著者たちの語らい--宮脇俊郎&加茂フミヨシ(2)

加茂フミヨシ式ギター・トレーニング by 編集部 2008年9月19日

【ゲスト】宮脇俊郎(2) 高校~大学、そしてプロへ

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教則本の著者たちの素顔に加茂フミヨシが迫る対談! この対談からギター上達の秘訣を盗め!!

▲宮脇俊郎と加茂フミヨシ ※撮影:鈴木千佳
→宮脇俊郎プロフィール

→対談第1回目(宮脇俊郎の少年時代の音楽的環境)はこちら

→対談第3回目(ギターの楽しさ、そして”タ××××”の楽しさ)はこちら

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音楽的なスタートを切った高校時代

加茂:……宮脇さん……そろそろ卓球から音楽の話に戻りましょうか……このままだと卓球話だけで数時間経過しそうな気がします(笑)。宮脇さんは、高校から、吹奏部に入ったんですよね?

宮脇:ええ、高校に入るときにギターを買って、そしてなぜか、まったく根拠がないのですが、「プロギタリストになるんだ!」と思ったんです。まだ、ロクに弾けない高校1年の4月ですが、でも「東京に行ってプロギタリストになる!!」って決めてましたね。

加茂:でもそこで、なぜ吹奏楽部でトランペットを?

宮脇:だって、ブラバンにギターないし……それに部活は、みんな何かしらに入るもの、っていう空気だったし。

加茂:それで、ブラバン選んだんですね。

宮脇:ええ、それが一番音楽的にいいだろうと。あ!でも「ギター&マンドリン・クラブ」ってありましたねぇ、そういえば。

加茂:どうしてそっちに行かなかったんですかね?

宮脇:その頃から、王道を行かない人間性だったんでしょうねぇ(笑)

加茂:吹奏楽部ではどうでした?

宮脇:僕はトランペットの才能がなかったですね、残念ながら(笑)

加茂:練習すれば伸びたんじゃないですか?

宮脇:それは違います! 才能なかったんです(断言)。今思うと、『グングンうまくなる究極のプレイ・フォーム』の原点がそこにありますね。

加茂:え???

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宮脇:姫路の高校には、中学時代からトランペットを吹いている人もいましたから、上手な人が多かったんです。でも上手な人って、自然にできてしまっているから、どうやればいいかよくわかってなくて、教えられないんですよね。それで僕は、どういうふうに練習すればいいか、自分でつかむしかなかったんです。

加茂:ああ、なるほど。

宮脇:そう、ギターで言うと”ピッキングやフィンガリングフォームに迷った2年間”って感じですかね。華麗な音は出せなくて、後輩のほうが全然うまくて、「宮脇さん、僕が上のパート吹いてあげるよ」とか言われちゃって。

加茂:むかつくー(笑)

宮脇:いやいや、実際、本当に僕はトランペットはダメだな、と思いましたね(笑)。もう正直な話。

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加茂:じゃあ、ギターは高校時代いつやってたんですか?

宮脇:部活のブラバンと並行してやってました。吹奏楽部は、ギターのために、いろいろな音楽を経験して少しでも役立てようと思って入部したんです。

加茂:具体的にはギターの練習はどのように?

宮脇:運指練習とか真面目にやってましたね。

加茂:練習ネタはどこから? もうそういう教本とかはあったのでしょうか?

宮脇:『ギター・マガジン』が高校生の頃に発刊されたかな、たしか。そのくらいの時期ですね。

加茂:コピーはしてました?

宮脇:リッチー・ブラックモアがレインボーで流行っていて、「アイ・サレンダー」とか出してて、「キル・ザ・キング」とかもやりましたね。

加茂:「キル・ザ・キング」は、むちゃくちゃ速いですよね。

宮脇:ええ。僕は高校1年のうちはヘタレで、全然うまくなくて……でも同級生にめっちゃ上手いヤツがいてね。

加茂:同じクラスに?

宮脇:ええ、あだ名が”バック尾関”っていうんです。そいつは中学校時代からギターをやってて……僕は今でこそマイケル・シェンカー・スタイルのビデオとか出してますけど、でも、どう考えても、あいつより上手く弾いているマイケル・シェンカーを見たことないですね(笑)

加茂:そんなにうまいんですか? しかし、凄いあだ名ですね(笑)

宮脇:そう。高1の時点で「アームド・アンド・レディ」とか完璧に弾いてましたもん。

加茂:すごいなぁ。そのバック尾関さんのその後はどうなったのですか?

