第1回「ダンクラ=悪いディスコ?」

Watusi & 沖野修也が語る“ダンス・クラシックス&ブギー” by Watusi(COLDFEET) 2013/08/06

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2013年8月6日に発売されたディスク・ガイド本『ダンス・クラシックス・ディスク・ガイド 〜シーズ・オブ・クラブ・ミュージック』の発売を記念し、著者のWatusi氏(COLDFEET)と沖野修也氏(KYOTO JAZZ MASSIVE)による対談が実現! 「そもそもダンス・クラシックスって何?」「ブギーって流行ってるみたいだけど何?」というDJ/クラブ・ミュージック・ファンの皆様、ぜひぜひお立ち寄りください!

『ダンス・クラシックス・ディスク・ガイド 〜シーズ・オブ・クラブ・ミュージック』は、DJ/プロデューサーとして活躍するWatusi氏(上の写真左)が1年以上もの時間をかけて書き上げたいわゆる“ダンクラ”のディスク・ガイド本です。この本と同時にWatusi氏のディスコ/ブギーをDJミックスしたCD『DISCO & BOOGIE IN NYC VOL.1 SEEDS OF CLUB MUSIC』もリリースされるのですが、こちらもサルソウルとウエスト・エンドというまさにダンクラな音源がDJミックスされている要注目盤となっています。

さて、ここで“そもそもダンス・クラシックスとかダンクラって何?”という方もいらっしゃる思います。これは簡単に言えばディスコ、ファンク、レア・グルーヴ、イタロ、ニュー・ウェーヴ、ジャズ、そして最近ではブギーとも呼ばれる1970〜80年代にかけてのダンス・ミュージックの総称。本書のサブタイトル“シーズ・オブ・クラブ・ミュージック”が示す通り、現代的なクラブ・ミュージックの礎を築いた音楽のことを指します。例えば、ダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』でフィーチャーされているナイル・ロジャースは、まさにダンクラ界の重要プロデューサー。再評価の機運が高まっているシーンとも言えるでしょう。そんなダンクラ作品をWatusi氏のDJ目線で600枚ピックアップしているのが本書というわけです。

ところが、本書が取り上げる音楽の幅広さからも推察される通り、“ダンクラ”のイメージや定義は人それぞれ、という側面もあります(それが面白いところでもあるのですが)。そこで、ジャズ/クロスオーバー・シーンを牽引するDJ/プロデューサーの沖野修也氏(上の写真右)を招き、「そもそもダンス・クラシックスって何だと思う?」という対談をしたら面白いのでは?ということでスタートしたのがこの企画。沖野氏からはすぐにご快諾をいただいたものの、実は沖野氏いわく「僕、ダンクラって悪い意味で使っていたりしますから」とのこと。それを聞いて、Watusi氏は「それはいいね……」とニヤリ。というわけで、早速、対談に突入です!

 

“ディスコは予定調和な空間”という体験

Watusi “ダンス・クラシックス”という言葉を悪い意味で使っているそうだけど(笑)。

沖野 いや(笑)。僕の中では“ダンクラ=ディスコ”みたいなイメージがあって、しかもその“ディスコ”は“悪いディスコ”なんですよ。そもそも僕、一切ディスコを通過していないんです。

Watusi 昔、だまされて京都のマハラジャとか行かなかった?

沖野 それが、マハラジャではなかったんですが、大学生のときに一回だけだまされてとあるディスコに行ったんですよ(笑)。5,000円で食べ放題、飲み放題、知ってる曲は皆で盛り上がるけど、知らない曲では座ってるという、もう“つまんねー”みたいなところでした。

Watusi 80年代のディスコってそんな感じだったよね。

沖野 もちろん、ラリー・レヴァンがやっていた黒人のゲイ・ディスコや、日本のムゲン、ビブロスのように社交場としてのディスコという、いい側面もあるのは知ってます。でも、僕の中では悪いディスコの体験しかないんです。そこではホール&オーツの12inchとか、マドンナのロング・ミックスとか、U2のディスコ・ヴァージョンみたいなものがかかっていて、そういうヒット・ポップス自体は嫌いじゃなかったんですけど、知っている曲だけで盛り上がって、知らない曲になると座っちゃうって……要はナンパをしに行くところみたいなところだったんですよね。

Watusi まあ、そうだよね。いわゆる“ディスコ箱”って呼ばれている所はきっと今でもそんな感じかなと思うけど。

沖野 それが、クラブでは知らない曲で盛り上がるというのがカルチャー・ショックでした。その背景には、やっぱりディスコに対するカウンター・カルチャーとしての“クラブ”があったと思うんです。“悪いディスコ”では知っている曲で予定調和的に盛り上がるだけ。でも、クラブでは知らない曲を聴衆が求めているし、DJも提案する。だから、僕の中での“ダンス・クラシックス”はクラブ・ミュージックではなく、“悪いディスコでかかっていたヒット曲のネーミング”みたいなものなんですね。でも人によって、“ダンス・クラシックス”という言葉は使い方が違いますよね。ニューヨークのガラージのことをダンス・クラシックスと呼ぶ人もいますし。

 

“ブギー”はシンコペーション?

