第25回:西川進インタビュー(前編)〜やっぱり、鼻歌で歌うしかないですね

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2015/04/03

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今回のゲストは、ギタリスト/作編曲家/サウンドプロデューサーとして活躍中の西川進さん。ロックでギターな匂いがたっぷりの、インタビュー前編をお届けいたします。

サポートギタリストとして幅広いアーティストを支える一方、アレンジャー/サウンドプロデューサーとしても活躍、作曲家としても数々の名曲を生み出している西川進さん。ソロやバンドでのアーティスト活動も旺盛に続けているだけに、モッズマナーのファッションや赤い髪など、確立されたセルフブランディングも特徴的だ。そんな西川さんの主に作曲面にフォーカスして、楽曲が生まれた背景を伺っていこう。

なおこのインタビューは、ミューズ音楽院で行なわれている無料セミナーシリーズ“作曲家リレートークvol.9”の模様を再構成したものです(イベント開催日:2014年7月19日)。

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「消せない罪」のデモはアコギ1本で

山口 西川さんは1986年にバンドSCOOPでメジャーデビュー、90年ごろからはスタジオミュージシャンとしてさまざまなアーティストをバックアップして、その後は作曲家やプロデューサーとして数々の名曲を世に送り出しています。また、ご自身のアーティスト活動も並行して行なわれています。“感情直結型ギタリスト”というのは、いつごろから言われるようになったんですか?

西川 自分で勝手に言っているだけなのですが(笑)、多分7〜8年前くらいですね。

山口 そうなんですね。今日は、キャリアの中でもエポックになった曲にまつわるエピソードを伺っていけたらと思います。もちろん西川さんはいろいろな曲をお書きですが、やっぱりギターの存在感がある曲が多いなぁと、あらためて思っているのですが。

西川 アレンジやプロデュース込みの楽曲提供だと、自分の持ち味を活かすためにも、自然にそうなりますよね。

山口 1曲目に挙げていただいた、アニメ「鋼の錬金術師」のED、北出菜奈さんの「消せない罪」(2003年)もまさにそんな曲ですね。歪んだギターの存在感があって、西川さんらしさになっている。

西川 懐かしいですね。彼女のデビュー作ということで、自分の楽曲とプロデュースという形でやらせていただいた曲です。後からビッグタイアップが付いて、ラッキーだったなっていう感じですね(笑)。

山口 曲作りはどのようにされたんですか?

西川 この時代はアコギ1本で作って、後からデモを作るという感じでしたね。最近はメロディをピアノかなんかで付けていって、そこにオケを乗せていくことが多いんですけど、当時は鼻歌でメロディを歌って録音して、そこにドラムなんかを順番に入れていくという割とスタンダードな作り方だったと思います。

実質的には10分くらいで作曲

山口 続いて挙げていただいた「Rocketman」(KinKi Kids/1999年)も、ギターがフィーチャーされた曲ですよね。

西川 でも、この曲では楽曲提供だけでアレンジをしていなくて、ギターは弾いてないんです(笑)。“パンクの曲”みたいなリクエストだったので、テンポも30くらい速かったんですけど、出来上がりを聴いてみたらちゃんとJ-POPに仕上がっていた! という。ちょっとびっくりしたんですけど、素晴らしいですよね。

山口 一度聴いただけでつかまれてしまうサビが、素晴らしいですね。

西川 いまだにライブでは使っていただいているみたいで、うれしい限りです。

山口 “サビのつかみがすごい”というのも、西川さんの曲の大きな特徴だと思います。曲はこういうふうに作る、という独自のやり方みたいなものをお持ちなのでしょうか?

西川 やっぱり、鼻歌で歌うしかないですね。だから全然下手なんですけど、自分で鼻歌を歌って作っています。アコギの時もあればエレキの時もありますけど、だいたい、アコギで作り始めて、ちょっと行き詰ってきたらエレキに持ち替えるというパターンですね(笑)。

山口 テンションを上げるためにドーピングする(笑)。

西川 そうですね。それもちょっと飽きてきたら、ピアノとかキーボードに移ったりして。でも、「やっぱりギターだ!」と思って戻る、みたいな感じです。あとは30分くらい寝たりして、そんな感じでウダウダしながら作っています。かかった時間が仮に5時間だとしたら、曲を作っているのは実質的には10分くらいだと思うんですよ(笑)。そのほかの4時間50分は、ウダウダしている(笑)。「できないな〜」なんて言いながらね。

アーティストとのコーライティング

山口 いかにもクリエイターなお話ですね。では続いて挙げていただいたのが、「end=START」(misono/2009年)ということですが?

