【インタビュー】吉野寿(イースタンユース)~新作『歩幅と太陽』について。そして現代日本について語る。

インタビュー by 編集部 2009年9月14日

新作『歩幅と太陽』をリリースしたイースタンユースの吉野寿。これまでも人間味を前面に出したアルバムを作ってきた彼らだが、やはり本作も吉野が感じた現代社会を描いた”考えさせられる”音楽で構成されている。ギター・マガジン2009年9月号に掲載されているように、今回のインタビューは吉野の芯の部分をより感じるため、あえて酒を酌み交わしながら話を聞いてみた。本インタビューは、誌面では掲載できなかった他のバンドについて、そして曲を作るうえでの根底となる、哲学的な話も紹介していく。酒が進むにつれ、吉野の話にも熱がこもってくる……。

アンプで鳴ってないものは、鳴ってないもの。

●アルバムの制作はいつ頃から始めたんですか?

○今年の頭からです。正月から。

●完成は?

○録音が終わったのは4月……5月……忘れたな(笑)。たしか5月でミックスが完パケしているんですよね。だから録音自体は4月にやっています。曲作りが4ヵ月くらい。

●録音は1ヵ月?

○そうッスね。ギリギリまで曲作っていたから。

●それはこれまでのアルバムと比べるとどうですか?

○同じくらいッス。

●ギターもいつものヤマハですか?

○そうです。何度もレコーディングしてきて、昔はライブでは絶対に使わないような機材とかいっぱい借りてきて、1曲ずつアンプ変えたりとかいろんなことをやってみたりもしたんだけど、なんか途中で”そういうことなのかな?”って思ったんですよ。3人でやっているバンドだし、いっつも使っている機材で録るのが一番いいんじゃないかなって思って。

●ムスタングは使いましたか?

○ちょっとキャラクター変えたい時は、ムスタング使ったりもしましたね。ピッチも少し甘くなっているジャパンのヤツなんだけど……ほとんどこの2本です。

●プラグインについては、どういう考えを持っていますか?

○プラグインは使ってないです。興味ないですね、ほとんど。アンプで鳴ってないものは、鳴ってないものですから。

●新しく手に入れた機材はありましたか?

○バンドではないね。ホントにずっと一緒のものばかり。ソロでやる時はEQを使っています。ボスのEQ(GE-7)。あれはスッゲー音が変わるから、スッゲー楽しい! もっと早く使っておけばよかったって。ちっちゃくてゲインがないアンプだとさ、ボリューム上げないと歪まなかったりするでしょ? 歪んでほしいけど、エフェクターの歪みじゃなくってアンプ・ゲインの歪みが欲しいんだよって時には、あれを使って入力を上げてやるとバリーンとする。あれいいなーって思って(笑)。

俺は暗の部分とつながっていたいし、そこから見える景色を発信していきたい。

●今、世界的不況の煽りを受けて、日本もだいぶ不安定な時代に入ってきているじゃないですか。そういった時勢からの影響というのは大きくあるものですか?

○影響されますね、やっぱり。特に今回は、このご時世には大きく影響されたと思いますよ。やっぱりね。だってヒドイ目にあってそうな人いっぱいいるもん。 “どうしたんだろうな?”っていう、”大丈夫かな?”って人がいっぱいいて。でもやっていかなくちゃどうしようもないじゃん。やっていけないってことは、イコール”死ぬ”ってことだから。死んだらゼロだから。どこで寝てどこで起きてでも、どうにかこうにかやっていくしかないでしょ。それがハッキリしているし、スゴイ分かれていると思う。明確に明と暗が分かれていて……テレビとかで表立って見えるのは、明の部分ばかりだけど、本当は暗の部分のほうがスッゴイたくさんあって、スッゴイ大事で、世の中支えているのはその暗の部分なんだよね。俺はその影みたいな暗の部分とつながっていたいし、そこから見える景色を発信していきたいって思っているから。そこにピントを合わせざるを得ない。

●前作『地球の裏から風が吹く』収録の「地球の裏から風が吹く」では、ギター・パートだけになるところで”寂しさを表現したかった”と言っていたのが印象に残っています。例えば「一切合切太陽にみたいに輝く」の激しいストロークのあとで挿入されるアルペジオ・パートなどは、そういう暗の部分の寂しさなどを表現しているのでしょうか?

