【SPITFIRE AUDIO interview】人気ライブラリーを連発する共同創設者クリスチャン・ヘンソン氏のビジョン

レポート by 篠崎賢太郎(サウンド&レコーディング・マガジン編集部) 2017年7月20日

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2007年、コンポーザーであるポール・トンプソン氏とクリスチャン・ヘンソン氏によって創設されたロンドンの音源デベロッパー、SPITFIRE AUDIO。音源制作のアプローチ、録音スタジオ、機材、エンジニアにこだわり抜いて制作されたサンプリング・ライブラリーは、設立から10年経った今、世界中に多くの愛用者がいるデベロッパーへと成長した。そんな同社の共同創設者の一人、クリスチャン・ヘンソン氏が去る6月に来日。インタビューする機会を得たので、高評価のライブラリーを作り続ける彼のポリシーに迫ってみたい。

5歳のころに映画音楽の作曲家になりたいと思い
テクノロジーとの出会いがSPITFIRE AUDIOへとつながっていった

──まずはあなたの音楽的なバックグラウンドから教えてください。

ヘンソン氏 祖父と父親はコメディ俳優だったんだ。母親も1950年代からドラマなどに出演し、有名な女優だった。両親は音楽が好きで、常に音楽に囲まれた生活を送っていた。両親は私に俳優になってほしくなかったみたいだ……“良い俳優でも必ずしも成功するとは限らない世界だから”と。だから小さいころからピアノを習っていた。そして、5歳のときに映画音楽の作曲家になりたいと思ったんだ。

──その当時、影響を受けた映画作品は?

ヘンソン氏 『フラッシュ・ゴードン』(1980年)に影響を受けた。あの作品はクイーンが音楽を手掛けていて、フレディ・マーキュリーみたいになりたいと思ったんだ。宇宙船で音楽を作りたい気持ちだったよ。そこから少し成長して、若いころはジョージ・クリントンなどのファンクを聴いていた。あとはスティーヴィー・ワンダーとかね。

──音楽大学には行かれたのですか?

ヘンソン氏 行きたかったんだけど、アバンギャルドな音楽ができないとダメだったんだ。シュトックハウゼンとかね。でも私はそういう音楽は得意ではなくて、結局、バーチャル・インストゥルメントを使ったテクノロジーで音楽を作る方に興味を持った。それがSPITFIRE AUDIOの原型になっているんだと思う。大体今までに50作品ぐらいオーケストラ向けの音楽を作曲してきたけど、一度も学校でそうした勉強はしていない。テクノロジーを使うことでそれができるようになったんだ。ちなみに、大学に行けなかった3年間はパン屋で働いていたよ(笑)。毎朝3時に起きて働いていたので、今でも早朝に起きる習慣が付いている。

──その後、映画音楽家として生計を立てるようになったのですか?

ヘンソン氏 私はキーボーディストでもあったから、イギリスのバンドに参加してライブ・ツアーもしたし、もちろん作曲家としても活動を始めたよ。最初の劇伴仕事はポルノ映画だったね(笑)。しかもコンピューターで作ったんだ。コンピューターで音楽を作るのは今では当たり前だけど、私はその第一世代だと思う。その仕事場の近所にBBCがあって、そこからも仕事が来るようになった。

──現在では作曲家としてもテレビ・ドラマの劇伴を手掛けるなどしつつ、同時にSPITFIRE AUDIOの開発者としての顔も持つようになったわけですね。

ヘンソン氏 本当はロックスターになれたら良かったんだけどね(笑)。でも、今の状況には満足しているよ。エンターテインメント業界で両親が働いていたから、そうした現場の需要は敏感に察知できるし、今のようにテクノロジーに触れている方が私には合っているんだ。

▲音楽家としても活動するSPITFIRE AUDIOの共同創設者の一人、クリスチャン・ヘンソン氏

▲音楽家としても活動するSPITFIRE AUDIOの共同創設者の一人、クリスチャン・ヘンソン氏

 

