著者たちの語らい--トモ藤田&加茂フミヨシ(1)

加茂フミヨシ式ギター・トレーニング by 編集部 2008年12月26日

【ゲスト】トモ藤田(1) 「歩み方は人それぞれ。道順を真似してもうまくはいかない」

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教則本の著者たちの素顔に加茂フミヨシが迫る対談。
第5弾は、『演奏能力開発エクササイズ』のこの人!

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▲トモ藤田 ※Photo by Matt Carr

【トモ藤田 プロフィール】

1965年、京都生まれ。21歳で渡米。1991年、”ボストン・ギタリスト・コンペティション”において日本人初優勝。1993年、バークリー音楽院ギター科講師に就任。1998年、同校助教授に昇進。同年に発表た教則ビデオ『ギタリストのための演奏能力開発エクササイズ』が大ヒットし、その後も多くの教則物を制作。教え子には今をときめくジョン・メイヤー、エリック・クラズノー(ソウライヴ)などがいる。アルバムは1996年発表の1st『Put on your Funk face』と、2007年の2nd『Right Place, Right Time』。現在も講師・ギタリストとして日米双方で活躍中。

【トモ藤田 公式サイト】

Tomo Fujita Web Site

→トモ藤田のDVD/著書

恵まれた音楽環境の少年時代
※編集部注:この対談は2008年11月中旬に、国際電話(東京-ボストン)で行われました。
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加茂:まずトモさんのルーツを教えてください。1965年生まれで、京都のご出身なんですね。小学校の頃とかは、音楽との関わりはありましたか?

トモ:ちょうどその頃によく遊んでいた友達のお兄さんが、ビートルズとかディープ・パープル、レッド・ツェッペリンなど、イギリスやアメリカの音楽をよく聴いていたんですよ。それで、僕らも音楽情報誌を買ったり、FMをエアチェックして録音したりはしていました。スポーツとかしている人に比べれば暗かったかな(笑)。

加茂:トモさんとディープ・パープルって、なんだか結びつかないイメージもありますが……。

トモ:やっぱりスタートはビートルズ、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリンですよ(笑)。

加茂:プロフィールには、影響としてCharさんのお名前も出てきますね?

トモ:もちろんもちろん! 小学校の頃に「闘牛士」を聴いて、あのイントロのリズムにはすごい衝撃を受けましたね。

加茂:トモさんのオリジナルで、「Just Funky」というカッティングの曲がありますね。なんとなく「SMOKY」のグルーブも感じたんですよ。

トモ:ああ、当然あるでしょうね。あの頃はいろいろな音楽の影響を次々と受けていたんですよ。例えば、まだギターを始めてない頃、空手の先輩にアース・ウィンド&ファイアーのコンサートに連れてかれもしたんです。

加茂:アース!? アル・マッケイの頃ですか?

トモ:1975年頃でアースの初来日の時。音楽のことなんて、なんにもわかっていなかったけど、リズムがすごいなっていうのだけは感じたんですよ。それと、京都に“拾得”という有名なライブハウスがあるんですけど、実家のすぐ近くだったんです。夜に店の前を通るといつも音楽が流れていて、中学生になると顔を出すようになりましたね。

加茂:中学生でですか!

トモ:近藤房之助さんがいたBREAK DOWNとかを毎週観ていましたね。あの界隈では”ギター少年”って呼ばれて(笑)、行けばタダで入れてくれたんですよ。

加茂:それはすごいですね。

トモ:お店でかかっているレコードを「これ何?」って聞いて録音させてもらったり、まわりの人に恵まれましたね。タダでレッスンを受けていたようなものですよ。ひとりひとりが、僕の持っていないものを持っていて、それをシェアしてくれたような感じでした。

加茂:なるほど、そうやって育っていったんですね。13歳でギターを始めたそうですが、他に影響として、ジェフ・ベックやラリー・カールトン、ジョー・パスなど、ジャズ/フュージョン系の名前も上げていますね?

トモ:先ほどの友達のお兄さんの影響で、まずジェフ・ベックを聴くようになったんです。そこで、「何か違う!」っていうのを感じたんですよ。複雑だし異様。それまで聴いていたものとは何かが違ったんです。そのうちに『YOUNG GUITAR』とかにラリー・カールトンや山岸潤二さん、大村憲司さんなどが登場してくる。『GUITAR WORK SHOP』というレコードはよく聴きましたね。他に森園勝敏さんや渡辺香津美さんも好きでした。高中正義さんもよく聴きましたよ。

