「“ライヴ・エイド”のシーンはエネルギー設定に悩みました」ー映画『ボヘミアン・ラプソディ』の舞台裏(3)

ボヘミアン・ラプソディ by Text:Kentaro Shinozaki Interpretation:Takako Imai Photo:Yukitaka Amemiya 2019年4月27日

14

サウンド&レコーディングマガジン5月号の企画では、映画『ボヘミアン・ラプソディ』のアカデミー受賞スタッフたちにDolby Atmosミックスを含むポストプロダクションのワークフローについてインタビュー。今回はその中から、アカデミー受賞音響スタッフのティム・キャヴァギンにDolby Atmosミックスについてより詳しく聞いた部分を全文お届けする。

観衆の声はホワイト・ノイズになりやすいので
パンで動きを付けてメリハリを出した

「人生で初めて買ったシングル・レコードは『ボヘミアン・ラプソディ』だった」と語るティム・キャヴァギンは、ロンドンのトゥイッケナム・スタジオ所属エンジニア。リレコーディング・ミキサーとして参加した本作で第91回アカデミー録音賞を獲得し、業界内で大きく注目される人物となった。前項のワーハースト&マッセイとともに行ったポストプロダクションについて聞く。

今回ファイナル・ミックスを行ったのは、キャヴァギンの所属するトゥイッケナム・スタジオだったとワーハーストは語っていた。どんなワークフローで行われたのだろうか?
キャヴァギン 「まず、幾つかのプリミックスはアメリカでポール・マッセイが行いました。私も残りのプリミックスをトゥイッケナムのTheatre 1とTheatre 4で作業しています。Theatre 4は小さい部屋ですが、Pro Tools│S6が入っていてDolby Atmos Homeシステムでモニタリングが可能です。ファイナル・ミックスはDolby Atmosシステムが入ったTheatre 1で行われました。というのも、映画のほとんどは“ライヴ・エイド”が基盤となっており、アリーナやスタジアムでのシーンが多かったので、いかにその臨場感を再現できるかが勝負どころでした。会場の大きさをサウンド面でクリエイトするには、できる限り大きいルームで作業する必要があったのです。この映画は最初からDolby Atmosプロジェクトとしてスタートしたものです。Dolby Atmosは観客にとって実体験のような感覚が味わえます。どのスピーカーからもフルレンジで音が伝わるんです。そのこともあり、Dolby Atmosは音楽にとって非常に重要なのです。音楽だけでなく、オーディエンスなどの音響効果にもかなり有効でした。もし観客がMTVを見ているような気分になってしまっていたらこの映画は失敗に終わっていたと思います。だからこそ私たちは、映画館に作品を見に来た一人一人の観客に、コンサート会場の観衆の中にいるような感覚を味わってほしかったのです。その点でDolby Atmosは必要不可欠でした」

プリミックスでマッセイらとどのような作業分担をしたかを彼は振り返る。
キャヴァギン 「ポール・マッセイはアメリカでセリフの部分をプリミックスしました。彼はダビング(吹き替え用)のスタジオを自宅に持っています。彼が台詞の部分をプリミックスし、アメリカからそのデータをもらって私のプリミックスしたサウンドとのバランスを取っていきました。プリミックスしたオーディエンスの音響などと重ねていくわけです。音楽については、ファイナル・ミックスの前にポールがトゥイッケナム・スタジオで最終的なプリミックスをし、私は音楽とのバランスを取っていく役目なのですが、サイズがどのくらいになるのか最後まで見当がつかないのです。とはいえ、クイーンのオリジナル楽曲を実際に手掛けたエンジニアとそのバックグランド・チームの協力があったのは非常に幸運でした。彼らは今まで手掛けたクイーンの全コンサートのサウンドにアクセスできたので、年代に合わせたコンサートのシーンをスクリーン上でそのまま復活させることができたのです」

今回Dolby Atmosミックスをするにあたり、ほかの映画との違いをキャヴァギンはこう力説する。
キャヴァギン 「“ライヴ・エイド”の音響効果は突出していると思います。会場のオーディエンス音をずっと聴いていると、通常は観客の耳が疲れてきます。水や滝や雨のような音はすぐにホワイト・ノイズになるので、だからこそ群衆の音響を作るには動きやメリハリが必要なんです。だから我々はDolby At
mosのパンナーを使って、オーディエンスの音に動きを感じるような音場を作り出したのです。そうしなければオーディエンスの声はつまらない雑音になってしまうのです」

Theatre 1はAMS NEVE DFC、theatre 4はPro Tools│S6とミキシング・サーフェスが異なるが、それらはどのように使い分けたのだろうか。
キャヴァギン 「音楽とセリフはDFCを通して混ぜ、効果音やオーディエンスはPro Tools│S6とPro Tools│S3でミックスしています。私はすべてができる限りうまく絡み合うようにしたかったのです。台詞と音楽は映画の基本であり、ほかの要素はこの2つの骨組みを取り巻くようなイメージです。DFCのEQやダイナミクスは非常に優れ、音が良く聴こえます。そこに細かなコントロールができるPro Tools│S6の組み合わせが非常にうまくいったと思います」