○そういう場合もありますよね。クリーン・トーンの時とかはちょっとフッと寂しくなるような。ウーッと気を張っていて、フッと抜けるような。”あれ、俺、今何していたんだろう?”というニュアンスの時が多いですね。バーッとやってフワーッと広がってキュッと締まるというか、そういう色彩的なものというか。

●同じくインスト・パートに関してですが、「まともな世界」での単音の虚脱したフレーズとキメ・パートが混ざるシーン。聴いているこちらが心配になってしまうような……あの何とも言えないインスト部はどのようにできあがったのかなと。

○アンチ・ギター・ソロですよね。ギター・ソロがなんだよっていうことなんですよね。速く弾けてさ、上手に弾けてもさ、”あぁそうかよ、それで何? 俺の心には届かないんだけど”って感じ。 “そういうことじゃねーんだけど”って感じ。ギターは別にペロペロ速く弾くための道具ってだけじゃないわけですよね。いろんなことができるわけだから。いろんな気持ちの機微を表現できるわけだから。俺はそういう風に表現する。

●心に届くという点では、”なんて寂しいんだ”ってのがすごく伝わって来ました。

○ズッコケ感もあるッスよね。カッコつけて見栄張っている”ロック!”みたいなのに対する、”そうじゃねーんだ”って気持ちっていうか。”本当のところはこんな感じよ”って感じ。”アラララ、カッコわりーな”っていうかさ。キコキコキコってのが本当の姿っていうか。

●当然、その場での即興プレイですよね。

○そうです。ライブのたびに違ってもイイと思っているから。実際に何度かライブでやっているけど、キコキコのところは一回一回違うし。

1曲ずつ気持ちを込めて、”育て、育て”って思って作っている。

●アルバム前半には感情が前に出た作風の曲が並びますが、「明日を撃て」などは、やや作り込んでいるのかなという印象も受けました。”ピシピシ”と縦に線が入っているような。

○どうなんでしょう。分けて考えているということはないですけどね。1曲ずつ気持ちを込めて……人格を与えるじゃないけど、”育て、育て”って思って作っているので、ほかの曲と比べてこれには意識がってのはないです。

●ドラムのフィルも整理されていて、ハードロック的と言えそうなパートもあります。アルバムのバラエティを広げるために、こういう感じのものを入れてみようなどは考えますか?

○アルバムがだんだんできてくると全体像も見えてくるので、”こういう要素もちょっと入るかな”っていうのはけっこうあるんですけど、作曲の最初のほうにはあんまりないですね。

●「デクノボーひとり旅ゆく」や「オオカミ少年」などでも、カチッとした部分を感じたんです。結果として、前作よりも整理されたアルバムというイメージもありましたから。

○やはり、自分ではわからんですよね。頑張りましたってくらいしかわからんです(苦笑)。

●アルバム制作前から、全体像をイメージしてはいましたか?

○ないですね。ゼロから始めているから。とにかく1曲ずつ作っていこうっていって、作っていってだんだん見えてきて。それでちょっと離して見て、このへんにこういう要素があったらいいかなって思ったら、そのような曲を作ってみたり。ちょっとずつ調整しながらね。1曲目の「一切合切太陽みたいに輝く」は、一番最後に作ったんですよ。

●前作もそうでしたが、本作も歌詞作りは苦労されたようですね。

○歌詞はもう、大変。言葉だから。意味だし。ニュアンスじゃないから。つらいッスよね。

●イースタンの詞曲は”ノリノリだぜ”というものではないじゃないですか。吉野さんは歌詞からのメッセージというものを、どれくらい重要視しているんですか?

○本当はメッセージってのは、聞かなければいけないものじゃないと思う。自分が感じるものだからさ。感じる人は、どんなものからもメッセージを感じるわけだよね。”島らっきょう”からも感じたりするわけだよ、メッセージは。だからそれでいいんだと思う。俺はこういう考えだから、こういうメッセージとして聞いてくれっていう風には提示したくない。だからただの音楽でもいいし、BGMでもいいんだと思う。その人がそう受け取るのならばね。

●例えばお客さん全員が日本語圏ではない人でも、関係ない?

○かまわない。ただその曲に込めた思いってのは俺たちはわかっているわけだし、その思いを込めてプレイするわけだからさ。そこでひとつのものになっているわけですよね。それをもとにして発信されたものが、あとでどう取られるのかは受け手の問題だから。どう取られてもいいと思う。限定したくないし、”俺たちはメッセージ・バンドだからメッセージをキャッチしろー!”なんて、俺は言いたくない。

●明るい曲で、”暗い時代に何だよ……”と思われても?