最初に作ったライブラリーは6セットしか売れなかった
でもダウンロードで『Albion Vol.1』の販売を始めたのが転機となった

──SPITFIRE AUDIO設立の経緯を教えてください。

ヘンソン氏 きっかけははっきりしていないんだけど、当時市場に出回っていたオーケストラ・ライブラリーは大編成のものばかりで、使うのが少し難しいと感じていた。それで、某ソフトの使い勝手の悪さをネットのフォーラムに書き込んでいたんだ(笑)。その後、共同創設者のポール・トンプソンと知り合ったんだけど、そもそもの出会いはそのフォーラムの私の書き込みを見て、彼から“私もそう思うよ”っていうメッセージが来たからなんだ(笑)。それで実際に彼と会って、“じゃあ自分たちでライブラリーを作ってみよう”というところからSPITFIRE AUDIOが始まった。

──最初に作ったライブラリーはどんなものでしたか?

ヘンソン氏 小編成のオーケストラをサンプリングすることから始めたんだ。まず考えたのは、一般向けに売るのではなく、映画音楽を作っているコンポーザー用に販売しようということだった。その辺の人たちにコネクションがたくさんあったからね。それで、一番最初はAIRスタジオで小編成のオーケストラのライブラリーを作ったんだけど、最初は2セットしか売れなかった(笑)。その後も6種類ぐらいライブラリーを作ったけど、あまり売れなくてね。そのときは作曲家として少しだけ成功していたけど、そこで稼いだ資金をかなり使ってしまって、ちょっと困ったよ(笑)。そこで、どうやって売れるものにするかを考える必要があったんだ。

──どんな工夫をされたのですか?

ヘンソン氏 それまではフィジカルでライブラリーを売っていたんだけど、ちょうど火山が爆発してしまったことがあって、シッピングできない状況になったんだ。それを機にダウンロード販売を始めて、そのときにロングセラーとなったオーケストラ音源の『Albion Vol.1』(現在は後継製品『Albion One』としてリリース)を作った。それが結構好評だったから、その後『Albion Vol.2』を作ってそれもかなり高評価を得た。そのときはまだポールと私の2人だけでやっていたから、パッケージも自分たちで作っていたくらいだけど、『Albion Vol.2』の成功をきっかけに会社の規模を大きくしようと思ったんだ。5年前のことだね。『Albion Vol.1』『2』を購入してくれたユーザーの5人に1人は著名な作曲家というデータもあって、私たちもその影響にびっくりしたよ。

──SPITFIRE AUDIOは、①素晴らしい演奏、②高品位な機材、③環境の良いスタジオにこだわって、ライブラリーを作り続けているそうですが、それは初期のライブラリーの制作から行われていたのですか?

ヘンソン氏 もちろん、それは私たちが2人とも最初から持っているポリシーだった。ビジネスをやっていく上で、最高級のものと最下級のものを目指すのは簡単で、中間レベルのものを作るのは結構難しいことなんだ。だから、私たちは最上級のものを最初から目指した。SPITFIRE AUDIOは常にベストなポジションのライブラリーを作り続けている。それがユーザーから支持してもらっている要因だと思う。今はスタッフが30人いるけど、将来的には60人にしたいね。そういう万全の体制で最も素晴らしいのものを作りたい。

▲オーケストラ音源の『Alibion One』。Albion Orchestra (アルビオン・オーケストラ)、Darwin Percussion (ダーウィン・パーカッション)、Brunel Dynamic Loops (ブルネル・ダイナミック・ループ)、Stephenson's Steam Band (スティーヴンソン・スチーム・バンド)といったパッチを収録。総容量約55GB、NATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5 Playerで動作する。

▲オーケストラ音源の『Alibion One』。Albion Orchestra (アルビオン・オーケストラ)、Darwin Percussion (ダーウィン・パーカッション)、Brunel Dynamic Loops (ブルネル・ダイナミック・ループ)、Stephenson’s Steam Band (スティーヴンソン・スチーム・バンド)といったパッチを収録。総容量約55GB、NATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5 Playerで動作する。

 

“サンプルをレコーディングしている”という意識は無い
実際の楽器でチューニングがズレる部分も含めてリアルな演奏をライブラリーにしたい

──サンプルとなる実際の演奏のレコーディングには、アナログ・マルチを回しているそうですね?

