ライブレポート/デレク・トラックス・バンド 日本ツアー(3日目)

ライブ/イベントレポート by 編集部 2007年12月26日

元『ギター・マガジン』編集部員によるライブレポート、いよいよ最終回のツアー3日目です。

POTO:Masayuki Noda


ツアー3日目(11月27日)も恵比寿リキッドルーム。この日はステージ本番を前に機材取材を行なう予定です。

15時30分、同じくベーシストの機材を取材する予定の『ベース・マガジン』編集部Kとともに、主役不在のリキッドルームへ。

ステージ・スタッフ&関係者しかいないまばらなラウンジ。カメラマンは、機材撮影百戦錬磨の星野俊さん。昨年のクラプトン公演における機材ショットも彼の手によるものです。

デレクのメイン、2000年製SG61年リイシューは過去にも数度漏出しているため、今回は”マニアック”な取材を密かに企んでいました。事前に伝えていた撮影リストを付き合わせ、まずは簡単に打ち合わせ。ただし機材取材にマニュアルはありません。リハーサルの都合で撮影時間が10分しかもらえないこともあれば、ギター・テクニシャンに話を聞けないこともあるわけです。さらに他社の取材陣と一緒になることも多いので、”順番こ”という協調性も重要だったりします。さてどうなることやら。

スタッフの方に聞くと、この日はリハーサルをしないという。……すんごく意外。デレク・トラックス・バンド(DTB)のようなツアー・バンドでは、リハーサル・スタジオを借りて”練習”することはまれで、ライブ・リハーサル時にさまざまなアレンジの実験や、時には作曲までするとよく聞く。サウンド・チェックの必要性が薄い、前日と同会場・同セッティングのライブならば、うってつけのリハーサル(練習)の場になりそうなものだし、実際、例えば「Volunteered Slavery」の新しいリフなどはリハの場で生まれたのでは?と推測していたから。

まぁ取材の対応で忙しいとか、そういうたまたまの事情だったのかもしれませんけど、機材取材にやってきたこちらとしては、さほど時間に急かされないはずなので大助かり。

16時30分、ステージ上で取材・撮影開始。1~2日目に登場した謎多きギターもありますねぇ。舞台袖でギター調整をしていたギター・テクニシャン、ボビー・ティスにご挨拶。彼によれば、SG以外のギターはすべてレンタルだそう。シッティング・ブルース・セットの機材、本国ではケイなどを使っているようだけど、日本ツアーなので日本製ビンテージを借りたそうな。

「これはグヤトーンだよ」とボビー。

ああ、やっぱりそうだよな。このストリング・テンションやらボディ形状やらはグヤトーンっぽいもんね。

私:「リゾネイターはナショナルなんです?」

ボビー:「そう、30年代のデュオリアンで、もともとはタジ・マハールが所有していたギターなんだってさ」

木目模様がフィニッシュされ、ピックガードが付いたレアなデュオリアン。その後もダンエレクトロやフェンダー・ツイード・デラックスをチェック&撮影しつつ、いよいよSG61年リイシューの順番に。

ボディにビッシリ入るサインは明らかに増えてます。デレクも結構ミーハーなのね。今回のチェック・ポイントは、弦高、消耗品部、エレクトロニクス・パーツ類の詳細。それと、SGとともに持参したという1964年製フェンダー・スーパー・リバーブのヘッドについて(筐体とスピーカーはレンタルとのこと)。

取材でわかった面白いこと、その一部を紹介しますと……。

私:「フレット交換はどれくらいの頻度でやるんですか?」

ボビー:「フレットかい(ニヤリ)? デレクはこういう(と言ってスライド・プレイのフェイク)のが多いからね、あまり減らないんだよ(笑)」

はは~ん、なるほど! 言われてみればそうなのねんと納得。

さて、その他の機材も無事に取材でき、スライド・バーのメーカー/モデルもバッチリ判明! そんでもってベースの撮影も滞りなく終了した模様。……っとと、昨日のゴールドトップを忘れてましたね。再度ボビーをつかまえると、これまたレンタルながら1957年製オリジナルという。