○そう取られたら、その人にとってはそういう曲なんだからそれでいいと思う。あ、そうかと思うだけ。

●ほかのミュージシャンの曲を聴くことはありますか?

○ありますよ。

●それらの曲から、”この人はこういうことが言いたいのかな?”と考えたりは?

○考えないですね。感じるだけ。

●自然に入ってきて、入ってきたままに感じるということ?

○そうッスね。それで間違っていたことはないと思う。感じたまんまだったと思うよ。少なくとも俺にはそうだし、何かあるものは引っかかるからね。いいとか悪いとか、好きとか嫌いじゃなくて。何かあるものは引っかかるし、何もないものは引っかからない。どんなに”政治的メッセージなんです、これは!”ってやっていても、”ダメだなー”、”かったりーなー”って思うようなのは引っかからないし、”メッセージなんてないよ。イェーイ!”なんて言っていても、グッと引っかかる曲もあるッスもんね。それはその人たちが持っている何かの力なんですよ。そういうのは社会性があると思う。だって引っかかってるんだもん、第三者の俺に。

●最近引っかかったバンドは?

○最近かい? ……ちょっと前だと、コンビニで相対性理論がかかっていて、死ぬかと思ったね。あのむなしさに。でもそれはイイ意味でね。こんなバンドが世に流れていて、でっかい空虚を表現しているよね。空虚をあんなにしっかり表現できるって才能あるなって思ったね。半殺しにあった気持ちになったよね。煮干しを見つめちゃったりしてさ。店のスピーカーからのペラッペラの音質が、やる気のないレジとピッタリ合って、涙出そうになったッスね。
それとか、チャットモンチー。俺はチャットモンチーを甘く見てて、ちょっとなんかさ、アイドル的なバンドでさ、”キャー”ってなってんだろって、いろんな力で持ち上げられているんじゃないのって思う節があったんだけど、試しに一番新しいヤツ(『告白』)をもらって聴いて、久々に絶望しそうになったッスね。スッゴイ才能あるから。 “すわ、また刺客がやってきた”って思って。滅多にないんだけど、俺はやられちゃうのかなって。もうバンド辞めたほうがいいんじゃないかなって一瞬思ったッスよ。こんなのが出てきたのなら、俺の役目なんかないんだと思って。まぁ、すぐに思い直したけどね(笑)。”いや、やる!”って(笑)。

●チャットモンチーは同じ土俵で戦う相手であると?

○いや、俺よりかは才能めちゃめちゃあると思う。俺の中で天才一族ってのがいるんだけど、彼女たちは天才一族だと思う。

●その一族には、ほかに誰がいるんですか?

○ブッチャーズとか、向井秀徳とかは天才だと思う。

●吉野さんも同じグループにいそうですが(笑)。

○全然違うんだわ。言葉のチョイスも違うし、ギター・プレイとかも全然違う。曲に対する解釈とかアレンジのセンスとか。センスなんだよね、センス。スポーツみたいなもので、もともと持っている人はだいぶ違う。努力じゃ埋められない何かがあると思う。

●吉野さんは一族で言うと、努力一族?

○だと思うよ。頑張ってなんとか喰らいついているだけで。でも天才一族は、そんなものは軽く凌駕しちゃうんだよね。”何でそんな発想になっちゃうわけ”ってのが軽く出てきちゃう。重さなんていらないんだもん、聴いている人は。重さは邪魔になることが多い。身軽のほうが大事。身軽はセンスだと思う。

●その重さってのは、音色的なものではないですよね?

○そう。物質的なヘヴィネスではなく、センス。

俺は、逆サイドからものを言うヤツがいないといけないと思うよ。

●「脱走兵の歌」、この曲は本当の脱走兵についてではなく、何かから逃げることについて歌っているんですよね? 吉野さんにとって、逃げるって行為はどういうものなんですか?