ヘンソン氏 95%以上はそうだね。だからサウンドの一つ一つがリッチな響きをしているんだ。一つのノートをサンプリングするのに30人の演奏家がいて、30通りの弾き方があって、そこに30本のマイクが立てられている。それが2つのノートになると倍になっていく。そうすると、要らない要素も出てくるんだ。でも、テープで録音しておくとその要らない部分を自然にまとめてくれる。ナチュラル・コンプレッションというか、テープがうまく丸めてくれるというかね。デジタル・レコーディングだとスペックが高くなるにつれて情報量が多くなり、使いづらくなるという弊害があると思うんだ。

──音楽的な視点で演奏をサンプリングしているのが良い方向につながっていっているのでしょうね。

ヘンソン氏 その通り。音楽はフィーリングが重要だからね。例えば、バイオリンの1ノートをサンプリングするにしても、小さい部屋で録音するんじゃなくて、ちゃんと大きなスタジオで行っている。音の響きも込みでサンプリングしたいし、その方が演奏者も心地よくプレイできる。そうやって音とフィーリングの両方で最高のものを記録したいんだ。

──あなた方のライブラリーは、派手さよりも非常にナチュラルな響きを重視している印象があります。

ヘンソン氏 サンプルをレコーディングしているという意識が無いからね。他社のライブラリーを聴いていると、“サンプルを作るための演奏”という感じがするものも少なくない。でも、私たちは良い生演奏を録音するという感覚で作っているんだ。例えばピチカートのような速い演奏の場合、私たちは1音1音のバラつきをあえて残している。1音1音を定量化した状態で収録すると、音源として使ったときに途切れ途切れに聴こえるようなこともあるからね。私たちはその部分まで考えて録っているから、とてもスムーズな表現力がある。ほかにも、トランペットの一番高い音をフォルテで吹くと、実際にはちょっとチューニングがズレるんだが、それをすべてピッチが合った状態で収録するとソフトで再現したときにどこか不自然なものになってしまう。だから私たちは、アウトチューンな部分があったとしても、リアルさの方を重視している。トランペット奏者が実際にプレイした部分をしっかりキャプチャーしたいんだ。実際のオーケストラにしても、すべての楽器の音がパーフェクトなチューニングに鳴っているわけじゃないよね? シンセみたいな機械的なサウンドにしたくないんだよ。

──そういったこだわりが世界のクリエイターたちに受け入れられているのでしょうね。

ヘンソン氏 SPITFIRE AUDIOのユーザーはプロが多いので、そういう細かいニュアンスも含めてリアルな現場感を欲しているんだと思う。プロのカメラマンが写真を15枚を撮ったとして、その中でちょっとした光の反射が張り込んでしまったものがあったとしても、それが良い作品になっているのだとしたらそれを私たちは優先したい。魔法の瞬間をしっかりとらえたい。そうそう、私たちのライブラリーの中で、ピアノのDのサンプルに一つだけツメが当たった音色が入っているんだけど、ある映画を見ていたら、劇伴にその音色が使われていてね。“YES!”と思ったよ(笑)。そういう部分がライブラリーを作るロマンだね。SPITFIRE AUDIOのライブラリーには、残念ながら録音後に亡くなってしまった演奏者もいる。でも、彼らの音はライブラリーの中で今も生きているんだ。あと、声変わりする前の男の子のコーラスを録ったこともあって、彼は今は立派なレコーディング・ミュージシャンに成長しているんだけど、そのライブラリーを使えば声変わりする前のボイスがよみがえる。まさにタイム・トラベルだね。ロマンだよ。