宮脇:大学行って、IT関係の仕事して、すごい出世して偉くなってます。ときどき連絡くるんです。僕のDVD買ったとか言われます(笑)

加茂:ほぉ~。

宮脇:でもいまだに、僕よりバック尾関のほうが上手いと思いますね。僕の頭の中では、僕は彼の次の二番手という、そういう悲しい刷り込みがあるんですねー(笑)

プロギタリストになるため!の大学選び

加茂:僕は以前から、宮脇さんって絶対ハードロック好きだろうと思ってたんです。あまりそういう面をは出さないみたいですが。

宮脇:たしかに、高校時代、大学時代と、ずっとハードロックばっかりでしたね。

加茂:高校の時点ですでにプロを目指していたのに、それでも大学に進んだのは、どんないきさつで?

宮脇:高校3年くらいには、ある程度は上手くなってきたわけですよ。速弾きもまぁまぁできるほうで……ま、バック尾関の次とはいえ(笑)

加茂:(爆笑)

宮脇:それで、僕は大学に行きたいというより、東京に行きたかったんです。

加茂:ああ、それはわかります。

宮脇:家の周囲には、ライブハウスなんか当然ないし、「東京に行かないと、どうにもならないだろう」っていう思いはありましたね。でも兄貴がもう大学に行っていて、お金がかかるから、私立大学はダメって親に言われてたんですよ。それで、地図を見て…

加茂:地図??(この話、どこに行くの?)

宮脇:地図で、新宿からの距離を定規で測って、新宿に近い国公立大学を真剣に探したんです。

加茂:は? 地図で……

宮脇:ええ地図で。それに心の隅で「プロギタリストになりたいけど、食べていけないかもなぁ」とも思っていて……

加茂:ああ、そういうことも考えましたか。

宮脇:ええ、やっぱりちょっとは考えてましたね。僕は「小学校の先生になりたい」という夢もあったので。

加茂:ええっ?

宮脇:小学校の担任の先生がいい方だったので、憧れていたんですね。

加茂:ええーーー!(意外な話の展開に驚く)

宮脇:それで、教育学部のある国公立大学はないかと、新宿から定規で(笑)……そしたら、千葉大学と東京学芸大学っていうのがあったんです。

加茂:ああ、それで、小金井の東京学芸大を選んだんですね。

宮脇:ええ、選んだ理由はそれだけじゃないんです。僕、高校3年まで理系のクラスにいて。

加茂:はあぁ?

宮脇:あまり深く考えずに理系にいたんですよ。でも、兄が大学の物理学科というところに行って、「理系は実験が多くて、音楽ができないよ」と言うんです。それで、じゃあ文系に行こうと。

加茂:たしかに理系は実験多いですが…

宮脇:で、共通一次は理系で受けて、二次試験は小論文しかないところを選びました。それで東京学芸大なんです。

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加茂:(大爆笑)……それで、大学の軽音楽部に入ったんですね?

宮脇:ええ、「音楽友の会」というところです。でも地方の高校出身だと、大学のサークルなんて、どんなところかわからないんですよね。”長老”と言われる人がサークルにいて驚いたり(笑)

加茂:ああ、なんとなくわかります。

宮脇:「なぜ、26歳でアナタはそこにいるんだ?」みたいな(笑)

加茂:いるいるいる!

宮脇:ウチの大学には”ブルースの長老”みたいなのがいっぱいいましたね。

加茂:そうかー、僕の大学にはそこまでいなかったですけどね。

宮脇:ああ、世代的に違うんですよ。僕のときはまだまだ、そういう人たちがいました。

加茂:ブルースなんですか。

宮脇:もう、思いっきりブルース。そこではギターはジェフ・ベックが”最先端”でしたね。

加茂:え? え? まだインギーとかいないの?

宮脇:イングヴェイ自身はいましたよ(笑)。僕の大学が、そういうところじゃなかったんですよ。最先端でもジェフ・ベック(笑)

加茂:……(声なき笑い)

宮脇:軽音楽部のほかには、ジャズ研もありました。僕はジャズってなんなのか全然わからなかったから入らなかったんですけど……もし今人生やり直せるとしたら、ジャズ研入って修行したいと思いますが……当時ジャズ研から、むちゃくちゃ上手いウォーキング・ベースが聴こえてきたことがありましたね。

加茂:ほぉ~。

宮脇:それは、T-スクエアに入った須藤君でした。彼とは音楽サークル合同の”サマコン”実行委員でねぇ……あ、サマコンってサマー・コンサートね(笑)