加茂:日本人ギタリストもかなり聴いていたんですね。

トモ:これは全部友達のお兄さんの影響です(笑)。僕は彼が買ったレコードを借りていただけ。僕が選んだというより、彼が新しいものを次々探してきたんです(笑)。結果として、ビートルズからレッド・ツェッペリン、ジェフ・ベック、ラリー・カールトン、ロベン・フォード、リー・リトナー、コーネル・デュプリー、ジョージ・ベンソン、エリック・ゲイルまで聴くことができたんですね。

加茂:なるほど。

トモ:そこからジャズとブルースの道に行ったんです。ラリー・カールトンを聴いて「なんだかよくわからないけど、こういう風になりたい!」って思ったんですよ。ブルース・ロックをやっている人は多かったけど、ジャズは難しそうでやろうとしている人はいなかった。でも僕はやらなくちゃいけないと思ったんです。それが14歳頃かな。

涙(?)のストラト入手秘話

加茂:その後の高校では軽音部などに入ったんですか?

トモ:高校には軽音部がなかったんですけど、音楽仲間と学園祭に出るためにバンドを組んだんですよ。今思い出したけど、ギブソンのES-335を持っていったら、ベースのやつに「カッコ悪いから持ってくるな」って言われましたね(笑)。

加茂:ハハハ!

トモ:彼は今になってビンテージ・ギターの良さがわかったって言っていますけど(笑)、まあ、本当に真剣な顔で言われたんで仕方なくストラトを買いましたよ(笑)。好きでストラトを弾き始めたわけじゃないんですけど、今はストラトになっちゃいましたね。最初は、音が細いって思いましたが、今はシングルコイルの音が僕にとって凄く大事です。お陰さんでタッチもよくなった。

加茂:おかしいですね~(笑)。そんな秘話があったとは!

トモ:その高校に行っていなかったら、いまだに335を弾いていたかもしれない。人生って面白いですよね。

加茂:高校では音楽や楽器は流行っていたんですか?

トモ:ギターをやっている人も何人かいましたね。ただ、僕はインストものが好きだったから、あまり話が合わなかったです。そういえば、さっき言った学園祭で、何をコピーしたと思います?

加茂:……なんでしょう?

トモ:マイケル・シェンカー!

加茂:それは……(笑)。確かに335は合わない(笑)。

トモ:ハハハ。まあコピー力はあったみたいで、ちゃんとコピーはしていましたけど、今の僕を知っている人には想像できない話かも(笑)。

加茂:確かにトモさんと言えばジャズっていうイメージですからね。

トモ:でもスタートはロックなんですよ。もちろんブルースやジャズも大好きですけどね。

加茂:確かにトモさんの演奏を聴くと、オルタードとかを使ったジャジィなパッセージも出てきますけど、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのようなフィーリングも感じたんです。ブルースを基調にいろいろなエッセンスを足している印象でした。

トモ:それはラリー・カールトンの影響ですね。もちろんスティーヴィー・レイ・ヴォーンも、そしてB.B.キングも。

加茂:ただ、サイド・ギターに回ると、カッティングでバシバシ来る。人が変わったような印象もあるんですよ。

トモ:う~ん、それは歌モノの影響かな。普段聴く音楽は歌モノが好きなんですよ。歌のバックで自分は目立たずに、その人を活かす演奏ができたらすごく嬉しいです。表には見えないところでうまいことやって歌が生きるっていうのが楽しいし、それがバッキングを好きな理由ですね。

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加茂:なるほど。ところで、ギターを始めた頃はどんな練習をしていたんですか?

トモ:やっぱりコピーですね。レコードを聴いて、それ通りに弾く練習をしていました。カールトンの『夜の彷徨』の曲はかなりやったし、「ルーム335」のソロは完全コピーしたと思う。最後には、どの指でどこのフレットを押さえているかまで、耳で採れるようになりましたよ。

加茂:あのソロって、最後に速いパッセージがありますよね。どうやって弾くかはよく議論になるんですよ。

トモ:それはね、よく聴くとけっこうオーバーダビングしているんですよ。彼は家でレコーディングしているから時間にも余裕があるし、トラックを取っておいて、あとでまとめたりしている。それで、その場で一気に弾こうとすると、息遣いとかが入れられなかったりするんです。けっこう難しいですよ。

加茂:僕はジェイ・グレイドンが大好きで、彼の音楽を分析しているうちに音楽制作の道に行こうと思ったんです。

トモ:彼も同じですよね。ギターだけど音楽制作っていう面が強い。アレンジが素晴らしい。

加茂:オーバーダビングも多いですしね。

トモ:そうそう。エアプレイとかはよく聴きましたよ。あとスティーヴ・ルカサーとかね。僕はもともとスタジオ・ミュージシャンになりたかったんです。スタジオ・ミュージシャン系のレコードはよく集めたし、コピーもしました。レイ・パーカーJr.やデヴィッド・スピノザも好きで、レコード店に行っては、同じレコード会社から出ているアルバムのライナーノーツやクレジットをチェックしていましたね。誰が参加しているかでレコードを買うことが多かったです。

加茂:それは重要ですよね。

トモ:でも、聴くとちょっとしか弾いていなかったりして(笑)。

加茂:ハハハ!

