バッファローの歴史と、環ROYとの接点 – Buffalo Daughter 大野由美子、山本ムーグとの話(1)

会って話してわかること by 環ROY 2014/01/31

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「『Buffalo Daughter』ってマイペースでいいなー、大人だなー」、僕がずっと持っている印象です。昨年、「NEW ROCK」という曲をきっかけに知り合い、共同制作をすることになったのですが、ちょっと変な出会いにも関わらず(本文中で触れています)、話してみるとやっぱりマイペースでとっても大らか。ということで、その感覚がどこからやってくるのかを知るべく、メンバーの大野由美子さんと山本ムーグさんをお迎えして(シュガー吉永さんは風邪で欠席。)、バンド結成当時の話しを改めて伺いつつ、大人になっても変わらないのびのびしたスタンスについてのお話しをしてもらいました。

さらに好きなことをやろうとBuffalo Daughterを始めた

環ROY(ROY):いきなりですけど、インタビューってアルバムを出したときにいつもするじゃないですか。作品を軸に質問されるみたいな。これはそういうのではなくて「なにしゃべりましょうかね?」ってレベルのノリでよいと思ってるんですけど大丈夫ですか?

大野由美子(大野):はいはい。

ROY:とっかかりとして色々知ろうと思ってインターネットで調べてたんですけど、ネットでアーカイブされてるのって6枚目のアルバム『The Weapons Of Math Destruction』以降がほとんどで、それ以前はないんですね。活動初期の頃の話って、たぶんさんざん話してきたと思うんですけど、その辺りって雑誌にしか残ってなくて、今や古本屋とかで探さなきゃいけないと思うんです。なのでそこから聞いてもいいですか? 後から来る人のためにネットにも残ってたらいいなって思うんです。まずそもそも、なんでこの3人なんですか? っていうところからになっちゃうんですけど。

大野:うん。

ROY:ネットに出てる範囲の情報だと、山本さん以外の2人がハバナ・エキゾチカっていうバンドをやってて、そこに山本さんが入ったっていうことしかわからないので、その辺から教えてください。

大野:ハバナ・エキゾチカは4人の女の子でやってたバンドで、普通に事務所に所属してレコード会社からCD出してライブしてっていう活動をしてた。
アルバムは1枚目の『踊ってばかりの国』がヤン富田さんがプロデュースで、2枚目の『火星ちゃんこんにちは』が小西康陽さん。その小西さんの友達で、DJもやっててデザインもできて編集もやってるっていうおもしろい人がいるから紹介するって言われて。会って、一緒にやりましょうと意気投合したのがムーグさん。最初はCDのジャケットをデザインしてもらったの。

ROY:じゃあ山本さんは最初はジャケ作ってくれる人だったんですね。

大野:そう。その頃バブルが崩壊した時代だったから事務所から離れることになったの。事務所に入ってると窮屈なこともあったりしたから、もっと自由にやりたいと思って。でもバンドは続けてて、誰も代表が居ないから私が窓口やってライブのブッキングをして、っていう形でインディペンデントにやってた。その頃になんか新しいことやりたいなーとかは漠然と思ってて、バンドにDJを入れたりとか、そういうことを考えてた時だったから。

ROY:なんか試したくなっちゃったんですね。

大野:どうなんだろうねぇ? 私よく覚えてないんだけど、なんか新しいことだったんだよね。バンドにターンテーブルが入っているっていうのが。

山本ムーグ(山本):でも僕の前にもいたでしょう。

大野:いたっけ?そうでした!!川辺君(川辺ヒロシ)にライブで一緒にやってもらってたよ。他にもいろいろな人と……

ROY:まじで!?

大野:……とまぁいろんなことをやってたんだね(笑)。詳しく覚えてないんだけど。普通のドラム、ベース、ギター、ボーカルって編成の4ピース・バンドだったの。それでだんだんヒップホップにも興味が出てきた。さっき言ってた小西さんプロデュースの2枚目のときは、ボーカルの子がラップじゃないけど詩を語るみたいな、歌じゃない感じの曲をやったりもしてたし。だからターンテーブルが出てきたんじゃないかな。

ROY:いつ頃ですか?

大野:91、2年の話。

ROY:知らなかった。聴いてみますね。今の音楽性とは違う感じでした?

大野:うーん、なんかファンキーだったよね。

山本:ファンクがやりたいって言ってたと思う。

大野:うん。ジェームス・ブラウンとかが好きだったし、あの頃のヒップホップにも興味があったんだよね。だからブラック・ミュージックがベースにあるバンドをやりたいって感じだったと思う。でもボーカルがいて、そうすると歌を必ず作らなきゃいけないってことが、ボーカルの子にとってもメンバーにとってもだんだん辛くなってきて。

ROY:なるほど。

大野:それでボーカルの子が自分から辞めるって言って、ドラムの子も辞めちゃったの。
私と吉永はバンドやりたいと思ってたから、じゃあ2人だけで続けようって。でも2人だけじゃできないし、そのときにムーグさんが一緒に居たから3人でやろうと。さらにドラムは居たほうがいいって話になって、その当時仲の良かった、ヤン富田さんのほうでも手伝ったりしていた小川千果さんという子がいるんだけど、その子と4人でスタートした。

ROY:Buffalo Daughterのオリジナル・メンバーにはドラムがいたんですね。

大野:そう。

ROY:山本さん誘われてどうでした? やろう! って感じ?

