「マスタービルダー」10人の肖像/憧れの「フェンダーカスタムショップ」ギター徹底解剖!

Fender Custom Shop by 編集部 2010年3月18日

フェンダー・ファクトリー最高級ラインに位置する、フェンダーカスタムショップ。ムック『フェンダーカスタムショップ』では、その魅力を豊富な写真とともにあますところなく紹介している。
本記事では、一流の職人「マスタービルダー」10人とその製作ギターをピックアップ。それぞれデジマートで検索できるので、キミの好みのモデルを探してみよう!

fcs-digimart.jpgttl_contents.gif

「マスタービルダー」10人の肖像

フェンダーカスタムショップの中でも「マスタービルダー」と呼ばれる一流の職人が手がけた「マスタービルド」は、もはや一種の芸術品の域に達しており、現代のフェンダー・ギターの最高峰として知られている。

master01.jpg

マーク・ケンドリック(Mark Kendrick)

1958年5月26日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれのマーク・ケンドリックは、創業間もない50年代にレオ・フェンダーのもとで働いていた伯父に続き、ケンドリック家二代にわたりフェンダーと深い関わりを持つ。73年、かつてフェンダーの副社長を務めていたフォレスト・ホワイトに誘われて、ミュージックマン社に入社。その後、G&L社へと移り、91年、フェンダー社の一員となる。
フェンダーに入社後、カスタムショップ内においてアーティスト専任マスタービルダー/アーティスト・リレーションを歴任。エリック・クラプトン、キース・リチャーズ、リッチー・サンボラ、ジョニー・ラングなど、多くの一流ギタリストが彼のギターに絶大な信頼を寄せている。

マーク・ケンドリック製作のギターをデジマートで探す

master02.jpg

トッド・クラウス(Todd Krause)

1960年3月22日、ミネソタ州ミネアポリス生まれのトッド・クラウスは、シャーベル/ジャクソン社において、ギター・ビルダーとしてのキャリアをスタートさせた。
LAメタル全盛期の80年代の約10年間、数多くの著名ミュージシャンの楽器を製作する貴重な経験を積み重ねたのちに、さらにビルダーとしての成長の機会を求め、91年3月にフェンダーカスタムショップへと加わる。
エリック・クラプトンやジェフ・ベックが使用するギターを製作する反面、カスタムショップらしさ溢れるド派手なペイント・ギターも積極的に手がけている。

トッド・クラウス製作のギターをデジマートで探す

master03.jpg

ユーリ・シスコフ(Youri Shishkov)

1964年3月17日、旧ソビエト連邦生まれのユーリ・シスコフは、彼の故郷であるゴメルという街の小さな地下貯蔵庫の片隅で、自作のノミやヤスリなどの原始的な工具だけを使ってギターを製作していた。90年にイリノイ州/シカゴに移住し、ワッシュバーンのマスター・ルシアーに就任。そこでは、ダイムバッグ・ダレル、ジミー・ペイジ、ロバート・プラントといったトップ・アーティストたちの楽器を手がけている。カスタムショップに加わったのは2000年。最初から”シニア・マスタービルダー”の称号を与えられたユーリは、精密なインレイ・ワークを駆使したショー・モデルから、豊富な知識を生かしたレリック・モデル、そしてプレイアビリティに富んだ現代的なモデルまで、多岐にわたるギターを製作している。

ユーリ・シスコフ製作のギターをデジマートで探す

master04.jpg

ステファン・スターン(Stephen Stern)

ステファン・スターンのキャリアはシャーベル/ジャクソン社においてスタートしている。79年から80年代半ばまで働いたのち、93年5月にカスタムショップの一員となった。入社後、彼は世界最高のアーチトップ・ギター・ビルダーであるジミー・ダキストが手がけるプロジェクトの専任ビルダーに抜擢される。
ジミー・ダキスト亡きあと、世界的ギター・コレクターであるスコット・チナリー氏がダキスト追悼のために企画した夢のプロジェクト”ブルー・ギター・コレクション(96年)”のおりにも、世界の22人のアーチトップ・ギター・ビルダーのひとりに選ばれ、ギターを製作した。

ステファン・スターン製作のギターをデジマートで探す

master05.jpg

グレッグ・フェスラー(Greg Fessler)

