著者たちの語らい--宮脇俊郎&加茂フミヨシ(1)

加茂フミヨシ式ギター・トレーニング by 編集部 2008年9月12日

【ゲスト】宮脇俊郎(1) 少年時代の音楽的環境

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教則本の著者たちの素顔に加茂フミヨシが迫る対談!
この対談からギター上達の秘訣を盗め!!

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▲宮脇俊郎と加茂フミヨシ ※撮影:鈴木千佳

【宮脇俊郎 プロフィール】

1965年兵庫県生まれ。23歳頃からプロ・ギタリストとしてセッション活動を開始。『究極のギター練習帳』『究極のプレイ・フォーム』など、教則本/映像を多数手がける超売れっ子講師でもある。東京・練馬区にて自身のギタースクールを開講中。

【宮脇俊郎 公式サイト】

ギタリストみやちゃんの平和王国

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兵庫県で育った宮脇俊郎の少年時代

加茂:宮脇さんは、吹奏楽をやってたんですよね?

宮脇:ええ、高校の部活で。音楽的な原体験としては、小学校3年か4年のときに、バックマン・ターナー・オーバードライブっていうカナディアン・ロックバンドがあって、それの『四輪駆動』っていうアルバムがね……知ってます?バックマン・ターナー… 略してBTOって言うんですけどね。生まれて初めて買ってもらったLPレコードが、それ。ハードロックなんて聴いてなかったんですよ、でもなぜかその BTOで。

加茂:友達の影響ですか?

宮脇:いえ、全然違うんです。ウチのお母さんが、「これ流行っとるみたいやから…」って(笑)

加茂:そんなんですか(笑)

宮脇:そうなんです(笑)。それから、小学校の頃に、知り合いの人……藤沢さんっていうお兄さんなんですけど、ヤマハのSGを持っていて、ギターを趣味にしている人がいました。その人の家に行くと、世良公則&ツイストの「燃えろいい女」を弾いていたりして……自分は弾かなかったわけですけど、エレキってこういうもんなんだーって思ったりしましたね。

加茂:小学校ですよね?

宮脇:小学校4、5年ですかね。初めてこういう音楽に触れたのは。そのあとに聴くビートルズなどとは全然離れたところにあるBTOを最初に聴いていたんですね、なぜか。

加茂:お母さん、洋楽好きだったんですか?

宮脇:母はいつも、サイモン&ガーファンクルを聴いていましたね。

加茂:楽器もやっていたり?

宮脇:母は合唱団に入っていました、婦人合唱団。で、家には足踏みオルガンがありましたね。僕の1つ年上の兄も音楽好きで。そういえば僕が小学校6年のとき、兄貴が、『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』って映画の、日本語吹き替え版をテレビでやるから、録っておいてくれ、と。

加茂:録画しておいてくれ、と。

宮脇:いや……その頃はラジカセが流行していた時代でね。

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加茂:ええっ?音声?

宮脇:そうですよ、家庭用ビデオなんてまだないですよ(笑)

加茂:ああー、そうか!

宮脇:だから、テレビにラジカセつないで、カセットテープに音声を録るんですよ。

加茂:(驚愕!)

宮脇:兄貴は中学でバレー部に入っていたので、部活があって観られない。だけどそれをぜひ聴きたいので、録音しておいてくれ、というわけです。それでたしかTDKのカセットに録音したんですよ、しかも日本語吹き替え版。すっごい笑える話ですよね。

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加茂:(爆笑!)

宮脇:僕はその映画の中の「恋する二人」っていうハーモニカの入った曲が気に入って、それを…何回聴いたただろう?…たぶん200回くらい聴きましたよ。それに、その映画のセリフを全部覚えてました。しかも日本語吹き替えのセリフを(笑)

加茂:(大爆笑!!)

宮脇:それがビートルズの初めての体験で、「すっごいなぁビートルズ」と思って。それからお小遣いをもらっては……1週間に1回、500~600円くらいもらっていて、それでドーナツ盤のビートルズのシングル盤を買っていました。自転車で30分くらい離れたところに楽器店があって、そこに1週間に1回行っては1枚買って、帰ってきて聴くという生活。

加茂:へぇ~。

宮脇:そのシングル盤も30枚以上にはなりましたね。そうやってビートルズを知っていったんです。

加茂:すごいな。普通、小学生ってそんなことしなくないですか? ファミコンやったりとかじゃないですかね?

