育った環境と、音楽の「きっかけ」 – 太田好治、原田郁子との話(2)

会って話してわかること by 環ROY 2013/08/22

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クラムボンのライブドキュメント作品『えん。』と、監督、太田好治の話題を中心とした前半、からの後半は、原田郁子さんが「クラムボンの郁ちゃん」になって行く過程や、育った環境が与えた影響、音楽を立ち上げていくときのラッパー(環)とバンドマン(郁ちゃん)の違い、ライブをする場所について……などなど、いろいろなお話しをしました。

ジャズピアノがやりたかったのに、いつのまにか歌いだしちゃったわけだから

原田:最近ROYくんはなにやってるの?

太田:いまはツアー中でしょ?ワンマンやったよね。

ROY:渋谷WWWでしました。2部制で、前半が完全に1人でやって、後半がギターとドラムとキーボードに入ってもらったよ。

太田:クラムボンが初めてワンマンやったころっていつなんですか? 専門学校卒業したばっかりのころ?

原田:そう。場所は恵比寿みるく。

ROY:え、みるくだったの? この店のすぐそこだよ。

原田:えーー! ここだったの!?

ROY:今はなき。

原田:今はなき。学校卒業して最初にやったライブを、みるくの人が見に来てくれて。「ライブやんなさいよ」って。いきなりワンマン1時間半やった。

ROY:いきなり!?

原田:うん、いきなり。その時にマネージャーの豊岡さん(トロピカル代表)も見に来てて。ライブ終わったら「会いたいって言ってる人がいるよ」って店の人に呼ばれて。会いにいったら豊岡さんが居たの。「新人のバンドを集めたコンピレーションアルバムをつくってるんだけど、参加しませんか?」って。メンバー2人は男の子だから、「音楽で食べていきたい」って気持ちはあったのかもしれないけど。私はものすごーい斜めに見てたから、もう、すべてを。だからその時も、多分ほとんど目もあわせずに「ああそうですか……」って感じだったと思う。で、その後、生まれてはじめてレコーディングっていうものをやることになって。豊岡さんがクラムボンのマネージャーになって。メジャーデビューすることになるんだね。

ROY:トントン拍子だ。

原田:うーーん、デビューするまでは、確かに飛び石を渡るみたいに、一個ずつがつながってったんだけど。でも、だから、出てからがしんどかった。

太田:準備がね。

原田:そう。経験とか、たくわえがゼロだから。レコーディングとかライブとか、取材もなんもやったことがないから。ぜんぶ丸見えの状態で、やっていくしかない。

ROY:夢あるなぁ。

太田:すごい話ですよね。

ROY:みんなのあこがれるストーリーじゃん。

原田:エッ(笑)!?

ROY:ロックスターとか、みんなそんなノリじゃないの?

太田:うん。

原田:いやいやいや……。

太田:学校のジャズ科でクラムボンの3人が出会いましたと。で「クラムボンやっていこう!」となって……、

原田:ぜんぜんそんな記念日的なものじゃなかったよ。「今日からバンドでーす」みたいなのもなくて。私に至っては、ジャズピアノがやりたかったのに、いつのまにか歌いだしちゃったわけだから。

太田:じゃあ歌は学校行くまでやらなかったんですか?

原田:やったことない。

ROY:ついてる。なんかが。

原田:取り憑いちゃった(笑)?

太田:3人の出会いが大きかったんだね。1人じゃ絶対それは起きなくて、ミトさんと(伊藤)大助さんがいたからってことだね。

原田:うん、今となっては、そうだよね。その時は3人ともなにも意識してないと思うけどね。偶然が重なったというか。
あ、そうそう。ミトくんのご両親がやってるお店、楽器が揃ってて、演奏できるお店でね。店の営業が終わった夜中の1時とかに入れ替わりで私たちが入り込んで、呑みながらCD聴いたり、楽器触ったりして、昼すぎに家に帰るっていう生活をしばらくやってたんだけど……。そういう環境に恵まれていたっていうのは大きいと思う。あとは、引っ張り上げてくれる人に出逢うっていうか。自分たちは目の前のこと必死でやってるだけなんだけど。そういうことが次につながっていったんだね。