私:「うへ~!? あんなすんごくキレイなモデルが、オリジナル……?」

ボビー:「うん、家が建つ価格みたいだね(笑)」

どひゃ~! この日はゴールドさんの姿を見かけませんでしたが、その陰にはなんと……。

ってな感じで、取材時間もたっぷりいただけて、他誌の方とも連携よく無事に取材終了。機材の詳細(一部不明のままですが)は、『ギター・マガジン』2008年2月号(2008年1月13日発売)でお伝えいたします。

また、ベース・マガジンではこの日の午前中、トッド・スモーリーのインタビューをしてきたようで、そちらの記事は『ベース・マガジン』2008年2月号(2008年1月19日発売)に掲載されます。デレクの成長をもっとも近くで見守ってきたトッド。彼が語るデレクとの出会いやデレク・スタイル形成の経緯、バンド・アンサンブルについて、これはベーシストならずとも必読・必見のインタビュー記事になること間違いなし! 『ギター・マガジン』&『ベース・マガジン』の2月号は、ぜひともセットでお買い求めくださいまし(笑)。

取材後は、『ベース・マガジン』編集部K、そしてアドバイザーとして同行いただいたTさんと開場時間まで近くで休憩。それぞれDTB機材について鼻息を荒くしました。

が、ついつい話し込み過ぎ、リキッドルームに戻るとすでに続々と入場が始まっていまして。まずいまずい。Kとともに早速入場。本日は下手側スピーカー前、前から2列目といったロケーションとなりました。スピーカーの正面……というかウーハーの正面(?)は、バンド全体の音を聴くにはあまり良い場所ではありませんが、背に腹はかえられないとはこのこと。あくまで前方優先です。

Kは開演まで40分の立ちっぱなし状態に不満ブー、挫折しかけていましたが、「何はなくともライブは前」の教えをたたき込み、暇つぶしにトッド取材のこぼれ話を語ってもらいました。そのほんの一部を抜粋しますと……。

K:「ライブ中、あなたはなぜそんなに笑顔なんでしょう?」
トッド:「楽しいからさ(笑)」
……『ベース・マガジン』2月号、ぜひお楽しみに!

19時をまわり、いよいよ開演。昨日と同様の大歓声が上がる。DTBも満面の笑みでそれぞれのテリトリーにつく。さぁ、大期待の”3日目”が始まる!

スライドがイントロ・リフを刻む。「Leavin’ Trunk」だ。

オリジナルはスリーピー・ジョン・エスティスで、もちろんさまざまにカバーされてきたブルースの名曲。私個人としては、タジ・マハールの1stアルバム『タジ・マハール』でジェシ・エド・デイヴィスがギターを刻むバージョンが大好きです。

2004年の来日の際、この話をデレクにすると、「タジとジェシのバージョンも大好きだけど、僕はジョニー・ジェンキンスのバージョンでやっているよ」。思えば、デュアン・オールマンが参加するジェンキンスのアルバム『Ton-Ton Macoute!』でこの曲を取り上げていましたね。コフィ(バーブリッジ/k,flute)のクラヴィネットとギター・リフの絡みでグルーヴを作るアレンジ。昨日の「It Hurts Me Too」と同じく、ブルースでの幕開けは、会場をひと息で温めてしまった。

拍手が静まると、「Sahib Teri Bandi – Maki Madni」風のイントロが始まる。この曲の大ファンであるKは、隣でため息交じりに「……きたっ」とボソリ。イントロはそのまま「Soul Serenade」へと連なった。残念K。でもこの曲は素晴らしい。初日と同様、その静謐で美しい立ち上がりは、ベースの4ビートが染みる。どうだK、こっちもいいだろ? そして後半の躍動。グングンとスライド・バーが駆け上がっていく。今日は行くところまで行きまっせ、と言わんばかりの滑らせっぷりだ。