山本:ハバナの後期からなんとなく一緒にやるようになってて、そのまま自然にって感じだったね。

ROY:ハバナとバッファローの境界はあいまいだったんですか?

山本:バッファロー始めるときは、ハバナの時よりもさらに好きなことをやろうって言ってて。具体的にはハウスとかヒップホップとかをバンドでやりたいって。ブレイクビーツ2枚使いにウワモノを演奏したりとかもやってたよね。

大野:うん。やったね。

ROY:じゃあブレイクビーツにギターとベース乗せてくっていう。

大野:やってたね。でもそこでラップはしないで、て感じで。

ROY:ラップは興味なかったんですか?やることに。

山本:やりたいと思ったけど無理だった。かっこよくできないから無理無理って(笑)。

ROY:やってはみたことがあるんですね(笑)。

大野:それよりもコーラスとかをやってたほうが自分たちに合ってるような気がするってことになった。言葉でいろんなメッセージを言いたいとかそういう気分にはなかなかならなくて。無理矢理やるっていうのも変で、自然にやるのがこのバンドかなって。だからラップの部分は省かれて、楽器での演奏を重視って感じになったの。

途中で寝てしまうくらい延々とベーシックな練習をしていた

ROY:よもやま話ですけど、僕の音楽のきっかけは、高校受験の勉強をずっとラジオ流しながらやってたときにブッダブランドの曲が流れてきたことなんです。そのころはメジャーでも日本のラップって人気あったんですよ。そこでびっくりして、それでラップ聴くようになったんですね。

http://youtu.be/zr3eFfLPjnc

大野:それいつ頃の話?

ROY:え、わかんない。俺が中3のころ。17年前とか?

大野:96、7年ぐらいか。ふーん。なるほど。

ROY:そのときからおれ10年ぐらいヒップホップしか聴かないで過ごしてましたもん。

大野:たぶんそこらへんからあんまり聴いてないや。遠ざかっていたと思う。その前は聴いてたけど。

ROY:そうなんですね。A Tribe Called QuestとかDe La Soulとかが出てきたぐらいに聴いてた感じですか?

大野:私たちはBeastie Boysと同世代ぐらい。彼ら最初はパンク・バンドをやってたけれど、ラップに転向してすごい人気が出た時代。アルバムもヒップホップだけじゃなくてパンクの曲とかも演奏してて。そういう自由なところがいいなって思った。でレーベルもやってて、そこから出てくる作品にも共感できたから、それですごい盛り上がったんだよね。

ROY:俺、ビースティ通ってないんですよ。結構90年代後半以降から発展してった日本のヒップホップとそれにまつわるメディアって黒人至上主義って言うか純血主義みたいなのがあって、それ真に受けてて(笑)。ビースティは白人だし、なんか楽器とか持ってるしよくわかんないなって。で、ラップもずっとタテノリの直線的なボーカルじゃないですか。それを解釈するチャンネルが育ってなくて「よくわかんねーな」って(笑)。でも俺の世代そういう人多いかもしれない。あの時代の黒人が編み出したライフ・スタイルに魅力を感じてたんだと思うんですよね。ブカブカした服着て、ドラム缶に炎上がってるところでラップしてるのを見て「かっこいい!」って(笑)。

大野山本:(笑)

山本:最初から日本語でやってたの?英語ではやってないの?

ROY:日本語です。英語しゃべれないですもん。(いとう)せいこうさんとか高木完さんとかを見て「かっこいい!」って思って始めた世代、を見て始めた世代ですね、俺らは。

大野:なるほどねー。完ちゃんと一緒にやればいいのにって思うんだけど。こないだのリハーサルで、環くんがいないとき完ちゃんが代わりにやってたよ。

ROY:どういうことやったらいいですかねー? せいこうさんと高木さんって同世代ですか?

大野:そうそう。そもそもハバナの頃、最初にヤン富田さんにプロデュースをお願いしようと思ったのは、(シュガー)吉永がせいこうさんの『MESS/AGE』っていうアルバムを聴いてすごい好きで、ぜったいヤンさんじゃないと嫌だって言ったから頼んだの。

ROY:そこでもラップが出てくるんですね。

大野:うん。だからプロデュースのしかたも、「リズムがちゃんとしてないとだめだ」って言われてベースもドラムもギターもベーシックな練習すっごいやって。

ROY:トラックのように演奏できる、みたいな意味ですか?