加茂:サマコン……

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宮脇:そういうところでも彼は全然別格でしたね。「須藤ちゃん、そんなに上手いのに、なんでプロにならないの?」って僕は尋ねちゃいました。その少し後に彼はプロになりましけどね(笑)。

加茂:面白い話ばかりですね。

宮脇:そういえば、僕が大学1年のとき、先輩のギタリストが、あの稲葉浩志さんとバンド組んでましたね。

加茂:へぇ、そうなんですか。

宮脇:で、僕はそのライブ見に行って、稲葉さんに「うまいっすねぇー! 絶対プロになれますよっ!!」って、太鼓判押したこともあるんです(爆笑)

加茂:宮脇さんは、大学時代、ハードロック・バンドでのバンドデビューを考えていたんですか?

宮脇:それしか頭になかったですねぇ。

加茂:で、サークル活動でメンバーを探してたんですか?

宮脇:ライブハウスでの活動なんて、想像もつかなくて……それで2年生になったくらいから、メンバー募集も始めました。その頃、メンバー募集はどうやるかというと、音楽雑誌のメンバー募集コーナーでね。

加茂:『プレイヤー』誌?

宮脇:そう、ハガキ出してね。

加茂:1カ月くらい経たないと載らないでしょ?

宮脇:1~2カ月ですよね。それで集まったメンバーで、大学3年くらいから、ライブハウスで活動を始めました。そのときの初期メンバーに、『なんちゃってジャズ・ギター』の亀ちゃん(著者:亀井たくま)がいるんですよ(笑)

加茂:えっ!そうなんだ! 一緒にバンド組んでたんですか?

宮脇:一緒に鹿鳴館に出ましたねぇ。

加茂:ええー、亀井さんってハードロックの人なんですかぁ?

宮脇:最初に会ったとき、僕はハタチくらいだったんですけど、亀ちゃんはジョージ・リンチのソロを完コピで弾いてましたよ。

加茂:へぇぇ~。

宮脇:上手いんですよ~。すげー人がいるーって思って、で、一緒にバンドをやれたことがとても嬉しかったです。

加茂:それで、どんな活動を?

宮脇:鹿鳴館に出たり、『ロッキンf』のテープ審査に応募したり(照れ笑い)。あとヤマハの”EastWest86″に応募しましたね。一次審査は通ったんですよ。

加茂:ハードロックなサウンドで、日本人が歌うときって、どうするものですか? たとえば歌メロの作り方とか、音域とか。ハードロックってキー高いじゃないですか。

宮脇:まずは、声の高いボーカリストを見つける。

加茂:あ、やっぱりそうなんだ。

宮脇:ま、僕がやってたのは、ハードロックっていうほどのハードロックでもなかったですけどね。攻撃的ではないんです。ちょっとポップなん感じも好きでしたからね。ジャーニーとか好きで。

加茂:宮脇さんが曲を書いていたのですか?

宮脇:ええ、それが多かったですね。

加茂:作曲とプレイでは、どちらの比重が大きかったですか?

宮脇:テクニカルなことが流行ってましたから、僕もよく弾きました。当時、スティーヴ・ヴァイがデイヴ・リー・ロス・バンドで注目されていて、そういうのを目指すやつらが周囲には多かったし、対バンの8~9割はイングヴェイみたいなのでしたから。

加茂:へぇ~、そうなんだー。みんな長髪ですか?

宮脇:そう(きっぱり)。もちろん僕も。今でも覚えてるんですが、一番嬉しかったのは、ライブが終わって「みやちゃん、なんかジェイク・E・リーみたいだったよ」と言われたことだったんですよ。LAメタルのステップはいまだに健在ですよ!(爆笑)

加茂:(机を叩いて笑う)

宮脇:ステージの端から端まで、すっごい速いですよっ!

プロギタリスト宮脇俊郎の誕生

加茂:大学卒業後は?

宮脇:結局、就職もせず、1年くらい”スタジオのおにいちゃん”としてバイトしてました、受付したり。それで、1年経ったくらいのときに、歌手の松原みきさん(2004年10月逝去)に声をかけてもらって。

加茂:スタジオの仕事から?

宮脇:いえ、ライブハウスと音楽事務所が一体となったようなところがあって、そこでみきさんがライブをやっていたんです。そのときの専属バンドのメンバーを集めていたんですよ。

加茂:オーディション?