そんな期待感の中、今度はリム・ショットが鳴り響く。『ソングラインズ』から、O.V.ライトのヒット・カバー「I’d Rather Be Blind Crippled and Crazy」。やった。この2日間では聴けなかった名カバーのひとつ。

サザン・ソウルの重要人物、O.V.のあのディープで泥臭い歌唱がマイク(マティソン/vo)に乗り移ったか、ハスキー・ボイスでのシャウトに力がこもる。キメのたびにカ~ンorキュイ~ンと決まるデレクお得意のチョップも気持ちいい~。後半のハモンドとのかけ合いでは、コフィの仕掛けるフレーズにデレクが呼応・追随する場面も。そのたびにトッドの笑いジワが深く入る。いやはや皆さん反応が速い。まさに名唱名演となった。

その後のセットは、個人的にはちょっぴし残念ながら1日目と2日目のシャッフルが続く。

「Key To the Highway」(盛り上げ方は初日と一緒か……)
「Get Out Of My Life」(やはりこの2日間のそれと同じ感じ……)
~シッティング・ブルース・セット(正直言うと若干飽きました、スミマセン)
「Preachin’ Blues」~「Soul Of A Man」
「Get What You Desire」
「44 Blues」~「Done Got Over」
~SGが戻る
「I Know」(3日連続で演奏されたけど、この曲はやっぱり好き。次作に収録されることを期待)

怒濤の如くはしょった8曲が明けると、カウント・ムブトゥがパーカッションを乱れ打つ。それとともに待ってましたの耳慣れない響きが……。「Mahjoun」……『ソングラインズ』に収録されるデレクのオリジナルで、中近東音楽風のしらべ。フルートが繊細な旋律を描き出す。

最近のステージの傾向だと、このまま「Greensleeves」につながるはず。会場に満ちるそんな期待。DTB解釈の激しいキメを組み込んで、期待どおりのあのメロディが始まる。「My Favorite Things」と人気を二分する、特盛りジャズ・インプロ&押弦デレクの魅力が楽しめるインスト。

インプロ中の張り詰めた空気は、テーマに戻るタイミングを見計らってか、その居合い抜きのような間合いは観ているだけでゾクッとする。中盤、全体的にボリューム・レベルを落とし”谷間”のシーンに入っていく。ハモンドにギターがかぶさり、ベースがポンポンと跳ねる……それがさらにダークな色合いになっていった時……。

ドンガラガッシャ~ン!

舞台上手のムブトゥが、手に持っていた”飛び道具一式”を落としていた(笑)。

まぁこんな事故もご愛嬌。そしてそれを合図としたか、デレクが徐々にテンポとボリュームを上げる。歓声はノイジーな混沌の中に消え、テーマに加えられたキメが放たれると、ズンッ!というスピーカー・コーンの振動が空気を揺らし、音が切れた。

いい……。「すごかったなぁ」と、Kと表情で会話する。大拍手の裏でヨンリコ・スコットのスティックがカウントをとっていた。”ワン・ツー・スリー……”

こ、この聴き慣れたリフは……間違いない、ここ2年間で最も頻繁に聴いてきたあの曲……うはあぁぁあぁぁ。これなのよ、3日間通った理由は。昨年のクラプトン・ツアーでも個人的ハイライトと位置づけながら、ついぞ聴けず仕舞い。オールマンズ・バージョンよりも、オリジナルのデレク&ドミノスよりも空高く突き抜ける昇天アレンジ。

「Anyday」。武者震いが全身を襲い、いやいやしっかり受け止めなきゃと思いつつも、力みと脱力をくり返す。思い入れが強いとこういう異常反応が起きるんですね。DTBにヒット曲と言えるものはないが、この「Anyday」と「Joyful Noise」はファンの間でも特に人気が高い。一段と大きい歓声。オーディエンスの反応こそがその証左でしょう。

