【ビンテージ・キーボード】オクターブ・エレクトロニクス Cat

ビンテージ・キーボード by 編集部 2010年6月17日

モーグのファットなサウンドとアープOdysseyの多彩なパラメーターを兼ね備えた
実用的なシンセサイザー

1970年代も後半にさしかかったころ、突如”猫(Cat)”"子猫(Kitten)”というなんとも人を食った名前を持ったアナログ・シンセサイザーが発売された(猫は1976年、子猫は1977年に相次いで発売されたのではあるが)。両モデルは兄弟機であり、その名称の通りKittenはCatの簡略化版に当たる。

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 ▲写真① オクターブ・エレクトロニクスCatは、2基のVCOとエンベロープ、モジュレーション・ソース/ディスティネーションを切り替えるスライド・スイッチ、オクターブ・スイッチなどを装備。

アープOdysseyに酷似した外観および基本構成

Catを製作したのは、カーマイン・J・ボナーノという人物によって興されたオクターブ・エレクトロニクス(OCTAVE ELECTRONICS)という新興メーカー。本機が同社にとって初の製品であった。まずは写真①をよく見てほしい。アナログ・シンセにある程度詳しい方ならば、すぐにこの楽器がアープOdysseyに酷似していることに気付くだろう(写真②)。鍵盤の数や外形サイズ、2VCOという構成だけでなく、ADSR+ARタイプの2基のエンベロープ、スライド・スイッチでモジュレーション・ソース/ディスティネーションを切り替えるインターフェース、+/−2オクターブのオクターブ・シフト・スイッチなど、明らかにOdysseyをまねたものである。

極めつけは発売後しばらくしてからアップデートされたSRMと呼ばれる仕様(以降はこれが標準となった)だ。これは2基のオシレーターを別々にコントロールできるデュオフォニック(ポリ)・モードで、1つの鍵盤から高/低2種類のCVを生成する回路は見事なまでのコピーだった。

しかし、スライダーとノブが不思議な基準で混在していたり、Odysseyでは唯一のノブだったピッチ・コントロールがスライダーになっていたり、パラメーター名がことごとくOdysseyとは異なる単語で表記されていたり(トランスポーズ→オクターブ・シフト、ポルタメント→グライド、カットオフ/レゾナンス→Fc/Qなど)、パクリではないことを必死にアピールしようとした努力の跡が泣かせる。

当然アープはオクターブ・エレクトロニクスを訴えた。しかし、だれの目にも明らかなクローンであったにもかかわらず、原告の訴えは棄却された。”Odysseyにはないオシレーター波形(三角波)がある”"ハイパス・フィルターがない”"キーボードのモードがモノフォニックにも切り替えられる”などの相違点により、アープの権利を侵害するコピー製品ではないと判断されたのだ。

この結果、オクターブ・エレクトロニクスはCatとアープAxxeのクローンとも言えるKittenの2機種を1980年代初頭まで製造、販売し、オリジナルに比べリーズナブルな価格設定もあり、コンスタントなセールスを記録した。

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▲写真② こちらはアープOdyssey。ごらんのようにCatはOdysseyの外観に非常によく似ている。

Odysseyでは難しいFMによる過激な音作りも可能

実際、Odysseyのサウンドを期待しつつ音を出してみると、その期待は大きく裏切られる。当時の裁判所の判定は妥当なものだったと感じることだろう。いくら基本構成は同じでも、フィルターが全く違うのだ。繊細で、そのくせどぎついOdysseyに比べ、Catのサウンドはおおらかでスケールが大きい。むしろモーグ製のシンセにも似た粘りのある低域は、シンセ・ベース・マシンとしてこの上なく魅力的なキャラクターを持っている。つまり、モーグ系のファットなサウンドとOdysseyの多彩なサウンド・パラメーターを兼ね備えた、非常に実用的なシンセサイザーだと言うことができるだろう。

適度に簡略化されたコントロール系も、ライブでの使い勝手が非常に良い。またモジュレーションのルーティングにはVCO、VCF共にVCOをソースにすることが可能で、Odysseyでは難しかったFMによる過激な音作りまで可能である。VCOの波形も1つのオシレーター内で異なる波形をミックスして出力できるのもOdysseyにはない大きなアドバンテージだ。惜しむらくはピッチベンドやモジュレーション・ホイールがないことによる演奏表現力の乏しさだろう。何もここまでまねすることはなかったのにと思ってしまう。素直にモーグのホイールをまねしていれば、言うことなかったのだが。

ともかくその出自の胡散臭さ、垢抜けないデザイン、意味を成していないスライダーの目盛り(スライダー最小値でも1、最大値でも9.5位。スライダー・ノブ自体の大きさを考慮し忘れた、初心者にありがちなミスである)など、B級シンセの匂いが濃厚な割には非常に良い音を持った、まさに通好みの楽器という印象だ。

しかも、オクターブ・エレクトロニクスは、その後有名になるリペアショップのプラトー・エレクトロニクス(PLATEAU ELECTRONICS)を吸収し、オクターブ・プラトー(OCTABE-PLATEAU)としてシンセの開発、製造の傍ら、ミュージシャンの機材をサポートする。1982年にはVoyetra Eightというこれまた通好みな8ボイス・アナログ・ポリシンセを発売。そしてパソコンの発売に併せてソフトウェア開発に方針を転換。現在も同社は柔軟な経営を続け、PC用の音楽ソフトウェアを開発/販売するVOYETRA社としてカーマイン・J・ボナーノ氏共々健在である。オクターブ・エレクトロニクスは、1970年代に存在した米国のシンセ・メーカーの中で、倒産を経験していない数少ない会社の1つとして、実は結構貴重な存在なのかもしれない。

Photo:Five G Music Technology

 

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