宮脇:いや、ファミコンまだないですから(笑)

加茂:ああ、そうか、その時代……じゃぁ、友達同士で野球とかは?

宮脇:ええ、ウチは農村地帯だったんで、田圃の中で草野球をやるというようなことはありましたね。それでもね、中学校になった頃に、あれですよ、ニューミュージックが流行るわけですよ。

加茂:ああ、ブームでしたね。

宮脇:八神純子とかね、中島みゆきとか、さだまさしとかね、あのへんを録音してテープで編集するっていうのが流行ったんですよ。

加茂:ああ、オリジナル編集テープ。

宮脇:そうそう。あとYMOが出てきたりした時代です。すっごい田舎だったんで、僕の中学時代にギターを弾いていた人はいないんですよ。

加茂:フォークギターも?

宮脇:フォークもいなかった。

加茂:そうなんだ。

宮脇:しかも、僕の中学校は、全生徒”丸刈り”。

加茂:ああああー!でもそれはウチの学校と一緒!

宮脇:じゃ、その雰囲気、わかりますよね?(笑)

加茂:わかります、わかります(笑)

宮脇:しかも、普通中学校ってブラバンあるじゃないですか。それなのに、中学校に文化部がひとつもなかったんですよ。すべて体育系。

加茂:そりゃ珍しいですね。

宮脇:そう、そんな田舎にいて、ビートルズとニューミュージックは聴いていた中学時代だったんです。

加茂:ほぉ~。

宮脇:それで今度、兄貴が高校生になって……兄貴は姫路の高校に行ったんです。姫路わかりますよね?

加茂:はいはい、姫路城のあるところですよね。

宮脇:そうです、わりと大きな都市です。その姫路の高校に兄貴が行ったら、マイケル・シェンカーをやってるやつとか、クイーンをやってるやつとかが、いきなりいるんですよ!(笑)

加茂:すごい、いきなり違うわけですね!

宮脇:そうなんですよ、それはもう、中学3年の僕から見ると、姫路の人って、めちゃくちゃ都会人に見えるわけですよ!

加茂:(こらえきれず爆笑)

宮脇:で、兄貴が高校でブラバンに入り、ベースを弾きはじめて、クイーンのコピーバンドをやりはじめたんです。僕はそのバンドの練習を見に行ったんです。そこに、かなり上手い人もいたんですよ。ブライアン・メイをそっくりに弾いてるのとか見て、こりゃすげぇと。

加茂:ちなみにそのクイーンって、初期ですか?

宮脇:「ナウ・アイム・ヒア」とか「タイ・ユア・マザー・ダウン」とか、あのへん。

加茂:ハードロックなクイーンですね。

宮脇:そうそう『ライヴ・キラーズ』の頃。で、ヤマハの焦げ茶色のアンプにね、歪まないからって、ブースター突っ込んでね(笑)

加茂:ああー、そういう感じ(感嘆)

宮脇:そう! それで公民館で練習!

加茂:(またも爆笑)

宮脇:その頃、初めて「ハイウェイ・スター」も聴きましたよ。

宮脇俊郎、高校入学とともにギター購入

宮脇:僕は、BTOだけ変とはいえ(笑)……中学以降はニューミュージック系に行ったんですよ。

加茂:ああ、だからカラオケでアリス歌うんですね!

宮脇:そうそう、大好きなの。「遠くで汽笛を聞きながら」とかね。カラオケ行ったら、まずそれを歌います。

加茂:でもフォークも弾かなかったのですね?

宮脇:うん、なぜかというと、フォークギターを弾いてる奴も周囲には誰もいなかった。

加茂:ああー。

宮脇:要するに僕が中学までは、”楽器を弾く”という人があまりいなかったの。

加茂:音楽は聴くけど、プレイヤーがいないんだ。

宮脇:そう! だから兄貴が姫路の高校に行ったときに、「ああ、楽器を弾くというのはこういうことなんだ」って初めてわかったんですよ。

加茂:そうすると、お母さんとか、バンド活動に反対しませんでした?