この時の私は、今現在最も好きなバンドが、最も好きな曲を、しかも超目の前でやっている、という個人的に極めて異常な状況だったため、すっかり舞い上がり、たっぷりまったりどっぷりと聴き入ってしまいました。

後日録音した音源を聴き返すと、これがまたいろんな発見があるものでして。まず平歌(Aパート)のマイナー感の強いコード進行を、普段は押弦のみなのにこの日はスライドで弾くシーンもあったんです。

『ギター・マガジン』2007年2月号の安東滋先生の分析によれば、平歌でデレクが弾くコードは、A -A(onG) – D(onF♯) – B♭(onF)という流れのようですね。ありゃりゃ、私はオープンEはカラッキシなので、レギュラーで、コード全体の流れどおり■7-■m7でコピーしていました(恥)。

しかも、当のデレクはオクターブ奏法でのコード・プログレッション。そう、ギターでは調性をつけてないんです。これがアンサンブルになるとマイナーに聴こえるからアラ不思議。どうやってスライドでマイナーを?と思いましたが、”調性なし”が答えのようですね。

そして中盤のAmキーでのギター・ソロ。尺はその日の気分次第ってなところでしょうか、ここを4小節でサラッと終えてしまうことも多いんですが、ですが、この日はなんと40小節! しかも長さだけじゃない! かなり熱のこもった汁ダクなフレージングを連発! どうやらデレクも気持ちが入りまくっていたようで、そりゃもう、こちらもフラフラになるわけです。

中盤ソロを終え、(超ナイスな)リフ→(超グレートな)サビ→(感動の)3番へ。ふへへぇ~ん、もう半分終わっちゃったよう(泣)。でも大丈夫。まだ半分あるというポジティヴ・シンキング。それに本当にすんごいのは、ここから、なのだ。

“浮気女を許してあげるバカ男の葛藤”ってな感じの歌詞を知っちゃうと若干クールダウン気味なA8小節を越え、再び名リフ~名サビへ。オリジナル版のスライド・プレイ、デレクによれば”デュアンではなくエリック”だそう。やるじゃないか、エリック。そんなスライド・リフはわずか3音、されど3音、語る3音、なのです。

そして美しいダブル・ストップ・ネタが映えるサビを4回くり返し……。嗚呼、涙。中盤のマイナー・ソロと対比を為す、Dメジャー・キーでの天へと導くエンディング・ソロが幕を開ける。

直球メジャー・スケールでの名ソロ・メイカーと言えば、私の中では、ディッキー・ベッツの右に出る者なし、なのですが、クレバーなプラスアルファ音を入れたデレクのそれも、恐るべき殺傷力を持つ。さあ行けデレク! オレタチを連れて行ってくれ~!

スライド大滑走劇。

ずすすさぁあぁぁ~~~! ぶふぅうぅぅ~! きゅうぅぅぅぅぅ~ぐぶっ!

ポジションはまだ5~7フレット付近。そこからエンジンをフル回転させ、オクターブ・バーを超える。機首がグイッと上がる。ぶるるっぶすふぁぁああ~! 飛べ! 飛べデレク! 22フレットをも超え、ついに飛翔(実際にはこの曲で22フレットは超えない)。

全身で音を浴びる。この感覚を味わうべく、3日間通ったわけですよ。隣を見やるとKが、涙・鼻水・ヨダレを同時に流し放心している(若干脚色)。そう、Kも「Anyday」な男なのだった。構わんぞ。気づけば自分も同じ状態だ。ああ、力が抜けるぅう~オラアもうダメだぁぁ~。でも頼む~、できることなら終わらせないでくれ~! 