西川 これは自分のプロデュース、アレンジ、楽曲提供でした。最初はJ-POP的なアレンジだったんですけど、スタジオで180度ひっくり返って、イントロのフレーズから作り直した覚えがあります。風邪を引いていて、超フラフラだったんですけどね(笑)。でも、結果的にはかっこよくなりました。

山口 作り直してああなったんですね。でも、曲のアレンジの顔つきが完全にギターが主役で、とても西川さんの匂いがしますよね。サビの入り方にしても、西川印を感じます。その一方で西川さんは、「サイン」(アンジェラ・アキ/2010年)のような曲も挙げてらっしゃいますね。

西川 これは共作になります。アンジェラさんのスタジオにお伺いして、2人で5曲くらい作った内の1曲ですね。

山口 アーティストとのコーライティング(共作)ですね。実際の作業は、どのような感じで進めたのですか?

西川 私がギターを弾いて、「こんなコード進行はどうですか?」「Bメロはこんな感じでどうですか?」って提案したりして、それにアンジェラさんが乗って歌ったり、「ここはもうちょっとこんなメロディなんじゃないか」とか、話し合いながら作った感じですね。大変だったのは、当時アンジェラさんのスタジオにLogic Proが入ったばっかりで、僕はPro Tools使いなので、Logicが全然分からなかったんです(笑)。でも、2人での作業だから自分で何とかするしかなくて、Logicの解説書を買って頑張った覚えがあります。

山口 彼女と共作をするようになったのは、どういう流れからですか?

西川 ライブバンドのサポートをさせていただいていた関係で、「じゃあ、ちょっと2人で曲を作ろうよ」みたいな感じになったんです。

山口 アンジェラ・アキのピアノ弾きらしいイメージもありつつ、ギターで作った曲というニュアンスもあって、とても良い曲ですよね。これはアレンジ面だけではなく、メロディの出来方自体に、とてもギタリスト的な匂いを感じる部分があります。

西川 実はアンジェラさんは、意外とロックが好きなんですよ。アッパーで、どっちかと言えばパンクな人っていうか(笑)。だから、そういうところが出ている曲かもしれないですね。

ビートルズの聖地巡り

山口 続いての曲は、「ふわり」(CHAGE/2010年)ですね。

西川 この辺から、鼻歌ではなく、きっちりピアノで旋律を考えていく時代に入っていますね。もちろん、今までちゃんと作っていないわけではないんですけど、もうちょっとちゃんと作ろうっていうか。

山口 これはアレンジも西川さんですか?

西川 プロデューサーの方と、コード進行なんかもディスカッションしながら作っていきました。特にBメロなんかは当初のコード進行から結構変わっていて、でもそれが良かったので、「さすがプロデューサーだな」と思いました。しかもその方には、「今まで作った中で3本指に入るくらいの出来上がりだな」と言われたので、会心の作だったかなって。

山口 確かに、シンプルなようでいて実は……という、1960年代のブリティッシュロックの構築美が感じられる曲ですよね。CHAGEさんが歌うと、曲の顔つきはちゃんとしたポップスに聴こえるけど、よく聴くと、ロックバンドが作ったすごく偏差値の高いアルバムの中の1曲みたいなところがあります。

西川 歌詞はCHAGEさんなんですけど、聴いているとちょっと泣けてくるんですよね。そういう意味でも、全体的に良い作品になったなって感じがします。

山口 ちなみに事前のアンケートでは、影響を受けたアーティストとしてビートルズを挙げられています。しかも“自慢”として、“アビーロードスタジオでレコーディングをしたことがあります”というのと、“ビートルズゆかりの地を巡るマジカルミステリーツアーに参加したことがあります”と書かれていたのが面白かったです。

西川 これは一生の自慢だと思っています(笑)。アビーロードには大森洋平くんのレコーディングで行ったのですが、イギリスの著名人にもいっぱい出会いましたし(笑)、何より食堂のおばちゃんがすごく優しくて良かったです。スタジオでも“このピアノで録りました”っていう実物を見させてもらったりして……。何て言ったらいいか分からないですけど、感無量でした。

山口 横断歩道で写真は撮りました?

