第19回:nishi-kenインタビュー(前編)〜2006〜2007年辺りから、アニソンがスタンディングポジションをコロっと変えた気がする

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2014/10/21

プロのクリエイターに創作の秘密を伺っているこの連載、今回はnishi-kenさんの登場です。ケツメイシ、GReeeeN、SCANDAL、中川翔子かららき☆すたの「寝・逃・げでリセット!」まで、幅広い作品を語っていただきました。

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インタビュー前半では、nishi-kenさんがプロのキャリアを歩み始めることになったきっかけから始め、エポックになった楽曲についてご紹介いただきます。盟友中田ヤスタカさんとの微笑ましいエピソードも含め、音楽作りを楽しむnishi-kenさんの姿勢が随所から感じられます。

なおこのインタビューは、ミューズ音楽院で行なわれている無料セミナーシリーズ“作曲家リレートークvol.7”の模様を再構成したものです(イベント開催日:2014年3月23日)。

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金沢時代からコンペが決まっていた

山口 サウンドプロデユーサーの浅田祐介さんからnishi-kenさんのお名前はよく伺っていて、周辺情報はよく知っていました。でも、ちゃんとお話をするのは今日が初めてで、とても楽しみにしていました。確か金沢のご出身だったと思いますが、まずは東京に出てこられたきっかけから伺えますか?

nishi-ken はい、金沢ではずっとアマチュアでユニットやバンドをやってました。10代の頃、地元の同世代で同じようなことをやっていた唯一の存在が中田ヤスタカでした。

山口 中田さんとはどういう活動をされていたのですか?

nishi-ken CAPSULEのこしじまさんとヤスタカ、僕が組んでたユニットのボーカルがいて……一緒に野外イベントでのライブやライブハウスでのイベントによく出てましたね。で、それぞれのオリジナルをごっちゃ混ぜにヤスタカが曲を作り直して4人でライブ出たこともあったりとか……いわゆるコライティングみたいな。基本的には個々の活動でしたけど。

山口 既にコライトを実践されていたわけですね。当時、金沢のシーンは熱かったのでしょうか?

nishi-ken 分からないですね(笑)。キーボードとパソコンで音楽を作っているのは、同世代では僕とヤスタカくらいだったと思います。で、ずっとミュージシャンになりたいと思って活動をしていて、普通にバイトをしながら曲作ってたんです。それで、あるとき東京で活動してた先輩から電話が来て、「お前の曲、聴かせてよ」みたいな感じで言われて、曲を渡したら、その方がコンペに出してくれたみたいで。「実は楽曲を集めるコンペという方法があって、お前のデモは評判が良かったら、これからも曲をちょうだい」って。それで、石川県にいるときからデモを送っていたら、4回目くらいの曲がCDになるって言われて……。「あ、これがいわゆる“決まった”ということか。コンペを通ったんだな」と思ったのを覚えていますね。でも、そこからどうすればミュージシャンになれるかは分からなくて、地元にいながらコンペに出すことを続けて、4曲くらい通ったんですかね。

山口 その当時は、どういうところに出していたんですか?

nishi-ken ソニーやランティス、キングですね。椎名へきるさんとか、声優さんの曲が多かったです。で、その辺りから「そろそろ東京来れば?」みたいな話になっていくんですよね。打ち合わせとかも増えてきたので、満を持して出て来た感じです。

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nishi-kenさん(L)、山口哲一さん(R)

ケツメイシとのコライティング

山口 東京に出てこられたのはいつごろですか?

nishi-ken 僕が23歳だったので、今から10年前ですね。

山口 すごいラッキーな形ですよね。普通、コンペはそんなに簡単に勝たないですから。

nishi-ken そうなんですかね。地元にいるころ、僕はコンペがどういうものか全然分かってなかったんで……。どういう人達がどういうふうに楽曲を集めているとか、全く知りませんでした。なんだったら、僕の曲だけその人に聴かせている、くらいのつもりで書いてたんですよね。そうしたら、いろんな人達が募集をかけていて、何十曲、何百曲の中から選ばれる、みたいなわけじゃないですか。で、上京してからもずっとコンペをやり続けていました。