無情にもスライド・バーは到着予定地(エンディング・リフ)へと近づいていた。実はこの曲のエンディング、キメごとなしの代償か、かなりの頻度で間違えるんです。DVD『クロスロード・ギター・フェスティヴァル 2007』でも、デレクの合図違いで危うく着陸失敗になるシーンが見受けられますし、近年のライブ音源を聴いていても6回に1回程度はミスっちゃう。どうせ終わってしまうのなら、美しく・気持ちよく、10点満点で着地してくれ~。

この日のデレクの操縦は完璧だった。見事にバンドとオーディエンスをエンディングへと導く。絶叫と嗚咽、そして万雷の拍手が起こり、本編の幕が降りた。

アンコールは「Gonna Move」(2日目にもやったカバー)~「Freddie’s Dead」(カーティス・メイフィールドのファンク・ナンバー)。この2日間は1曲のみのアンコールだったけど、この日はやはりノッていたのでしょう。デレクの合図で音を切らさないメドレーを披露。しかも最後は弦を切るというオマケ付き。

アンコールもさることながら、とにもかくにも生「Anyday」に大々満足。九分九厘聴けないだろうと思っていただけに、感慨もひとしおなのでした。

ああ、ついに終わってしまった”デレク祭り”。その余韻と残り香をゆっくり味わうかのように、帰途につけないでいるラウンジの人々。きっとまた2008年に再会できることを楽しみにしながら、私も耳鳴りを愛おしく感じました。

【~後日談~】

その後のDTB日本公演は、大阪クラブクアトロ(11月29日)で「Yield Not To Temptation/Turn On Your Lovelight 」を、東京に戻って恵比寿ガーデンホール(12月1日)で「Crow Jane」「Kam-ma-lay」「Life Is Crazy」「Chevrolet」「To Know You Is To Love You」「Joyful Noise」(!)「For My Brother」などを初演(名古屋の詳細は不明)。前後含む9日の滞在で6日間というハードな公演日程を無事乗り切ったようです。

最終日、「前方のチケットが余ったよ」という友人からの連絡に、所詮シート・スタイルだからやめておくよと無下に断ってしまったことをちょっぴり後悔しつつも、やはり素晴らしい3日間だったなあと、時間が経った今でも改めてそう思い出せる。

すべての公演を終えた12月2日、私はデレクの取材に都内ホテルへ向かいました。昨年のクラプトン・ツアーによって状況も一変、帰国日であるにも関わらず、デレクは相変わらず取材対応に大わらわ。疲れも見せず、また真摯な姿で迎えてもらいました。

実は今回、ご存知小沼ようすけさんとの対談取材を行なったのです。

デレク・トラックスと小沼ようすけ。あまり結びつかないとお思いかもしれませんが、いろいろと共通項が見えるふたり。DTB来日公演の半年近く前からちょくちょく取材で小沼さんに会っていましたので、デレクとの対談をやりませんか?と口説き、今回の取材が実現したわけです。してやったり。対談は見事に大盛り上がり。機材の詳細とともに、こちらの模様も『ギター・マガジン』2008年2月号(2008年1月13日発売)でお届けします。

それと宣伝をもう一件。私の本業である『アコースティック・ギター・マガジン』Vol.35(2008年1月28日発売)では、ザ・バーズ、ロジャー・マッギン(g)のプチ特集記事を制作中です。バーズ以前~現在までを鳥瞰する内容は、ロック・ジャーナリスト、室矢”ムロケン”憲治さんのテンポ良い語り口で紡がれ、ビートルズとのあんなことや、ディランとのこんなこと、はたまたマイルス・デイヴィスとの逸話まで出てくる”濃い口”の記事。ぜひこちらもお手に取っていただければ幸いです。

長文のお付き合い、どうもありがとうございました。

(渡辺真一/アコースティック・ギター・マガジン編集部)

[ソニー・ミュージック - デレク・トラックス・バンド紹介ページ]
[アコギ・マガジン・ブロク]

『ギター・マガジン』2008年2月号には、デレク・トラックスの来日公演機材紹介および「デレク・トラックスと小沼ようすけ対談」が掲載されています。

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