ROY:すごいねそれ。超ファンシー。

原田:ファン……シー(笑)? ROYくん、ときどき面白い言葉つかうよね。えっと、だからね、デビューしてインタビューを受けるようになって、「なんで結成したんですか?」とか「なんでクラムボンって名前にしたんですか?」ってよく聞かれたんだけど。そういう場で初めてメンバーの音楽的なバックボーンとか、子供の頃のことを知ったり。……っていうぐらいお互いのこと、知らなかったから。同じクラスだったけど、すごい仲良かったかっていうと、そうでもなくて。かと言って、悪かったか? っていうと、そうでもないし。

太田:プライベートな話をする以上に、ただセッションを繰り返してたっていう時間が圧倒的に長かったんだね。

原田:うん。ドライブとか(笑)、買い物とか、したことない。

ラップは「誰でもできる」って思ってる

原田:ROYくんの小学生時代はどんなだったんだろう。

太田:おとなしかったんでしょ?

ROY:おとなしすぎずうるさすぎずだと思いますよ。

太田:ニュータウン生まれなんだよね。

ROY:同じ形で同じ間取りの一軒家が7丁目まであって、学校があって公園があってっていう、シムシティみたいなところだよ。

太田:郁子さんの地元は?

原田:私は団地っ子だったよ。親の転勤が多かったからわりと転々としてたんだけど、だいたい団地だったの。
今急に思い出したんだけど、キセルの2人も団地なんだって。それで団地って、声がちっちゃい人が多いかもって話になって。声の大きさって住んでる家の大きさに比例するんじゃないかって。

ROY:すごいそれ。なるほど感ある! 郁ちゃんほんとに喋り声小さいもんね。

原田:団地のサイズ感ってあるじゃない。でっかい音出せないっていう。親が呼ぶ声もすぐ聞こえるから、そんなに声を張る必要がないんだよね。それに対して一軒家とか寺の子供とかは確かに声でかかった! と思って。それをさっき思い出した。

ROY:それはあるよね。環境だもんね。

原田:ね。でもさ、そういう環境の話で言うとさ、「ラップをやろう!」って思うきっかけってなかなかなくない? その、ラップきっかけが聞きたいよ。

ROY:ラップのきっかけ……というかヒップホップを聴き始めたきっかけは家で高校の受験勉強中にラジオ聴いてたの。石田純一の。

原田:石田純一!?

ROY:たまたまね。そしたらBuddha Brandが流れてきて「すげえ! かっこいい!」ってなっちゃったの。当時はブラック・コンテンポラリーなものってちょっとしゃれてたときだったっぽくて、とんねるずがブラザー・コーン(バブルガム・ブラザーズ)とかをTV番組に呼んだりしてたのね。そういうのをうっすら観て、なんだろうなコレって思ってて。その前段階があって、ラジオ で日本のラップが流れて「俺が気になってたのはこれなんだ」ってすぐCD屋行って買った。

太田:で、ラップ始めたのは大学からなんでしょ?

ROY:そう。最初はただのファン。

原田:そっかー。軽音部に入ってとりあえずバンド組んでみるっていうのとは、そもそも違そうだね。

ROY:違うね。そういうのは一切なかった。そもそもバンドしてる友達も周りに全然いなかった。世代的なものかなぁ……。

原田:「ラップやりたい」ってなったとしても、「さてどうやって?」って、わかんなくない?

