを収録するといったことも行われました。これにはレミがセリフを話しているシーンと歌のシーンとのトランジションをスムーズにするための素材を確保するという意味もありましたし、ライブ素材というモノの性質上、完ぺきな形は期待できないという考えもあったようです。例えばボーカル・マイクにカブったスネアが全体をひずませているなど、さまざまな要素が絡みますからね。最終的にはライブの音源を使用し、それをできるだけ完ぺきな状態に近付ける、という方向にしました。ボーカルの新録はフレディが歌っていなかった個所のみで使用することにしました。皆、技術的なクオリティにはかなり厳しくこだわっていましたが、こういう仕事の際には音楽のエモーショナルな部分とのバランス取りにも気を配らなければいけません。映画を見ていて“ボーカルがちょっとひずんでない?”なんて誰も気にしません。逆に、少しのひずみがエキサイティングさを演出するということもあります。それにこのコンサートは広く知られているので、ちょっとした変更ですらかなりのリスクが伴いますからね」

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          ▲“ライヴ・エイド”のクイーンの演奏をマルチ録音した24trの2インチ・テープ

クオリティを最大限に高めつつオリジナルのインパクトをキープする作業について、なぜ2007年のリミックスを再利用するのではなく、新たにミックスをし直したのだろうか。
シャーリー・スミス 「2007年当時はロンドンのスフィア・スタジオのAMS NEVE 88Rコンソールを使用してステレオと5.1chのミックスを作成しました。しかし技術は常に進歩しているので、今ならもっと良いミックスができると思ったんです。それに2007年のミックスはアナログ卓を使用して行ったので、その続きから作業するのは不可能でした」
マクレー 「まずは2007年のミックスに使ったPro Toolsのセッションを立ち上げ、ほぼすべてのプラグインやオートメーションを削除することから始めました。タムとオーバーヘッドのEQやバッキング・ボーカルを必要な個所で前に出すためのオートメーションを除く、ほぼすべてです。テンプレートは使用しませんでした。同じバンドによる演奏ですが、同じ演奏は1つも存在しませんから。それに全体の調節にはそれほど時間はかかりませんでした。皆で聴き、何が必要かを判断するだけです。ホールのアンビエンスが十分にあったのでリバーブもそれほど必要ありませんでした」

元のマルチにあるノイズは基本的に残した
クリーン過ぎるとリアリティが無くなるからだ

ライヴ・エイド”のミックス中に苦労した点について、3人はこう語っている。

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▲ロジャー・テイラーのレギュラー・エンジニアであり、彼の所有するプライオリー・スタジオで働くジョシュア・J・マクレー。写真はそのプライオリーでのもので、AVID S6を中核に、モニター環境はGENELEC 8250A+サブウーファー7270AをSAMシステムで最適化している

マクレー 「パワフルなサウンドを出すことがすべてでした。そしてアンビエンスを生かすこと。スタジアムでのロック・バンドのコンサートですから! なるべく自然な生々しさを残し、プロセッシングし過ぎないように気を付けました。音声素材には何一つ加工をしておらず、演奏を修正するためのピッチ補正も一切施していません。唯一行ったのは技術的なエラーの補正で、フィードバック・ノイズがこれに相当します。例えば「愛という名の欲望」ではブライアンが使っていたギター・アンプの真空管の不調からひどいノイズが発生していたのですが、コンスタントに変調していたのでEQで除去することが不可能でした。そこで、代わりにノイズ除去ツールのRetouchを使用したのです。ほかにも、フレディが観客席にマイクを向けている場面でローディがベースをチューニングしている音が入り込んでしまっていたのですが、これもベストを尽くして除去しました。このコンサートはまさに歴史的なものですから、よほどのノイズ以外はそのまま残しています。現代的なクリーン・サウンドにしてしまうと生々しさやリアリティが失われてしまいます」

唯一“手を加えた”工程とも呼べるかもしれないのは、アンビエンスの扱いだった。
シャーリー・スミス 「リレコーディング・ミキサーのポール・マッセイはスタジアムの雰囲気を出すためにアンビエンスの量をより増やしたがっていました。普通のライブ音源ではなるべくアンビエンスをカットしてドライにすることが多いですが、それと対照的です。私たちもアンビエンスがパフォーマンスのバイブを盛り上げる重要な要素であると考えていたのですが、ポールは私たちが思っていたよりも多くアンビエンスを足したがっていたんです。そこで、実際にホールのスピーカーから音源を流し、それを収録してアンビエンスとして使用することを誰かが考えたのです。ちょうどクイーン+アダム・ランバートがロンドンのO2アリーナで演奏する機会があり、私たちもそこで収録をすることになっていました。その際にかなりのアンビエンス・マイクを立てていたので、リバーブをカットしたステム・ミックスをO2アリーナに持ち込み、そこで再生したサウンドをアンビ・マイクで収録して足すということをしています」
フレデリクソン 「システムを持ち込んだのは会場でのバランスを調整したかったからです。再生してみるまでそこでどういうバランスで鳴るか分からないですからね。このアンビ・サウンドは劇中では使われていますが、『ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック)』では使用しませんでした。ちなみにこのO2アリーナでの収録では、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」の足踏みも録音しました。足踏み×2回→手拍子の個所を手拍子×2回→休みにする観客が多かったので、ブライアンが20,000人の観衆に足踏み×2回→手拍子のパターンを教えていましたね」

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▲映画『ボヘミアン・ラプソディ』の一コマ。メンバーが囲むマイクはSENNHEISER RE20だろうか ©2018 Twentieth Century Fox


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