Watusi じゃあ、“ブギー”はどう解釈してる?

沖野 僕たちが“ブギー”と呼ぶものには、当然ベースの長さとかリズムのパターンといった音楽的な側面もあるんですけど、同時に“ダンス・クラシックス”に対してもっとクラブ寄り、しかもジャズ/クロスオーバー寄りだったりするものをブギーと解釈しているという面もあるんです。もちろん、サルソウルとかフィリー・ソウルも大好きですけど、やっぱり“ジャズ・ミュージシャンが手掛けていたディスコ”が僕にとってのブギーなんですね。例えば、パトリース・ラッシェンとかジーン・カーン、ドナルド・バードなどです。ただこの“ブギー”に関しても人によってとらえ方が違いますよね。もっとDAM FUNKのように80sなものをブギーと考えている人もいますし。

Watusi そうだね、いろいろだよね。ブギーのとらえ方は僕も沖野君に近いかもしれない。音楽的に言えばアッパーではなくミディアムであってほしいし、“ガッカガッカ”っていう3連のノリの“ブギー”という音楽用語とは意味が違うけれど、16分の裏にアクセントがあるような音楽であってほしいよね。120以上のBPMでブギーってあんまりないと思う。そしてミディアムであっても、やっぱり4つ打ちノリじゃ無くて、ファンクに通じる16分のノリがあるものにブギーを感じるような気がするかな。“フュージョン”ぽいって呼ばれるタイプの曲ももちろんあると思う。今、皆が“ブギー”と呼ぶ音楽のイメージで共通しているのはそこじゃないかな。

沖野 そういえばWatusiさんに聞きたかったんですけど、ベーシストの人が弾くブギーのパターンには共通した特徴がありますよね。「ダッタ・ンダッタ」「ンダンダンダンダ」っていうやつ。それって何ていうんですか?

Watusi 多分、シンコペーションってことだろうね。例えば、すべてが8分音符で「ダンダンダンダンダンダンダンダン」と弾いているのはブギーじゃないし、「ダーダーンダーンダー」と音を伸ばしているのも違うと思う。こういうパターンには音と音の間にすき間がないんだけど、ブギーはスペースが見えるリズムを持っているよね。それはファンクやソウルのノリ、もしかしたらモータウンのノリを引っ張っている部分もあるのかもしれないけど。

沖野 ベースが長いとブギーを感じないんですよね。だから、例えばダブル・エクスポージャーの「Ten Percent」にはあまりブギーを感じないんです。ブラック・アイヴォリーの「Mainline」辺りがボーダーですね。「Mainline」はディスコなんだけど、僕の中ではもっとソウル寄りで、さらにジョージ・デュークとかになってくるとブギーの感覚が入ってくるんですよ。あと、チョッパーという要素もあったりしますね。モータウンにはそれほどチョッパーは入っていないじゃないですか。でも、チョッパーの多用ってジャズ・ミュージシャンが参加したディスコにはけっこう顕著に表れているんですよ。

Watusi それも16分裏のアクセントとシンコペーションでノル感じだよね。

 

マイケル・ジャクソンにジャズを感じる境界線

沖野 僕がジャズ/フュージョンの人がやっているディスコを好きなのは、コードを構成している音が複雑で、インテリジェンスがあるからというのもあります。7thや9thが入っていて、コード進行はもちろん、コードそのものがものすごくしゃれている。僕はアッパーなディスコを全く否定はしないんですけど、もうちょっとダークというか、地味なディスコの方に惹かれますね。当時は片っ端からディスコ化していたじゃないですか。ハービー・ハンコックもそうだし、エムトゥーメなんかもそうですよね。ジャズでは食えないからディスコをやったと言われていますけど、それでも僕は彼らなりにいろいろチャレンジしていたと思うんですよ。苦し紛れだったのか、金が儲かるってハイになってやったのかは分からないけど(笑)。

Watusi エムトゥーメなんて、なにしろマイルス・バンドにいた連中がある種ディスコを作っていたわけだからね。80年代っていわゆる“アーバン”と言われるような洒落たサウンドがはやったけど、それは70年代からジャズやフュージョンを続けてきたミュージシャン達の力が大きいと思う。それこそ70年代後半はフュージョンの時代だったし、既にそのサウンドにはアーバンな兆しがあって、そういうものがより大きなポピュラリティを獲得してヒットするようになったのが80年代ということじゃないかな。そういう意味では70年代から既に“ブラック・コンテンポラリー”な音楽をやっていたとも言えるし。例えば後期P.I.R.(Philadelphia International Records)で活躍したデクスター・ワンゼルだってジャズの人だしね。

