日本、フランス、ドイツ、自分にフィットする場所は – 渋谷慶一郎、三嶋章義との話(2)

会って話してわかること by 環ROY 2014/06/26

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前回に引き続き、音楽家の渋谷慶一郎さんと美術家の三嶋章義さんを迎えての鼎談です。
制作に対するそれぞれのスタンスを掘り下げつつ、日本人として海外とどう向き合うか、また日本人として日本とどう向き合うかなどを話しました。今後の展望についても少し。またまた雑談、対話の記録です。

身体感覚、アナログとデジタル

ROY:渋谷さん、ポピュラーミュージックも普通にしてるでしょ。

渋谷:やってるの、ちゃんと。

ROY:そこが面白いよね、もっとやってほしいもん。渋谷さんがサウンド・アートみたいなことをやってたときにファンになった人が聴くとどういう反応するんですか?

渋谷:面白がる人もいるし、終わったなとか言う人もいるんだろうしそれぞれ。でも、どうでもいいのそんなのは。10年電子音楽やってて、ピアノ弾き始めたときも同じことでさ。それまでは完全にノイズっていうかそういうのだったから。コンピュータ使わないでピアノを普通に弾くじゃない? 簡単にいうと音階を使うようになってきたってことなんだけど。そのときに「なんだよ」みたいな感じになった人はいたよね。ただ僕はファンのために音楽やってるわけじゃないから。僕にとって音楽はサービス業じゃない。だから全然関係なかった。そのときに結構言われたんだよね、このままピアノ弾き続けるとファンが減るんじゃないかって。でもそういうこと言う奴は馬鹿だったわけで、ピアノを弾いてなかったら今の僕はないから。『SPEC』もなかったし、ほかの映画音楽、『THE END』にも繋がらなかったわけだからさ。だから人の言うことなんてアテになんない。ピアノを弾き始めたときファンになった人はたくさんいたけど。

三嶋:そうなんだね。そもそもなんでピアノになったの?

渋谷:それはね、僕、もともとはコンピューターだけで音楽作ってたんだけど、作るときってずっとループするのね。その「ガー」とか「キー」っていうのをずっとループしながらエディットしてたんだけど。奥さんが亡くなっちゃって、そんときに、すごい転換期で、単純に、一番聴きたい音が彼女の声だったのね。でも部屋に声がないっていうのが……。姿がないのは理解できるんだけど「あれ、声しないな」っていうのが常に気になって。同じ音を繰り返すっていうのが本当にしんどくなってきて。

三嶋:そのループはきついね。

渋谷:きつい。で、どうしようと思って、1回活動を辞める人いるじゃん。活動停止みたいな。そうなるか、なんかできることないかなって思ったら、アップライトのぼろいピアノが家にあって、ちょっと弾いてみたの。そのとき「これはいけるかも」みたいな感じがした。昔はピアノ弾いてたからさ。10年近くコンピューターに専念してて、もう1回弾いてみるじゃない、そのとき弾くと、今まで自分が知ってたピアノの弾き方と違うわけ。で、これはいけると思って。じゃあ一度コンピューターやめてみようと。ツアー行くのは決まってたからワールドツアーと日本ツアー終わったらしばらく辞めますって宣言しちゃえばいいやって思って、そこからピアノにシフトした。

ROY:身体感覚を取り戻すって感じだったのかな?

渋谷:身体を動かすから単純に気がまぎれたっていうのはあるよね。それはすごい救いだった。それにコンピューターよりかレスポンスが早いしね。すぐ音が出るから。

三嶋:そういう方が拾いやすい時があるよね。自分で触れるっていう。俺がアナログで作る作品とかは、ラッカースプレーを30層とか40層とか吹き付けるのね。それをレイヤーにしてやすりで磨きながら柄を出したりするんだけど。その、アクションしたときはちょっとしか動かないんだけど、ここしかない場所ってやっぱりなにかある。それとコンピューターみたいに簡単に戻れないっていうのも大きい。触れながらじゃないとできないっていうか、モニターの中でどうとかいうよりは、細部細部を拾って行く感じだよね。それって自然物というか、偶然をふまえた何かじゃないと信用できなくなってくるというか。

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▲Akiyoshi Mishima “SASSURU (察する)”, Galerie Nagel Draxler, Berlin.

ROY:自分の作品をデジタル撮影して、コンピュータでエディットしてくっていう、両方行ったり来たりするみたいな。

渋谷:一回写真として取り込んでってこと?