1961年5月11日、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれのグレッグは、幼少の頃からフーラトンの旧フェンダー工場の近くで育ち、90年にフェンダーカスタムショップの一員となった。
始めはスチュアート・ハムの使用で有名なファクター・ベースのプロジェクトに関わり、次にカスタムショップ内の最も重要な部署である、指板とフレットの仕上げのセクションに配属されている。そこで約3年間経験を積んだグレッグは、ジーン・ベイカー(当時のマスタービルダー)のあとを次ぐ形で、ロベン・フォード・シグネイチャー・モデルの専任ビルダーとなった。93年暮れに約4年というスピードでマスタービルダーの称号を得ている。

グレッグ・フェスラー製作のギターを探す

master06.jpg

ジョン・クルーズ(John Cruz)

1963年11月23日、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれのジョン・クルーズは、86年10月にフェンダーに入社。6年間の下積み経験のあと、93年にカスタムショップの一員となる。それから10年後の2003年、彼は長年の念願が叶ってマスタービルダーに昇格した。
04年に100本製作されたトリビュート・シリーズの第1弾、スティーヴィー・レイ・ヴォ−ンNumber Oneストラトキャスターの全数をひとりで製作するなど、復刻モデルの製作過程に深く携わることが多い。事実、レリック加工の技術面では、頭ひとつ抜けた存在と言っていいだろう。

ジョン・クルーズ製作のギターを探す

master07.jpg

デニス・ガルスカ(Dennis Galuszka)

1967年8月4日、カリフォルニア州リバーサイド生まれのデニスは、フェンダーに入社する前の13年間、家具職人として生計を立て、同時にドラマーとしても活動していた。とあるきっかけで、ギター製作に強い関心を抱いたデニスは、バンド仲間であったフレッド・スチュワート(当時のマスタービルダー)の薦めもあり、99年にフェンダー社の門を叩く。
その後カスタムショップの一員となったデニスはグレッグ・フェスラー、ステファン・スターンらマスタービルダーの助手を務めながら、楽器製作を深く学んでいった。
日本限定モデルのTAKANAKAストラトキャスターの開発および一連のプロジェクトの監修も務め、高中正義本人からも高い評価を得ている。

デニス・ガルスカ製作のギターを探す

master08.jpg

ジェイソン・スミス(Jason Smith)

1976年1月11日、ニューヨーク州ロチェスターで生まれ、カリフォルニアで育ったジェイソン・スミス。彼の父ダン・スミスは80年代後半以降のフェンダー社の飛躍的な成功の礎を作った功労者のひとりであり、ジェイソンは親子二代にわたる筋金入りのフェンダーエリートと言える。95年の1月にフェンダーの門を叩き、カスタムショップの一員となった。その後さまざまな部署を経験したのち、彼の恩師であるジョン・イングリッシュに師事する。
ちなみにジェイソンはベース・プレーヤーであり、特にプレシジョン・ベースのファンと語っている。現在34歳でマスタービルダーの中では最年少の彼は、今後のフェンダーカスタムショップを牽引する期待のビルダーのひとりである。

ジェイソン・スミス製作のギターを探す

master09.jpg

ジョン・イングリッシュ(John English)

フェンダー社内において最も現場経験豊富な人材のひとりだったジョン・イングリッシュは、07年6月28日、57歳という若さでこの世を去るまで、第一線でギターを製作し続けた。1950年にカリフォルニア州ロングビーチで生まれたジョンは、70年にフェンダーに入社、78年に一度は退職するも、ジョン・ペイジからの誘いにより92年にマスタービルダーとして再入社している。
セットネック・テレキャスターの製造ラインで中心的役割を務め、ほかにもジョージ・ハリスンが使用したオールローズ・テレキャスターの復刻、エリック・クラプトンやディック・デイル、春畑道哉(TUBE)のシグネイチャー・モデルなどを製作している。

ジョン・イングリッシュ製作のギターを探す

master10.jpg

クリス・フレミング(Chris Fleming)

ストラトキャスターの誕生と同じ、1954年に生を授かったクリス・フレミング。ギター製作および修理の経験を持ち、さらにバイオリンやコントラバスといったクラシック系の楽器製作にも造詣が深かったクリスは、2000年にフェンダーに入社した。ジョン・イングリッシュ、フレッド・スチュワートたちのアシスタントを務めた彼は、03年1月マスタービルダーへと昇格を果たした。
フェンダー社内ではおもにビンテージ・モデルを担当し、04年には彼の精密なビンテージ・ギターのプロファイリング能力を生かし、50周年記念1954ストラトキャスターのプロトタイプを製作している。現在はフェンダー社のR&D部門にて、豊富な経験と知識をフェンダー製品に反映させている。

クリス・フレミング製作のギターを探す

TUNECORE JAPAN