山口 では、nishi-kenさんがかかわられた曲をご紹介いただきつつ、なぜnishi-kenさんがコンペに強いのかも、伺っていけたらと思います。まずはケツメイシの「カリフォルニー」ということですね。

nishi-ken 最近の仕事ということで、「カリフォルニー」を選んでみました。

山口 「カリフォルニー」はどういうかかわり方だったのですか?

nishi-ken クレジット的には作曲・編曲:ケツメイシ、nishi-kenということで、いわゆるコライトですね。

山口 実際の作業はどのような感じでした?

nishi-ken イメージとしては、“海岸沿いで歩きながらPVを録りたい”ということがあって、最初に西海岸のものすごい綺麗な写真が5枚送られてきたんです。「ここ行きてぇ!」っていう写真が5枚(笑)。それを見ながらまずリズムを組んでいったんですけど、どういうトラックが良いかと考えたら、ちょっとエレクトロ調だけど、ケツメイシが持っている温かさを出すために、エレキではなくてアコースティックギターをサンプリングすることにしました。実際演奏したものをテンポチェンジさせて、細かくエディットしたりとか……。だから、ヒューマンでいくと不可能なギターで、そういうギミックをちょっと突っ込んだみたいな感じですね。それに乗っかってRyojiさんがメロを付けていく。

山口 ヒップホップ的なコライトですね。トラックメイカーがいて、歌う人はリリックを書いてサビメロとかも考えて、っていう作り方だった。

nishi-ken そうですね。基本的にトラックがあって、「こういうメロディが良いな」、みたいなことがあって。それに対して、「このメロだったら、ここはもうちょいこうした方が良いんじゃないか?」とか、いろんな意見が入り込んでポピュラリティになっていく感じは、今の時代には合っているのかな、とは思います。

中田ヤスタカとのダブルプロデュース曲「OVER DRIVE」

山口 続いて選んでいただいたのが、GReeeeNの「アナタへの恋文〜ラブレター」です。

nishi-ken これは「恋文〜ラブレター」をリアレンジした曲で、原曲のアプローチを変えたいということだったので、ごっそりオーケストレーションしています。ただ最初は、こんなに素敵な歌詞とメロディだから、そんなに音数は要らないなと思ったんですよね。それでピアノだけにしたかったんですけど、ちょっとストリングスを混ぜてみたら、「あ、こっちもアリだな」って思って。で、最終的にはオーケストレーションなアレンジになった、みたいな感じです。

山口 トラックメイカーという印象が強かったので、こういうアレンジは意外ですね。

nishi-ken 意外に思われるんですけど、僕はこういうバラードがすごい好きなんですよ。まあ、いろんなジャンルを作ったりするので、驚く人が多いですね。自分のことなので、僕的には全然不思議ではないんですけど(笑)。

山口 いろいろなジャンルということだと、SCANDALの「OVER DRIVE」という曲も挙げていただいています。これは、どういうかかわり方だったのですか?

nishi-ken ヤスタカと僕のダブルプロデュースっていう形で作った感じです。ベーシックは基本的にヤスタカが作って、僕がアレンジする流れ。クレジット的には、作詞・作曲:中田ヤスタカ、編曲:nishi-ken、中田ヤスタカですね。

山口 これは、全然CAPSULE感が無いですよね。

nishi-ken CAPSULE感が無いのは、僕がぶっ壊したんですけど(笑)。でも「バンドサウンドにしたい」ってヤスタカが言って、いわゆるガールズポップを単刀直入に目指した結果です。

山口 すごくキャッチーで良い曲ですね。

nishi-ken 「30代になったら一緒に仕事をしよう」ってずっと言ってたんですけど、ちょうどこのタイミングだったんですよ。歌詞を読んでると、僕らの夢もまだまだこれからだよなぁ〜なんて重なったり。結果、SCANDALの持つPOPなモノがすべてを引っ張ってた。

山口 確かにSCANDALの強みって、作り手が自分の思いを託せるアイコンのようなところにあるのかもしれないですね。しかもそのことがSCANDALの価値を下げないし、むしろ上げることになる。彼女たちは、そういう稀有な存在なんだと思います。