三嶋:そうそう。パソコンでシミュレーションとかして、そこからアナログでまた制作してっていう。

渋谷:油絵を描いてる子で注目してる子がいるんだけど、実物よりもFacebookに上げてる絵の方がいいんだよね。油絵って、今コンピューターの画面で見てもいいんじゃない? って思っててさ。だからデジタルで1回取り込んだら? って本人にも言った。そういうことはあるかもしれないよね。

三嶋:あると思う。見るサイズ感もあるだろうし、コントラスト感とかあるよね。

自分を受け入れる場所はどこか

渋谷:この前、ウォーホルの展覧会やってたじゃない。観に行って驚いたのは、酸化絵画っていうのをそのときに知ってさ。ジャクソン・ポロックが出たときに「やばい」と思ったっぽいんだよね。それに対抗するために、自分で描いた油絵に小便かけて、かけると油が酸化してポロックみたいになるわけ(笑)。で、それはそこまでなんだけど、ウォーホルは、「俺はあいつらと違って小便でも金を作れる」って、コンセプトなわけ。ポロックそっくりだろ? ってだけじゃなくて、あいつら一生懸命描いてるけど、俺は自分の絵に小便かけただけで似たようなもの作れるんだぜっていうコンセプチャルアートで、これは過激だしアタマいいなと思ったね。

三嶋:俺は去年、テート・モダンのクレー展が良かった。テートぐらいになるとスペースが大きいぶん、より遠くから絵に近づいて行くでしょ、引きで観て、そっから寄ってくと絵が変化していく仕掛けがある。そしてある瞬間にピントが合うように絵が化ける。絵の中に引き込まれるあの感覚ってものすごいよ。あれはモニターじゃ体験できない、本物観るしかない。そんな絵っていう視覚的な表現にクレーの思いを入れる時、そんな仕事の仕方ってのも凄く好きだったんだよね、思想だけじゃないなっていう、アメリカのポロックとかよりも実験結果がわかりやすいって感じた。

渋谷:僕もどっちかというとヨーロッパの絵画のほうが好きなんだけど、最近は画集買ってきても眺める時間がないから壁にかけてあって見る方がいいなと思うようになってきてる。ヨーロッパの絵画は好きだけど自分が音楽でやってることとある意味で近いから仕事場にあると邪魔になってっちゃう。

三嶋:ジャスパー・ジョーンズとかウォーホルとかは、どんな部屋にも合うよね。

渋谷:偽物だったらラブホテルにもあるしね(笑)。

ROY:現代の建物にはたいがいフィットしちゃうよね。だからポップアートって呼ばれるんだろうし。行くのもアメリカ方面よりヨーロッパが好きですか?

渋谷:僕はもうすぐ日本とパリと半々になりそう。

ROY:三嶋さんも日本とドイツで半々くらいになりそう?

三嶋:イメージとしてはそれぐらいにしたいけど……でも寒いのはいやなんだよ(笑)。

渋谷:どってことないよ。東京に比べたら。東京って気温的にじゃない寒さがあるよね。ドイツの寒さってそれほどテンション下がんないでしょ?

三嶋:たしかにね、街の雰囲気がうかれてないから寒いなりに楽しめる。でも1月行った時はありえないぐらい暖冬だったみたいでみんなビックリしてた。でも2月に行ったニューヨークは大寒波。つらかった。

ROY:寒いと気分落ち込みますよね。

三嶋:アメリカはいろいろ怖いな(笑)。

渋谷:でも半々は楽しみだな。

三嶋:パリは自分的にやりやすい?

渋谷:やりやすい。

三嶋:たしかに日本だけじゃなく、自分の作品を受け入れてくれるところって、考えなくちゃいけないね。

渋谷:っていうか僕は単純に少し飽きちゃったんだよね。

ROY:俺、大きくいうと日本語の技術者ってことになるので外国とか難しいですね。日本! って感じなんで。

渋谷:ほんとそうだよね。ラップの字幕とか出せばいいんじゃないの?

ROY:演劇とかだとそういうことしてますもんね。そういうこと掘り下げてくと自分の言語表現が演劇化していく、みたいなことも視野に入ってくる。

渋谷:『THE END』もそうだったよ。日本語でやったしね。オペラが便利なのは字幕のある文化だから、日本語でやるのは全く問題ないんだよね。イタリア語かドイツ語が主で、まれにフランス語だから。ほとんどの人が何かしらの字幕を見るものなんだよね。

三嶋:海外で作品を発表するときって、日本人って意識はどれぐらい持ってるの?

渋谷:ある程度持ってる。日本人であることは、海外でやる場合はある種の武器だから。

ROY:どういう風に武器だと思います?