沖野 クインシー・ジョーンズもポピュラー・ミュージックのプロデューサーとして知られていますけど、出身はジャズですよね。70年代後半から80年代前半にかけての活動はマイケル・ジャクソンのプロデュースを含めて、僕的にはディスコ、ブギーの王道ととらえています。マイケル・ジャクソンは一般の人から、僕らのようなクラブのDJまでみんな大好きですよね。個人的には『Off The Wall』のころの雰囲気が一番好きで、『Thriller』はギリギリありなんですけど、ジャズ系の人では『Thriller』からダメっていう人もいるんですよね。マイケル・ジャクソンの評価はあの2枚の間で分かれる感じ。『Off The Wall』にはジャズを感じるけど、『Thriller』にはジャズを感じないとか。これは音色の影響もあると思いますけど。だから、最初の“ダンス・クラシックス”の話に戻りますけど、僕自身はベタなディスコを全然否定していないんです。それはそれで一つのカルチャーですからね。僕もマイケル・ジャクソンみたいにわかりやすい曲をつかみでかけて、そこから自分の世界に引き込むフックみたいなものとしては全然アリと思っているんです。

[続く]

まだまだ話は尽きないものの、第1回はひとまずここで終了。ダンクラ/ディスコ/ブギーと言われているものが一体何なのか、その大まかな形はつかめたのではないでしょうか? 次回は“ダフト・パンク”“Re-Edit”などを中心に、ダンクラ/ブギーがフロアで急増している背景に迫ります。

 

沖野修也(KYOTO JAZZ MASSIVE)

DJ/クリエイティヴ・ディレクター/執筆家/世界唯一の選曲評論家 /Tokyo Crossover/Jazz Festival発起人。開店以来20年で70万人の動員を誇る渋谷The Roomのプロデューサーでもある。KYOTO JAZZ MASSIVE名義でリリースした「ECLIPSE」は、英国国営放送BBCラジオZUBBチャートで3週連続No.1の座を日本人として初めて獲得。こ れまでDJ/アーティストとして世界35ヶ国130都市に招聘されただけでなく、CNNやBILLBOARD等でも取り上げられた本当の意味で世界標準を クリアできる数少ない日本人音楽家の一人。

ここ数年は、音楽で空間の価値を変える”サウンド・ブランディング”の第一人者として、映画館、 ホテル、銀行、空港、レストランの音楽設計を手掛けている。2005年には世界初の選曲ガイドブック『DJ 選曲術』(リット—ミュージック)を発表し執筆家としても注目を集める。2011年にフォレスト出版より3冊目となる書籍『フィルター思考で解を導く』を 発売。DJが書いたビジネス書として話題となり、Amazonのビジネス書/仕事術のカテゴリーで1位を記録する。同年7月『DESTINY』をリリー ス。iTunesダンス・チャート1位、総合チャート3位を獲得。現在、有線放送内D-47チャンネルにて”沖野修也 presents Music in The Room”を監修。ホームグラウンドのThe Roomでは月例パーティー”SOUND SANCTUARY”のレジデントDJを務めている。2013年4月よりInterFMにてナビゲーターを務める番組『JAZZ ain’t Jazz』(毎週水曜20時〜22時放送)がスタート。

http://www.kyotojazzmassive.com/

 

Watusi(COLDFEET)

Watusi

Lori FineとのユニットCOLDFEETのプログラマー/ベーシスト/DJ。COLDFFETのユニークな世界観は国内外で評価を受け、UK、US、EU各国から香港、韓国、台湾、タイ等アジア各国でも多くの作品がリリースされている。ソロワークも英Climate Records、米Kriztal Records,ドイツPerfect Toy Records等からリリース。国内では中島美嘉の多くのシングルを始めhiro、安室奈美恵、BoA、Chemistry等を手がけ、アンダーグラウンドとメジャーを繋ぐ多忙なプロデュース・チームとしても活躍。またChristian Dior、Herm s、Cartie等ハイブランド系の海外をも含むパーティへのLiveやゲストDJ、楽曲提供も多く独特のポジションを築いている。
オリジナリティ溢れるHouseテイストの4th Album「BODYPOP」は、アジア5カ国でもリリースされ、主要ラジオ局でのチャートインを果たす。’07年には5th Album「Feeling Good」を’リリース。シングル「I Don’t Like Dancing」は、この年のパーティーアンセムとなり、ソウル、台北、上海等を含む36カ所のツアーも各地で超満員のクラウドを魅了する。デビュー10周年目となる’08年、コロンビアに移籍し12月にアルバム「TEN」を発売。iTunes Store1位を始め数々のダンスチャートを席巻。'09年11月には生前のマイケル・ジャクソンから許諾を得、進めて来たカバーアルバム「MJ THE TOUR」を発表。豪華な参加ゲストと共に大きな話題となる。‘12年には自身の音源制作のノウハウを詰め込んだ本『DAWトラック・メイキング』の出版、ディスコ音源でのイベント”ETERNAL”の開催など、後進の育成にも力を注ぐ。現在全国でイベントを開催する傍らCOLDFEET次作アルバムを鋭意制作中!



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