ROY:レコードとかには必ずB面にインストゥルメンタルが入ってるのね。映像作品とか見てると、みんなそういうのに適当にラップとかしてるの。だからヒップホップはこういう感じでいいんだなって思った。だってBPM70~130ぐらいの4拍子進行の音楽にリズミカルに喋るだけだし……。究極的にいうと。

太田:あと仙台ってヒップホップに結構強いんですよ。もともとクラブもちょこちょこあったし。

ROY:高校生がクラブを借り切って「パーティ」って呼ばれるものを自主的にやって、自分達でDJしてパーティ券を売りさばくっていう文化があったんだよ。

原田:へー。おもしろいなー。そもそもがやっぱりだいぶ違うね。

ROY:うん。全然違うと思う。まずはレコードを沢山買ってきて、それでDJしてみたり、インストゥルメンタルにラップ乗せてみたりするの。誰でもできるって最初から思ってて、始める感じかな。

原田:で……できないから。

ROY:だって超簡単じゃん。「超! 簡単/YO! っていやラッパー!」(笑)。みたいな。そんなもんだよ。韻踏んでリズミカルに話すの。元々はトラックもサンプリングして作っちゃったりしてたような音楽だし……。ヒップホップって概念の根本には「便利なものは全部つかっちゃえー!」っていうのが強くあるのね。例えば、レコードプレイヤーとかさ、要は再生機、それがあるから、演奏はこれでいいや、その上で歌っちゃえー!ってなるんだよね。そこスタートでみんなで掘り下げていく感じなんだよね。だから20歳ではじめた時は誰でもできる! って思ってたし、誰よりも上手いってすごく勘違いしてたよ(笑)。

原田:でもさ……いざやると決めたとしてだよ。1人で人前に出て行くのって、すごいよね。私は、楽器があるからなんとか手持ち無沙汰じゃないぐらいの感じなのに、何もなくマイクだけとか、すごい怖い。

ROY:太田さんはさ、写真を撮ろうとか、写真家になってやろうって思った時ってどんなテンションだったの?俺みたいに「誰でもできるだろ」みたいに思ったりしたの(笑)?

太田:自分がまずしたいことより、できることを伸ばしていこうと思ってた。
スポーツも勉強も人付き合いも苦手で、中学も高校も専門も何やってもうまくいかなくて……。人に少しだけど、初めて褒められたのが写真だったから、写真だけに集中して行くしかなかったんだよね。最後の手段の写真でダメだったら俺はダメなんだろうぐらい思ってた。

ROY:なるほどね。それ、俺もこの前思ったよ。小学生の時、通信簿に「創意工夫が得意ですね」みたいに書かれたこととかいまだに覚えてるもん。なんかそういうので、俺なにか作るのが得意なのかなーとか思ったもんなぁ。褒められるのって大事だね(笑)。

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高校時代、チャリンコで夜な夜な音楽を聴きにいった

ROY:むしろ楽器できないからしょうがないっすもん。いまのところはやる気もあんまり起きない……。
郁ちゃんジャズ科じゃん?なんでジャズだったの?

原田:うーーんと、転勤が……

ROY:そこで転勤(笑)? 関係あるんだ!?

原田:ある!かな? 転校生って、すごいモテるかすごいいじめられるかどっちか、みたいなところがあるんだけど。わたしは、なんかもう、途中からすっかりやさぐれてて(笑)、小6から一気に思春期に突入してしまうんだね。全部に対して心を閉じるっていうか。でも、そこから、ずーっと音楽を聴いてたよ。高校に入ってからは、ROYくんたちの言ってたパーティとは意味が違うんだけど、ジャンルが一緒くたになったようなイベントが地元のクラブにもあったから、そこにチャリンコで夜な夜な通って。でっかいスピーカーの前にいて、1人で踊ってたよ。で次の日、耳鳴りしながら学校行って寝て、また夜になると行くっていう。その頃に、ひとまわりくらい上の人たちにとにかくいっぱい音楽教えてもらって。50年代〜70年代ぐらいのブラックミュージックとか。

太田:じゃあ、ジャズが好きでジャズばかり聴いてたってわけじゃないんだね?