ミックスをする際、セリフ、SE、音楽のバランスやパンニングで気を付けている部分について聞いてみた。
キャヴァギン 「どんな映画にも言えることですが、セリフは優先順位の一番上に来ます。セリフが聴こえなかったら何も伝わらないですからね。そんな中、『ボヘミアン・ラプソディ』は音楽の優先順位も一番上なんです。だからこそ趣のあるセリフの中に力強いボディを持った音楽があり、できる限り大きい音にし、観客を包み込みます。それでいてちゃんとセリフが聴こえるように気を付けなければなりませんし、シーンの雰囲気も伝える必要があります。そのエネルギー配分が難しいところかもしれません。実際、私たちはエネルギーのレベルをどう合わせるかで意見を交わし続けていました。特に“ライヴ・エイド”のシーンは場面転換がすさまじいので、私たちはここをどのように切り替えるかかなり悩みました。全力で演奏するよう持っていくのか、エネルギー量はその前のシーンのままでいくのか。初めは全力で演奏するバージョンを試しましたが、エネルギーが上がったように感じられませんでした。そこでこのシーンでやるべきことは、生き生きした描写に見合う一定のエネルギー量だと分かったのです」

シーンごとのサウンド・ミックスに関して、映画監督であるブライアン・シンガーからは具体的にどのような指示があったのだろうか?
キャヴァギン 「作業中はブライアン・シンガーはスタジオに居ませんでしたが、ピクチャー・エディターのジョン・オットマンが私たちにとっての監督の役割をほとんど果たしていて、ミックスの責任者を担っていました。ある意味でそれは素晴らしかった。サウンド・エンジニアたちは音響についての方向性をあらかじめブライアン・メイやロジャー・テイラーとともに共有していました。そしてジョン(ワーハースト)はずっとこの映画をやりたかったこともあり、彼なりにどのような映画にしたいのか明確なビジョンがあったと思います。私たちも同じ思いで、だからこそシンプルでした。興味深いことに、多くの人たちが感動したのはオーディエンスが一斉に歌う場面でした。画面の中の群衆の情熱が伝わったのでしょう。先ほども話したように、私たちはこの映画がただのMTVのように聴こえるのは嫌だったのです。本物であることにこだわったのです」
まさに実際のコンサートのような迫力を持った“ライヴ・エイド”のシーン。前項で当時のマルチが見付かり、それらの素材を流用することができたという証言を得たが、そのオリジナル音源と新規にレコーディングした演奏をミックスして使っているという。

 

最新のテクノロジーの使い過ぎで
わざとらしくならないように注意した

これだけ大がかりなプロジェクトだけに、ミックスでもさぞ苦労したと思いきや、当のキャヴァギンは「ミックスについて問題は何も起きませんでした」と回想する。
キャヴァギン 「効果音のプリミックスに2週間、音楽のプリミックスに1週間、セリフのプリミックスに2週間、ファイナル・ミックスに4週間。実質1週間に6日くらいは働いていましたが、最後には報われたと思っています。私たち皆が同じものを再現したいと思っていましたし、ブライアン・メイとロジャー・テイラーも私たちとともにじっくりと仕事をしてくれました。もちろん彼らに喜んでもらいたかったですし、彼らのためにこの映画を作っていました。作業中に彼らからコメントをもらい、何かリクエストがあれば彼らに喜んでもらえるように努力しました。クイーンは彼らのバンドですからね。面白かったのは、ブライアン・メイが私とポール(マッセイ)の間に割り込んで来て、 腕を上げて“ストップ”と言ったことがあったんです。その後“ごめん、続けていいよ”と言ったのですが、どうやら自分がスクリーンに映っていると勘違いしたらしいのです。もちろん画面の中に居るのは彼の役を演じた俳優であり、自分でも見間違えるほどそっくりだったのでしょう。あれは面白い出来事でしたね」

今年のアカデミー受賞はDolby Atmos作品が中心だった。まさに主流のフォーマットとなっているが、キャヴァギンはどのように見ているのだろうか?
キャヴァギン 「最新のテクノロジーを使い過ぎるとわざとらしくなってしまうことがあるので私は注意しています。いつも包み込まれるようなサウンドの感覚を忘れずに意識し、やり過ぎ無いこと。常に優先されるのは音楽で、その素晴らしさを台無しにしないように気をつけないといけません」

最後に、彼は本作に関与できたことに対して心から感謝している旨を伝えてきた。
キャヴァギン 「映画制作は本当にたくさんの人がかかわる、チームの努力の賜物です。本作のフッテージ(未編集素材)は100回くらい、映画全体も10回以上は見たと思います。きっと数週間後にまた見直したくなるのでしょう。何度見ても本当に飽きない映画です。クイーンは私の大好きなバンドなんです。まさに自分の夢が実現したプロジェクトです。私の少年時代のアイドルと一緒に、しかも映画の仕事ができたなんてまさに夢そのものでした」


TUNECORE JAPAN