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宮脇:まぁ、そうですね。その頃、みきさんのバックをやっていた若いギタリストが別のバンドでデビューすることになったので、代わりを探してたんですね。みきさんは、もともと松原正樹さんとか、ベースは後藤次利さんとか、錚々たるメンバーとばかりやっていたので、それとは別に、そのライブハウスでは若いプレイヤーを使おうと思われたみたいなんです。で、そのとき、偶然、僕が拾われた、という形です。

加茂:オーディションって何を弾かされるんですか?

宮脇:たしか譜面はありましたね。「これ、弾いてみて」って言われて弾きました。あとはキーAでジャムろうか?とか、そんな感じでしたね。

加茂:オーディションって何を見てるんでしょうねぇ?

宮脇:必ずしも、上手さだけじゃないと思いますよ。だって、上手さだけだったとしたら、僕はそこで拾われているわけないですもん。だってね、C△7がやっとくらいですよ、その頃の僕、理論にも詳しくなかったし。カッティングだって……クリーン・カッティングだって、レス・ポールのリアでやってましたから、何も知らないわけですよ(笑)

加茂:レス・ポールかぁ。

宮脇:今でも持ってる赤いレス・ポールなんですけどね。なんでそれで僕が松原みきさんに拾われたのかわかんないですけど……。「いや~、キャラだよ」と言われましたけどね(笑)

加茂:(こらえきれず爆笑)……でも、バンドってそれはありますよね。宮脇さんに華があったんだと思います。

宮脇:まぁ、お調子者っていうか、明るいっていうかね。

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加茂:オーディションってどういうものなんですか?って生徒などに聞かれるんですけど、よくわからないものですよね。

宮脇:1回2回で終わるライブ単発ものじゃなくて、ある程度パーマネントな活動で、音楽をともに作り込んでいくというメンバー募集の場合は、ネガティブな人は絶対ダメなんだと思いますよ。一緒にやっていけるかどうかをオーディションで見られるんだと思います。

加茂:オーディションでは相性とかノリとか、そういうのを見るのかもしれないですね。

宮脇:そっちのほうが、むしろ重要かもしれないですよね。やっぱりバランスがとれてないと……まわりが見えない人は困るんですよね。もちろん、弾けるにこしたことはないんですけども(笑)

[この対談次回に続く......卓球、そしてハードロックというキーワードはどこに向かう?]

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【宮脇俊郎 プロフィール】

1965年兵庫県生まれ。23歳頃からプロ・ギタリストとしてセッション活動を開始。『究極のギター練習帳』『究極のプレイ・フォーム』など、教則本/映像を多数手がける超売れっ子講師でもある。東京・練馬区にて自身のギタースクールを開講中。

【宮脇俊郎 公式サイト】

ギタリストみやちゃんの平和王国

●宮脇俊郎の出版物

【最新刊】

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『1日1本! 弾ける作れるギター・ソロ』

K4判/144ページ/CD付き、ミニ・ポスター付き
1,890円(本体1,800円+税)
2008年8月9日発売

【既刊・書籍】

『ギター基礎トレ365日!』
『ギター・マガジン講義録 自己採点でわかる! スケール&コード学習帳』
『宮脇俊郎のわくわく★ギター教室』
『ドンドン上達! 究極のギター練習帳 進化篇』
『最強のギター・アレンジ・ネタ帳[アップグレード版]』
『宮脇俊郎のらくらく理論ゼミナール』
『エフェクターで輝くギター・フレーズ47』
『おしゃれにブルース・ギター!』
『1日10分!ギター・ドリル ペンタトニック活用術』
『良いカッティング 悪いカッティング』
『スイスイ上達! 究極のギター練習帳 実践篇』
『ギター・マガジン 講義録 実力強化篇』
『みるみる上達! 究極のギター練習帳』
『すぐに身につく 究極のグルーヴ・ギター』
『グングンうまくなる究極のプレイ・フォーム』

【既刊・DVD】

『ズバズバ上達! 究極のギター練習DVD カッティング篇』
『バンバン上達! 究極のギター練習DVD』

→リットーミュージック・ホームページで「宮脇俊郎」を検索

加茂フミヨシ

加茂フミヨシ

超絶技巧ギタリスト/クリエイターとして活躍する。傍ら、最先端エレキ・ギター奏法の求道者としても、多くのヒット作教則本を発表。2011年に、スティーヴ・ヴァイがバークリー音楽大学で記録した“世界最大規模のオンライン・ギター・レッスン”のギネス世界記録に挑戦。ヴァイの“ギター・レッスン受講者4,455人”の記録を“8,776人”に更新し、イギリスのギネス・ワールド・レコーズより日本人ギタリストとして正式承認される。世界に名を刻んだエレキ・ギター界の伝道師である。



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