原田:うん。ジャズだけってことはなかったよ。ビル・エヴァンスとか、まだよくわかんなかったんだよね。セロニアス・モンクは、「なんだこれ!」とおもって、ものすごい聴いてた。10代の頃は、あの人がアイドルだったから。

ROY:むっちゃ変な子じゃん。

原田:(笑)そう?……そりゃあ、友達いるわけないか。

ROY:マセてる。

原田:あの自由さに、救われた。

太田:反抗期にドンズバだったんだね(笑)。

ROY:それでそれで?

原田:クラシックピアノはすっかりやめちゃってたんだけど、一緒にバンドを組めるような人にも会えなかったから、1人でまたピアノ弾きはじめて。コードっていう響きのなかでは、好きに弾けるんだってわかってきたり。で、だんだんニーナ・シモン、トム・ウェイツ、ロバータ・フラック、ダニー・ハザウェイとか、鍵盤弾きながら歌う人を好きになって。なんかさ、歌ってる人が弾くピアノって、余計なことしなくていいなと思ったの。
ROYくんはひとりでステージに立ってるけど、ヒップホップの人同士で交流とかあるの?

ROY:少ないかなぁ。俺、たぶんバグみたいな存在なんだと思うよ。でなきゃ郁ちゃんとも会ってない気がする。

原田:んー、そうか。でも、どこにも属してない人の方が、観てておもしろい。

ROY:うん。そう思う。だからこうなってるんだと思う(笑)。

劇場とか能楽堂とか酒蔵とかを会場にしたツアーをやってる

太田:うん。……やっぱりイベント、フェスやりたいな。

原田:太田フェス? やろうよ。

太田:やります(笑)。ところで、クラムボンは屋外と屋内でセッティング変わります? 気分的なものでも。

原田:うん。外は天気とか時間の影響をもろに受けるから。例えば日比谷の野音でやらせてもらったときは、昼間、夕方、夜って3つに分け て、その時間帯に合いそうな曲を多めに準備しておいて。ステージ上で 「次どの曲にしようか」って決めていくっていうのを、やったり。

太田:季節感とか気温とかすべて考えて?

原田:うん。そう。

ROY:国技館は土俵の上でやったの?

原田:うん。土俵はないんだけどね。いつも土俵のある場所にステージを組んだよ。超センターステージ!

ROY:めっちゃいいなぁ。俺も岐阜の能楽堂でやったことあるけど凄く楽しかったなー。気持ち良かったもん。

原田:そういうツアーやってるの、今。ライブやる場所じゃない、劇場とか酒蔵とか、それこそ能楽堂とか、そういうところは音がいいんだよね。

ROY:いいなー。そういう普段、音楽を鳴らす場として使われていない場所ってさ、環境を構築していくこと自体がトライアルになるでしょ?それが凄く素敵だなって思うのね。それはさ、結果として、やっぱり、ライブハウスとは全然違う音になるし、空間的にも当然ちがう場所だから雰囲気もオンリーワンになってくるでしょ。特別感が増すよね。そもそもどうしてそんなツアーをしてみようってなったの?

原田:うーんとね、バンドで、いろんな町でライブするにはどうしたらいいか?
しかもおもしろい場所で!っていうのが、そもそもの発想で。メンバー、最小限のスタッフ、楽器、サウンドシステムをワゴン車に乗っけて、車一台でまわれるようにして。ライブハウスじゃなくても、電気さえあればどんなとこでもライブできちゃうシステムを、自分たちでつくったの。それで、お客さんたちから「あなたがクラムボンを観るならどこがいいですか?」って地元のおもしろい場所を募集して、そこに出かけていくっていう。そういうツアーを、今ちょうどやって
るの。
ROYくんは? ライブは1人でやることが多い?