後輩に愛されている「寝・逃・げでリセット!」

山口 そして、しょこたん(中川翔子)の「snow tears」。nishi-kenさんは、編曲での参加となっています。

nishi-ken これは、結構思い出深い曲ですね。アニメ『墓場鬼太郎』のEDだったんですけど、その世界観も踏まえつつ、切なさ+力強さって感じで最初にイメージしました。おとなしめのバラードにするのもアリだったんですけど、ドラムの音色を含めベースもギターも、割とハードロックに近い音色にしています。2ミックスだと、ベースとかもちょっと丸めに聞こえるんですけど、実はこれゴリゴリなんですよ。ベースアンプにエデンを使って、ものすごいゴリゴリの音でレコーディングしたりしています。そういう、女の子にロックを歌わせるっていうところにおいて、ものすごくチャレンジをした、僕にとっては初めての曲なんです。

山口 彼女は、本当に歌唱力がありますよね。

nishi-ken 声もストレートで、本当に上手いです。で、この曲が出てから周りの人達の反応が変わったのが目に見えて分かりましたね。やっぱり、僕のことを知ってくれる人が多くなったっていう感じですかね。チャートに入るっていうことのブランド力って、やっぱりあるんだなっていうのを体感した楽曲でもあるので、ちょっと思い出深いです。

山口 そしてもう1曲が、「寝・逃・げでリセット!」。これもアニメ関係で、らき☆すたのキャラクターソングで、やはり編曲でかかわっていらっしゃいます。

nishi-ken この曲はなんて言うか……冒険しました(笑)。

山口 芸域が幅広いですよね。

nishi-ken キラキラサウンドにハマっていた時期がありまして、まさにそれをドンピシャで当てた曲というか……。この曲でうれしいのが、クリエイターやってる後輩やアニソン好きなミュージシャン達が、みんな知ってるんですよ。kz(livetune)なんかは「これはアンセムです」って言ってたり。僕らの世代って、アニソンというものに抵抗があった世代のはずなんですよ。それが、下の世代になると、アニソンが当たり前だという世代になっている。だから2006〜2007年辺りから、アニソンがスタンディングポジションをコロっと変えた気がするというか……。

山口 確かに、ある時期まではアニソンとビジュアル系というのは差別用語的な響きがありました。ちょっとクオリティが低くて、一般的ではないもの、というか……。それが引っくり返って、いまはメインストリームになっている。ただ僕からすると、アニソンに対する特別な意識が、nishi-ken世代だとまだあったんだというのが、意外でした。

(後編に続きます)

POSTSCRIPT by 山口哲一

飲み会でお会いしたことはあったけれど、きちんとお話ししたのは初めてでした。新世代の旗手という印象のnishi-kenさんだけれど、話を伺っていると、新旧世代の架け橋の役割を担っていることが分かりました。日本の音楽シーンにおいて、貴重な存在です。

アーティストとコライト的な作品の作り方をしていたり、音楽性やジャンルの幅の広さなど、柔軟で才能豊かな音楽家ですね。

今後の活躍に期待したいです。

nishi-ken(にし・けん)

石川県金沢市出身。

GReeeeN、 ケツメイシ、TEMPURA KIDZ、中川翔子、武藤彩未など数多くのアーティストの楽曲提供・サウンドプロデュースを手掛ける他、小室哲哉のリミックスアルバムへの参加や、中田ヤスタカと共同プロデュースでSCANDALのシングルを手掛けるなど、幅広く活躍している。

2014年全世界公開の映画『アップルシード・アルファ』では国内外アーティストが参加するオリジナルサウンドトラックにアーティストとして参加。活動の幅を世界へと広げている。

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964 年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』(経産省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。 SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。音楽ビジネスの再構築を目指す「ニューミドルマン養成講座」や、エンタメ系スタートアップ向けアワード「Start Me Up Awards」をオーガナイズするなど、音楽とITの連携について積極的に活動している。

著書に、『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)、『世界を変える80年代生まれの起業家』(スペースシャワーブックス)などがある。最新刊は、『DAWで曲を作る時にプロが実際に行なっていること』(小社刊)。

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

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