大野:そう。途中で寝るぐらいずっと弾いてなきゃいけなくって(笑)。すごかったよ。あれはすごい覚えてる。クリック聞いて「まだダメ。まだダメ」って。何時間も同じことして。すごい厳しいんだけど、いろんなものを聴いて勉強してほしいって言って自分の持ってる大事な古いレコードを3枚ずつぐらいプレゼントしてくれた。

ROY:それすごいいい話じゃないですか。

山本:初めて聞いた。

大野:そのレコードを人に見せびらかしたりしてた(笑)。ありがたくいただいて、ちゃんと聞いて勉強しました。

ROY:その頃ってクリック聴きながら演奏するってテクノロジーあったんですか?

大野:あったよ。クリックをミキサーに入れてドラムの子だけが聴いて、そのビートに合わせてみんな演奏するっていうのはやってた。

ROY:ああ、それで思い出したんですけど、Buffalo Daughterって曲がトラックっぽいじゃないですか。俺はそこに引っかかったんだと思うんですよ。自分のiTunesにいつからか「New Rock」が入ってて。

作る内容も活動のしかたも、自由じゃないと困るバンド

―そこからロイさんとBuffalo Daughterとのつながりができるんですね。
KAKATOの音源が無料なのは、曲の内容ありきで決まったんですか?

ROY:いや、最初から無料のものを作ろうと思って、それでできるもっともヒップホップ的なことっていうのを考えたらああなった。ヒップホップって、自分が居る、土着の文脈にあるものを編集して、作り変えて、また別のものにしちゃう行為って解釈してるんですね。ま、それがすべてじゃないけどそういう要素がヒップホップの楽しいところだなと、あの作品はそれをしてみたかったんです。で、僕達日本人なんで、まず日本の音楽を使おうと。なんとなく好きな曲をこう……サンプリングしていきましたね。

大野:あの曲は、グランド・ロイヤルに居たときに作ったものだったんだけど、最近になって権利の管理がぐちゃぐちゃになってしまっていることがわかって「これどうしよう……」って対応してたんだよね。

ROY:と言いますと?

大野:いや、うーんとね、結局、グランド・ロイヤルがなくなっちゃったわけで、なくなっちゃった後の権利がどこに行ったのかわからなかったの。グランド・ロイヤルの作品の権利が誰かに売られて、その人がまた誰かに売って、その先のことが解らないと……それを調べるのに3年ぐらいかかったんだけど……

(中略。権利、契約での問題が濃密に語られる。)

大野:ってことで、KAKATOにラップを入れてもらって、別の曲として発表しようってことになった。だからこっちとしても凄くいいタイミングだったんだよね(笑)。

ROY:すごい話……契約って怖いですね。いつも気をつけとかないと。ほんとめんどくさそうでかわいそう……けどタイミングがよくてよかったです(笑)。
と、そんなこんなでスタートから20年たったんですよね。20年でフルアルバムが6枚じゃないですか。3年に1枚ペースですよね。その間って何してるんですか?

山本:Buffalo Daughterは本業ってわけじゃなくてそれぞれ別でも仕事をしてるからね。それだけやってたらもっと出してたと思うよ。

ROY:音楽以外ですか?

山本:僕はデザイン。

大野:私はBuffalo Daughter以外での音楽かな。

ROY:いろんなアーティストのサポートもやってますもんね。直近だと。salyu×salyuとか観ましたよ。舞台音楽とかもやってますよね。

大野:珍しいキノコ舞踊団とかね。

ROY:吉永さんは?

大野:吉永も音楽だね。一緒にやったりもするし、他でも音楽を作ってる。

ROY:のんびりやってるんだよって感じですか。

山本:普通に事務所に入ってレコード会社と契約してたら何年に何枚とか決められるじゃないですか。そういうスタイルじゃないから。自分たちで「そろそろ作ろうか」って作ってる。

大野:作る内容も活動のしかたも、自由じゃないと困るバンドだからね。

ROY:その感じって俺の世代から下だと当り前かもしれないけど、2人の世代だと珍しいのかも知れないですね。要はCD-Rだってすぐ作れちゃうし、なんならインターネットにフリーで上げて。それで広がっていったりもする時代じゃないですか。だからそもそも、あんまり自由じゃない状態を経験したことがないですね。

山本:事務所に入ってないの?

ROY:入ってないんすよ、俺。だから入りたい、守られたいなーとか思うこともありますね。

大野:無理じゃない? たいていめんどくさいもん。

ROY:無理っすかねー。いろんな仕事してみたいですけどねー。

山本:でもそれこそTumblrでサイト作って音源無料ダウンロードって……。

ROY:できないっすよねー。

山本:だよね。でもそこで話題が広がって、うちらとレコーディングしたりライブやったりとかして幅が広がったりとか、それでまたライブの依頼がきたりして活動して。それって理想的だし、現代的だよね。

ROY:そうっすね。守られてたら起きてなかったですね。

環ROY

環ROY

ラッパー。宮城県出身。主に音楽作品の制作とパフォーマンスを行う。これまでに最新作『ラッキー』を含む4枚のフルアルバムを発表。第17回文化庁メディア芸術祭推薦作品『ワンダフル』(MV)を発表。国内外の様々な大型音楽イベントへ出演。



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