ROY:バンドもあるけど、基本1人が多いよ。CDJ触りながら。

太田:曲が終わるたびにCDJに走ってくよね。

原田:(笑)おもしろい。1人で動けるならフットワーク軽いよね。スタッフの人は? 「今日はどうだった?」って聞ける人。

ROY:太田さんは写真で記録してくれたり、感想とかも言ってくれる。広告とか撮ってる時のような視座と、エッジな音楽モノを撮ってる時の視座があるから、大切にしてるよ。

原田:もともと書いてた言葉を変えたことある? ちょっとずつとか。

ROY:ないけど、やりたいよね。最近、太田さんに言われて、そう思ってたところ。

太田:クラムボンは年齢とともに曲が変わっていってる。ROYくんはラッパーだし歌詞が変わってくっていうのはいいと思う。昔の曲ですごくいいのがあるけど今はできないっていうのがあるもんね。もったいないから。

原田:おー、すごいね。アドバイス!

ROY:すごいよね。

太田:生意気なだけですよ!

原田:でも、新しいことやれ! って言われるのっていいよね。ビシビシ来るね。

太田:(笑)。今日は色々話せたね。「えん。」の話もできたし、ROYくんの話も。

原田:うん。楽器をやる人とやらない人の違いもすごいおもしろかったね。

ROY:うん。違うからおもしろいよね。

後記

対談でも触れていますが、僕はラップなんて誰でも出来るはず!
と、思って始めました。
だから郁ちゃんのように楽器の演奏から入った人に、「自分にはできない」と言われるといつも意外に感じます。
特に演奏が主体の人には頻繁に言われています。

僕の場合「楽器は演奏のルールや知識を覚えるのが大変。ラップは、声を出せれば誰でもできちゃう。」と考えています。
一方で郁ちゃんは「ラップはルールが曖昧、やり方が分かんない。楽器にはルールがあるので、方法を理解して深めていける。」と考えている。

この対比から、それぞれの音楽に対する考え方、取り組み方は違うのだとよくわかりました。
だけど、考え方が違うのに「音楽」に向かっているという点では同じだと言えます。
もっと言うと、違うことを考えているのに同じ所に行こうとしている。

それを踏まえると
太田さんだって、当然、音楽家とは違った考え方、取り組み方なのだけど、向かっている先を「表現」とした時にはまったく同じ方向を向いていると言うことができます。
それって同じ「えん。」の中にいるってことだなぁと思いました。
だからこそ、こうして、会って、楽しくお話しができる気がします。
すげーな。と思います。

そろそろ楽器を覚える努力をしたほうがいいのかなぁ……。
とか、すっごく少しだけ思っております。
そのほうがラップが上手くなる気がする今日この頃です。

太田好治

1980年宮城県生。日本映画学校卒業後、代官山スタジオを経て2005年独立。
2011年太田好治写真事務所設立。主に音楽媒体、映画、ファッション、広告等で活躍中。
2013年クラムボンのドキュメンタリーフィルム『えん。~Live document of clammbon~』の監督を務める。

http://www.yoshiharuota.com/

原田郁子(はらだ・いくこ)

1975 年 福岡生まれ。1995年「クラムボン」を結成。歌と鍵盤を担当。独自のスタンスで精力的に音楽活動をつづける。バンド活動と並行して、さまざまなミュージ シャンとレコーディングやライブで共演。ソロ活動も行なう。2004年『ピアノ』、2008年『気配と余韻』、『ケモノと魔法』、『銀河』のソロアルバム を発表。2010年5月吉祥寺に多目的スペース「キチム」をオープンさせ、飲食とともにライブやイベントを行なう場所をつくる。
今年はクラムボンのカヴァーアルバム「LOVER ALBUM 2」とドキュメントDVD「えん。」が発売。車1台で全国駆け巡るロングツアー「ドコガイイデスカツアー」の真っ最中。

http://www.clammbon.com/

環ROY

環ROY

ラッパー。宮城県出身。主に音楽作品の制作とパフォーマンスを行う。これまでに最新作『ラッキー』を含む4枚のフルアルバムを発表。第17回文化庁メディア芸術祭推薦作品『ワンダフル』(MV)を発表。国内外の様々な大型音楽イベントへ出演。



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