渋谷:単純に僕の場合は、日本の伝統音楽とかはやってないから、それは使えないじゃない。ただ例えば、日本って忙しいじゃん。情報が過密じゃない。その感じは結構あたらしいエスニックっていうか、輸出文化だなって気がしてる。アニメとか東京の雰囲気にしても何にしても、外人から見たら多分一緒で「にぎやか!」「いそがしい!」って感じなのよ。そのイメージとか情報の密集のさせかたは結構武器になると思う。

ROY:外国からみた東京ってそんな感じ? 案外キャッチーじゃないですか。

渋谷:いや、でも本当はあんまり理解されてない。注目されてるとか思うのはある種の幻想だと思う。みんなよく「初音ミク使うと初音ミクのファンがたくさん来るでしょ」って言うんだけど、例えばパリで知ってる人はまだ本当に少ない。日本人は、日本の文化について外国の人が知ってるって思ってるだろうけど、そこまで別に興味持ってないんだよね。

ROY:寿司も定着させるのに100年かかったらしいですからね。

渋谷:かかるでしょう。

ROY:しかもマグロなんて生でそのまま食べないから、まず似た感じでアボカドにするかってなって。あと海苔も嫌いらしいんですよ、黒いから。それを内側に巻いて、って感じでトランスレートしながら定着したのがカリフォルニア・ロールで、向こうの寿司の概念はあれなんだって。カリフォルニア・ロール程度なんですよね。

三嶋:まず、繊細なところ無視だよね(笑)。理屈とビジュアルから入ってくるもんね。「生」「魚」「見た目」っていう。でも、こないだニューヨークに行って思ったけど、昔はバツバツ切り捨ててたニュアンスみたいなものが、今は少し大切にされてきてるなって思ったんだよね。店員も全然気を使うようになってたし、行き届いてる、気づいてるってところはいっぱいあるでしょ。

ROY:繊細感の話だ。

三嶋:だから日本のそういうものも受け入れられていくんだろうって思うよね。寿司だってちゃんと作ったものをおいしいって言うんだろうし。でもアメリカに行って、資本主義っていうのはこういうものなんだっていうのがよくわかった……ヤバいこの国って(笑)。

渋谷:自分がやってることをそのまま受け入れてくれるところがいいだけなんだよね。それで考えると、アメリカよりはヨーロッパって思っちゃう。

三嶋:俺もそうなる。

ROY:俺は日本ですね。ラップは言語の音楽なので。

渋谷:日本人が英語でラップやるの無理だと思うよ。

ROY:そう思いますよ。俺は英語は喋ることすらできないし。日本語のまま海外行くとしたらなにが喜ばれるんでしょうね。

三嶋:俳句じゃない?

ROY:ベタなヤツだ(笑)。そういえば英語での俳句もあるんですよ、俳句は世界中にやってる人がいるみたいで。日本語ってどんどん言葉数を減らしていく言語だからラップと食い合わせわりーじゃん(笑)とか最近考えてますね。一つの言葉に多様な意味を込めていったりもするし、一つの言葉の意味をすごく細分化してもいくっていう、真逆の特徴が見えてきたりして。

三嶋:それで思い出したけど、ドイツでの個展のテーマを「察する」にしたんだけど、ドイツ語に訳すのが難しくて、ぴったりの言葉がなかなかないんだよね。どう話したらいいのかって、ものすごい長文で説明したりして。床の間、茶室に例えたりした。「もてなす」とも違くて……何も言わないんだけどそれを心に留めるというかさ。相手のことを理解してそれでハッピー、いいねっていうわけでもなく、心に留めつつっていう、あの感覚ってさ、ないじゃん。

ROY:日本人自身も今だと難しいくらいの繊細な話ですね。

渋谷:ヨーロッパだとオリエンタリズムとして受け入れられるかもしれない。ただ本当に理解はされないだろうね。

ROY:神秘的!みたいに憧れられるやつでしょ。

渋谷:ものすごい理論武装が必要になるよね。全部説明できるみたいな。音楽とかもそうだし、それがすばらしいとは思わないけど、とにかく聴いてくれ、とか、見てくれればわかるとかっていうのは通じない。

三嶋:歴史を汲みつつ話していくもんね、ヨーロッパの人は。汲んだ上でお前の考えはどうなんだって。こっちもそういう話をしなきゃいけない。そういう理論武装である程度分かってもらえるんだって部分はむしろやりやすいとも言えるよね。本当に理解されることは難しいとしても、まだやれる余地がいくらでもあるっていうか。

ROY:こっち(日本)が持ってるもの、培ってきたものを大切にして理解してもらうように言葉を尽くすって感じですかね。渋谷さんもさっきエスニックな感じって言ってたし。そこも、凄く面白いと思うんですよね。とりあえず僕は日本で2人のヨーロッパでの活躍をめっちゃ楽しみにしてますよ。

 

三嶋章義個展 「節穴」

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環ROY

環ROY

ラッパー。宮城県出身。主に音楽作品の制作とパフォーマンスを行う。これまでに最新作『ラッキー』を含む4枚のフルアルバムを発表。第17回文化庁メディア芸術祭推薦作品『ワンダフル』(MV)を発表。国内外の様々な大型音楽イベントへ出演。



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