宮脇:いや、母は合唱団やってたし、音楽をやるのはいいんじゃないかと思ってたようです。それに、いわゆる”不良”って感じはなかったですからね、時代的に。

加茂:ああ、”好きなこと”として音楽があるという感じなんですね。

宮脇:そうそう。

加茂:それで中学3年で「ハイウェイ・スター」を聴いた、と。

宮脇:うん、「なんだこの歪んだ音は!」って思いましたよ。

加茂:ああー、当時はあれが”ディストーションかかってる音”って感じだったのですね。

宮脇:そう、それ以前にディストーション・サウンド自体が少ないからね。ビートルズの「レボリューション」とかありましたけど。

加茂:ああ、でもちょっと違いますもんね。

宮脇:そう、ハードロックって違うじゃないですか。それ以前にそういう音を聴いたことがなかったから、「何なんだろう?」と思いましたね。あんまり感動した記憶はないですけど。

加茂:その最初って、リッチー・ブラックモアなんですね?

宮脇:うん。それでだんだん、リッチーの白いストラトが格好いいなと思うようになって、「高校に入学したらギターをやろう!」って思いましたね。

加茂:なるほど。

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宮脇:その頃、アルバイトなんて当然できませんでしたから、自分のお小遣いの貯金と、親から少し出してもらって……で、高校の合格発表の帰り道に、アリア・プロIIのギターを買ったんですよ。

加茂:おお、アリア・プロII! 何モデルですか?

宮脇:ストラトじゃないです。スルーネックとかいろいろ出てたんですよね、その頃。

加茂:へぇ~。

宮脇:当時、フュージョンも流行り出してね。高中正義とか。兄貴もやるようになってました。

加茂:その頃、バンスコってあったんですか?

宮脇:あんまりなかったですね。でも、某YGが……(編注:宮脇氏は当社に気をつかって言明していないが、YGとは、シンコーミュージック刊の雑誌『ヤング・ギター』のこと)。

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加茂:ギター譜ですね?

宮脇:そうです。『YG』のギター譜見たり。

加茂:お兄さんはどうやってコピーしてたんですか?

宮脇:耳コピーですね。でも、兄貴はそこから、なぜか別の音楽に傾倒して行ったんですけどね。クイーンは好きだったようですが、どういうわけか”ゴジラ”の音楽で有名な伊福部昭にのめり込んで……。

加茂:すげぇ!!!

宮脇:で、シンセサイザーを買い込んで。

加茂:うわぁ(感嘆)

宮脇:ゴジラの音楽なんて、当時スコアなんて出ないですからね、その伊福部昭の音楽を自分でやってましたね。

加茂:作曲家になろうとしてたんですか?

宮脇:いえ、なんだかわかんないですけど(笑)。ずーっと伊福部昭の曲を譜面に起こしてましたね。

加茂:すごーい。

宮脇:ビートルズの譜面も、その頃は”弾き語り譜”っていうのしかなくてね。今みたいにバンド譜はほとんどなかったんですよ。

加茂:タブ譜もなしですね。

宮脇:出始めって感じでしたね。

加茂:最近はタブ譜が当たり前ですからね。もうタブ譜ないと弾けないって中高生もいるほどですよね。

宮脇:ええ、そうですね。

加茂:でも、宮脇さんの時代は、そもそもそんなものがないから、タブ譜が欲しいなんていうレベルじゃないんですね。

宮脇:そうですね、タブ譜は”必ずある”ってものじゃなかったですね。

なぜか対談が音楽から離れていく……その行く先は?

加茂:高校生になって、どんどん音楽をやっていくようになったんですか?

宮脇:僕は高校でブラバンに入って、トランペット吹くようになりました。

加茂:そうか、中学にはブラバンがなかったんですものね。

宮脇:そうです。さっきも言いましたが、体育系の部活だけなんです。ちなみに中学では卓球部でした。

加茂:ええっ!僕も卓球やってたんですよ!

宮脇:そうなんだ! ペンですか?(編注:ラケットの持ち方。ペンホルダーのこと)

加茂:ええ、ドライブで。僕、何の大会だったか忘れましたけど、東北大会ベスト16までいったんですよ。

宮脇:マジですかー! 僕はペンホルダーから途中でシェイクハンドのイボイボに変えたんですよー。裏面タキネス貼ってました(編注:ラケットに貼るラバーの種類のこと)

加茂:うわぁ(歓喜)! 卓球やりましょうよ!