西川 もちろん撮りました(笑)。あれは絶対に撮らないとダメですよ。

山口 当然ですよね。僕も撮りました(笑)。もう1つの“マジカルミステリーツアー”というのは?

西川 リバプールの、ビートルズゆかりの地を巡るツアーです。それでメンバーそれぞれが生まれた家とか、彼らが出演していたライブハウスとかを訪れたんですけど、そこに行って初めてパズルが解けた感じがしたんです。生まれた場所や、空気とか景色を初めて見て感じて、音楽と景色と空気がピッタリ合ったんです。「ここで生まれて育ったから、あのメロディが出てきたんだな」って。それが感動的で、行ってよかったなと思いました。

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ピート・タウンゼンドの精神だけをもらった

山口 では、エポックになった曲の最後になります。「さよなら 私の夏」(平原綾香/2008年)ということですが?

西川 これはかなり作り込んだ曲ですね。やはり鼻歌ではなくピアノでメロディを作りましたが、5回くらいは作り直したんじゃないでしょうか。最初に出したものが、プロデューサーさんに「良い曲なんだけど、節々のメロディラインがちょっと今までにありがちな感じがする」と言われてしまったんです。流れで作るクセがあるので、「流れは置いておいて、メロディを作り込んでみてくれないか」ということで。それで部分的にメロディを作り変えていって、特にAメロとBメロのお尻の部分、解決するところは結構考え直しました。

山口 アレンジも西川さんですか?

西川 そうですね。少しノリの良い感じを狙って、でもそこまでノリノリではないという感じです。

山口 作られる曲も幅広いですし、西川さんはギターワークも多彩です。ただ、西川さんらしさの芯みたいなものも感じられる。ギタリストとしては、どんな人に影響を受けています?

西川 ギタリストだと、やっぱりピート・タウンゼンドかなと思います。ただ、自分自身でTHE WHOを研究したことはそんなに無くて。ちょっとだけ研究はしたけど、深くは研究していないんです。こんなことを言うと怒られるかもしれないんですけど、後々ピート・タウンゼンドのプレイを聴いて、「あ、なんか俺っぽいな」って思ったりして(笑)。もちろん、逆なんですけどね。

山口 面白いですね。

西川 プレイ全部ではなく、その精神だけもらったというか。そして自分のプレイが、こうなっていったという気がします。ギタリストで思い付くのは、ジョン・スクワイアさんとかいろんな方がいますけど、一番影響されているのはやっぱりピート・タウンゼンドかな。

(後編に続きます)

POSTSCRIPT by 山口哲一

西川進さんといえば、何と言っても、ギタリストのイメージが強いですね。ステージングが目を惹くこともあって、数々の有名アーティストのサポートメンバーとしての活躍が思い浮かびます。

今回、初めてゆっくりお話を伺ってみると、作曲家、サウンドプロデューサーとしての実績も輝かしいこともよく分かります。ポピュラリティと西川さんらしさが同居しているところが、流石ですね。

長いキャリアをお持ちで、“先生”然としていても、おかしくないのに、ギターヒーローであり続けている姿が、同世代として心の底からカッコ良いと思います。70歳まで赤毛を続けてほしいです。

西川進(にしかわ・すすむ)

『誕生日』 7月9日

『出身地』 滋賀県近江八幡市

「感情直結型ギタリスト」の名の元、 独創的かつ存在感のあるギタープレイで 「西川進」という独自のジャンルを築き上げている。 作曲・編曲・サウンドプロデュースにも高い評価があり、 レコーディングやライブともに 各方面から常に絶大なる支持を受けている。

バンドやソロ活動、さらには新人の才能育成にも精力的で 次世代からの注目度も高い。

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964 年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』(経産省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。 SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。音楽ビジネスの再構築を目指す「ニューミドルマン養成講座」や、エンタメ系スタートアップ向けアワード「Start Me Up Awards」をオーガナイズするなど、音楽とITの連携について積極的に活動している。

著書に、『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)、『世界を変える80年代生まれの起業家』(スペースシャワーブックス)などがある。最新刊は、『DAWで曲を作る時にプロが実際に行なっていること』(小社刊)。

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

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