──プロと言えば、世界的な映画音楽家であるハンス・ジマーとパーカッション系/ピアノ系ライブラリーも制作していますね。

ヘンソン氏 さっき言ったような私らのスタンスやロマンに彼が共感して実現したんだ。ハンス・ジマーは“シネマティック・ドラム”というスタイルを既に確立していたけど、それを私たちと一緒にライブラリーとして残して、もっと先に進みたいと思ったんだと思う。

──最近では、エレクトロニック・ミュージック系のBTとコラボレートしたシンセ音源『BT Phobos』もリリースしました。BTはもちろん、リチャード・ディヴァインやあなた方創設者2人の手によるプリセット・サウンドも収録されています。

ヘンソン氏 私が他社のシンセのプリセットを使うときに感じていたのが、誰が作ったのか分かりやすいものだったり、音色が出来上がっちゃっているものは使いづらいということなんだ。だから私のプリセットに関して言えば、私の音は“あくまでケーキを作るための小麦粉”ということを心掛けた。『Albion One』でも“ティキティキティキ……”という、単体だとどうやって使っていいのか迷うようなループを作ったんだけど、ほかのサウンドと合わせると素晴らしいサウンドになるよ。まさに料理の上にかけるパルメザン・チーズだね。自分はそういうプリセットを作るように心掛けている。

▲『HZ01 - London Ensembles』。劇伴界の巨匠、ハンス・ジマーが監修したパーカッション音源の第1弾。迫力ある打楽器サウンドを収録

▲『HZ01 – London Ensembles』。劇伴界の巨匠、ハンス・ジマーが監修したパーカッション音源の第1弾。迫力ある打楽器サウンドを収録

▲『BT Phobos』は4つのサウンド・ソースと、3つのコンボルバー(インパルス・レスポンス)から成るシンセ音源

▲『BT Phobos』は4つのサウンド・ソースと、3つのコンボルバー(インパルス・レスポンス)から成るシンセ音源

ロンドンはいろんな音楽が溶け合った珍しい街
そのフィーリングがライブラリーにも入っているかもしれない

──あなた方のライブラリー作りにおいて、“ロンドンらしさ”という点を意識することはあるのでしょうか?

ヘンソン氏 もちろんレコーディングしているのは大抵ロンドンの奏者だから、自然とその要素は入ってくるよね。ロンドンでは映画をはじめとして、音楽にまつわる産業にいろんなジャンルがあって、オーケストラやオペラも盛んだし、そういう要素が溶け合ったレアな都市なんだ。ロンドンのオーケストラの奏者はそういった多岐にわたるプロジェクトにたくさん参加しているから、彼らが受けた影響が演奏を通じてライブラリーに出ていると言えるかもしれないね。それから面白いのが、ロンドンの奏者が町を歩くときに何気なく手にして楽器が、実はものすごく価値のあるストラディバリウスだったりするんだ(笑)。ロンドンではそういう風景が当たり前の特別な街なんだよ。

──今後はどんなライブラリーを予定していますか?

ヘンソン氏 エリック・ウィテカーのクワイアのライブラリーを出す予定だよ。来年1月にはリリースできると思う。

──SPITFIRE AUDIOのライブラリーを持っていないユーザーに向けて、“最初の一本”としてお薦めするならばどちらになりますか?

ヘンソン氏 『Albion One』だね。モダンなオーケストラ音源が一つに詰まっている。SPITFIRE AUDIOのライブラリーはすべてファミリーで、そのベースとなっているのが『Albion One』なんだ。

──最後に、これからの展望を教えてください。

ヘンソン氏 10年後の話をしてもいいかい? オーケストラ音楽は敷居が高いイメージがあるけど、いろんな人に身近なものにしたいと思っている。パソコンでEDMやポップスなどいろんな音楽が作れるけど、オーケストラだけは特別な勉強をしなければいけないのが現状だ。私はその壁を取り壊したい。最初に話したけど、5歳のときに私は音楽に携わる仕事がしたいと思った。そして、ちょうど今5歳の息子がいるんだが、彼にも自分がやりたいことを明確にするように伝えている。私は信心深い方じゃないけど、自分がやりたいことを神に向かって真剣に伝えることが重要だと思うね。

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