宮脇:やりましょう、やりましょう!

加茂:マジでやりましょうよ!

宮脇:いいですよ! 僕は必ずラバーに水を数滴したたらせて、サランラップをこう……(動作で説明)

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加茂:ああー、ありましたね、そういうの! でも僕の時代は違いますよ、”はずむ接着剤”ってのが流行ったんですよ。

宮脇:ええー?

加茂:ラバーを一回剥がして、その接着剤で付けるわけですが、その接着剤の力で玉が速くなるわけですよ。

宮脇:うわー、進化してますねー。

加茂:宮脇さんの好きな選手は誰ですか?

宮脇:当時、すごい選手がいてね。

加茂:中国人選手ですか?

宮脇:いえ、日本人。左利きの……

加茂:小野(誠治)選手かな?

宮脇:そうそう!

加茂:あとは斎藤(清)選手?

宮脇:そうです、そうです。そういった選手が活躍していましたね。

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加茂:僕の時代は、中国卓球がヨーロッパに敗れた時代なんですよ。

宮脇:ああ、シェイクハンドに敗れた時代だ……。

加茂:そう!シェイクハンドの両ハンドドライブに敗れて、スウェーデンが台頭してきたんですよ。

宮脇:ああ、そうかー。

加茂:スウェーデンの卓球が一番新しい、これが最新だ!っていうのが僕にその頃インプットされて”スウェーデン”というキーワードが頭に残ったんです。いまだにストレス解消にYouTubeでスウェーデンの卓球観てるんですもん。

宮脇:マジですか?! もうぜひ卓球やりましょう。

加茂:やるやるやる! 僕、めちゃ卓球好きなんですよ!

宮脇:僕だって好きですよ! 僕なんてギターより卓球のほうが得意かもしれないですよ! ちょっと素振りやってみてくださいよ!

加茂:いいっすよ!(立ち上がって素振りを始める)

宮脇:おお! 僕はね、ちょっといいですか……(立ち上がりガタガタと椅子を動かしスペースを作る)……こうね、それで、こう(振る)、こう(振る)

加茂:ああ!はいはい!

宮脇:でね、ここで、こうスパーッと、この感じ!

加茂:おー、なるほど!

宮脇:ここで、こうドライブ!

加茂:ドライブ!!

宮脇:素人はここでこうなるけど、これはこう……

加茂:僕はね、バックスイングをあんまりとらなかったんですよ。こう…

宮脇:ほぉ~!

加茂:ここから、スッと前へ…

宮脇:あ!なるほどねっ!

加茂:例のはずむ接着剤でね、こう持っていくわけですよ。それでバックスイングをとりすぎると、それだけ時間が無駄になるという。

宮脇:はいはいはいはい。

加茂:だから、ここから……こう!

宮脇:ドライブはどう? ウチらはドライブやると格好いいってのがあったんだけど。

加茂:やるんですけど、スマッシュにドライブが混ざった感じかな?

宮脇:カットマンやった?

加茂:カットマンの戦型は僕には合いませんでしたねー。性格的に。

宮脇:ネチネチしたのだめなんだ。

加茂:もう全部スマッシュ打ちたくなっちゃう。

宮脇:サーブはこれでした?

加茂:ああ、このくらいまでですね。投げ上げやる人もいましたけど。

宮脇:こうね?

加茂:そう、こうで。

※編注:
この後、延々「こう?」「こう」「これで」「こうして」と、立ち上がった二人は動作と指示語のみでコミュニケーションし、対談原稿として書き起こすことが不可能……。

[この対談は次回に続く......(どこに行くのか?)乞うご期待!]

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加茂フミヨシ

加茂フミヨシ

超絶技巧ギタリスト/クリエイターとして活躍する。傍ら、最先端エレキ・ギター奏法の求道者としても、多くのヒット作教則本を発表。2011年に、スティーヴ・ヴァイがバークリー音楽大学で記録した“世界最大規模のオンライン・ギター・レッスン”のギネス世界記録に挑戦。ヴァイの“ギター・レッスン受講者4,455人”の記録を“8,776人”に更新し、イギリスのギネス・ワールド・レコーズより日本人ギタリストとして正式承認される。世界に名を刻んだエレキ・ギター界の伝道師である。



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