○よくみんなさ、”逃げるな!”って言うじゃない。”逃げたらお前は終わりだ”とか、”一回逃げたヤツは、一生逃げるんだ”とかさ。でさ、学校とか会社とかに行ってさ、逃げないことによって追いつめられてさ、死んじゃった人もいっぱいいるわけでしょ? 逃げりゃいいんだと思うんだよ。逃げはさ、1個の掟みたいなそういうことから、逸脱するってことだよね。はみ出るってことだから、なかなか簡単にはできなくて、コミュニティ、集団が構築されているわけだから……勇気がいるんだよ、逃げることも。でも生きるため、自分の人生自分のために逃げるんだったら、それはポジティブなことだと思う。だから逃げて卑怯者って言われて、一回逃げたら死ぬまで逃げることになるなんて言われたら、死ぬまで逃げりゃいいじゃない。どこまでもどこまでも逃げればいいと思う。逃げ切ってやればいいと思う。

●でも全員が全員そうなってしまえば、働く人間がいなくなってしまう。

○いなくなればイイじゃん。

●それでは日本が立ちゆかなくなってしまう。

○傾けばいいんじゃない。傾いてなくなってしまうものだったら、なくなればイイじゃんって思うよ。

●今の風潮は逃げることを助長する傾向があり、それがガマンする、努力する、切磋琢磨して頑張るということのできない若者を生み出してしまっているのでは。

○逃げられなくなったら逃げられないからね。それでも逃げたければ逃げてもいいんだと思う。逃げないかっこよさなんて、誰かが作ったものだと思うよ。冗談じゃない、自分の人生、自分のものだよ。誰も責任取ってくれない。国のためになんか死にたくないし、会社のために死にたくない。何でみんなが逃げるなって言うかっていうと、裏切り者が出ると秩序が壊れるから。じゃ、何のために生まれてきたのか……秩序のために俺はいるのか、俺たちのために秩序はあるのか、本末転倒するわけ。俺は、逆サイドからものを言うヤツがいないといけないと思うよ。逆サイド側からものを言うとさ、”何を言っているんだ、お前は間違っている”と排斥されちゃう。秩序側、マジョリティ側の、大きな力で取り込んでしまう魂胆が気に入らねぇわけ。だから反対側からものを言う。本当は逃げるだけじゃ解決にはならないけど、生きるために逃げるってことはあると思うよ。だからそれは肯定するべきだし、恥ずかしいことじゃないと思う。

●ただ、努力すれば解決できることからも、イイワケを並べてそっぽを向く中途半端な人間も、実際に少なからずいると思うんですよ。

○そういうヤツはね、責任取らされるんだよ。絶対、自分の人生を。でもそれはさ、まわりがとやかく言うことじゃないと思う。どうして逃げるのか……逃げって判断だけしかとれなくて、ただ嫌なものから逃げるっていう逃げは、最終的には自分で責任取らされる。

●吉野さんの言う暗の部分が、もしマジョリティ側になってしまったらどうしますか?

○たぶん、逆サイドに……。ようするに権力みたくなってしまうと、全部悪くなっちゃうんだよ。台無しになっちゃうわけ。力で押しつけようとするんだよ。腕力で黙らそうとする。でもみんないろいろ考えているわけだから、本当はいろいろ話し合って、折り合いをつけていくしかないはずなのに、力を持っている側は、力に頼って力で押しつけようとするわけ。”ゴーン、黙っとけ”って言って。それが気にイラねぇ。だから今俺が言っているマイノリティ側の人間がマジョリティ側になったとして、力で誰かを押しつけようとしたら、俺はそいつらに反対する。

●以前、本誌のコラム『ヨノナカバカナノヨ』で、音楽で世の中とつながっていたいという内容のことを書いていたと思います。それはどのような感覚からくるものだったんですか?

○もともとは人のことなんてどうでもいいと思っていたんだけど、やっぱり……孤独は年々感じるわけ。孤独ってさ、砂漠や山の中で感じるんではなくって、人の中で感じるんだなって思って。俺は今孤独だけど、ひとりで生きているわけじゃなくって、”ザワザワの中”で生きているんだよね。人とどういう距離感で生きていけばいいかってことが、関わるって言い方になっているんだと思うよ。俺はホントに使い物にならなくて、超ポンコツなんだよね。いろんな仕事をしてきたけど全然ダメで、音楽以外にこんな長く続いた仕事はないんだよ。なんで俺は人に向かってギター弾いているのかなって思ったことは何度もあって……関わるってことなんだと思ったよ。”あー、関わるってことだったんだー”って。何かレスポンスを返してくれって思っているわけじゃない。ただ発信することによってさ、世の中にワーッと出るわけ。それが世の中に対して俺がやりたいこと……生きている証っていうか、実感っていうか。 “お前、どうやって関わっていくつもりなの?”って、俺は自分に聞いている。そういう感覚なんだよね。

撮影協力:沖縄居酒屋 抱瓶

TUNECORE JAPAN