言葉の壁もなんのその!

トモ:そういった細かい勉強はかなりやったんですけど、やっぱり独学には限界があるんですよ。特にジャズをやろうとしても、何をスタートにすればいいかわからない。コピーしても、コード進行がわからなければ意味がないですしね。僕の経験で言えば、「ルーム335」は完璧に弾けたんだけど、そこからどうすればいいかがわからなかったんです。

加茂:結局コード進行がわからないとダメだ、と。

トモ:それで、18歳の時に山口武さんに習いに行ったんです。それが今の僕の土台になっていますね。2年間ストレートにジャズ・ギターを学んで良かったです。

加茂:なるほど。次に21歳の時に渡米、バークリー音楽大学へ行かれますよね。言葉は勉強したんですか。

トモ:下調べして、やっぱり英語ができないとダメってことで、英会話学校に通いましたね。ただ、週に2~3回通っても、家に帰れば日本語のテレビを観ている(笑)。あまり役には立たなかったですね。読む方は上達したけど、結局リスニングができていなかった。これは音楽も同じで、慣れていないと、わからない。しかも相手はミュージシャンだから少し崩して話してきたりするんですよ。

加茂:それは大変ですね。

トモ:でも、最初は学校の先生がやっているポップ・ロック・バンドに入って、毎週2~3回ギグしまくりでしたね。リーダーが今日は何を演奏するとか説明している時に、「わかったか?」って聞かれても全然わからかったけど(笑)。

加茂:アメリカでの悩みというと、言葉だけですか?

トモ:それが……アメリカに来たことが嬉しくて、そんなに悩んでいなかったです。英語ができなければ仕事にならないとは思いましたけどね。やっぱりミュージシャンだから、家にこもって練習ばかりしているわけにはいかない。だから、自主的に英語を使うようにしたし、2年目ぐらいからは日本語は一切話さなかったです。ルームメイトも外国人だったしね。そういう努力は惜しまないほうなんで、思ったらすぐやりましたよ。

加茂:海外に留学したいと思っている人はたくさんいると思うんですが、まずコレをやれっていうアドバイスはありますか?

トモ:まずは、本当に何がしたいのかを考えることですね。僕もスタジオ・ミュージシャンになりたくて行ったわけだし、それが憧れでもあった。目標がしっかりしていないと、結果も期待できない。がっかりしちゃうんですよ。それと「誰々がどこそこに行ってうまくいったから、自分でもうまくいくはず」って思っているのはダメ。歩み方っていうのは各人違うんですよ。道順を真似してもうまくはいかない。バークリーに行ったから、アメリカに行ったから、うまくいくわけではないんですよ。

加茂:よ~くわかります。確かにその通りですね。

トモ:アメリカだからすごいっていう考えもあるけど、日本でもすごいことはたくさんあるし、すごいことはできるんですよ。僕がアメリカに行ったのは、アメリカの人に影響を受けたかったからだし、東京へ行くかアメリカへ行くかだったから。……それに、実際に東京で下宿するのとアメリカへ行くのと比較してみたら、アメリカのボストンに下宿するほうが安かったんですよ。

加茂:ホントですか!?

トモ:本当本当。僕が行った当時はね。

加茂:へぇ。でも、おひとりで行かれたわけですよね。迷いもなく、決めてすぐ行ったって感じでしたか?

トモ:そうですね。……今思えば余計なことは何も考えていなかった。着いた日のこともよく覚えていますよ。ちょうど今ぐらいの時期、11月なかばの寒い日で、夜に着いたんですけど、その瞬間に来て良かったって思いましたね。

▲ジョン・メイヤーとトモ藤田。2008年10月、バークリー音楽大学にて。

[この対談は次回に続く。乞うご期待!]

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加茂フミヨシ

加茂フミヨシ

超絶技巧ギタリスト/クリエイターとして活躍する。傍ら、最先端エレキ・ギター奏法の求道者としても、多くのヒット作教則本を発表。2011年に、スティーヴ・ヴァイがバークリー音楽大学で記録した“世界最大規模のオンライン・ギター・レッスン”のギネス世界記録に挑戦。ヴァイの“ギター・レッスン受講者4,455人”の記録を“8,776人”に更新し、イギリスのギネス・ワールド・レコーズより日本人ギタリストとして正式承認される。世界に名を刻んだエレキ・ギター界の伝道師である。



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