第17回:鎌田雅人インタビュー(前編)〜自分が聴いてきたものの中にヒントがある

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2014/10/11

プロの作曲家に制作の実際を伺っているこの連載、今回はhitomi「LOVE2000」でレコード大賞優秀作品賞を獲得した鎌田雅人さんの登場です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

鎌田雅人氏(L)、山口哲一氏(R)

作曲家、編曲家、プロデューサー、キーボーディストの鎌田さんは、ポップスの領域だけではなく、舞台や映画の音楽も手がけ、幅広いフィールドで活躍中です。そんな中から前編では、作家としてデビューした経緯や、初作品となった「LOVE2000」のお話を中心に伺っていきましょう。

なおこのインタビューは、ミューズ音楽院で行なわれている無料セミナーシリーズ“作曲家リレートークvol.6”の模様を再構成したものです(イベント開催日:2014年2月15日)。

山口ゼミ7期生募集中!

最初の目標はバンドでのメジャーデビュー

山口 鎌田さんとは音楽のお話をするのは初めてなので、とても楽しみです。よろしくお願いします。最初にお会いしたのは、たぶんカレー屋さんだったと思うんですけど(笑)。

鎌田 激辛のカレーを食べるっていうクリエイターの集まりがあって、そこでお会いしたのが最初でした。

山口 あらためてプロフィールを拝見すると、尚美の作曲学部のご出身なんですね。

鎌田 水道橋にある学校で、いまなんていう名前でしたっけ?

山口 尚美ミュージックカレッジですね。

鎌田 そこの作曲学部でジャズの理論や編曲を学んで、週に1回レッスンの先生に曲を聴いてもらって、毎回ケチョンケチョンに言われて落ち込んで帰る、ということを20年前にやっていました。

山口 音楽業界の仕事をするようになったのは、卒業してからですか?

鎌田 ええ。実は僕は、学校に6年行ってたんですね。でも、別に留年してたわけじゃなくて(笑)、3段階になっている2年のコースを最後まで受けたんです。一番上はディプロマコースっていう、現代音楽しかやらないようなところで、そこを卒業してから試しにジャニーズのバックバンドオーディションをキーボードで受けました。そうしたら、家に帰ったら留守電に、「良かったらツアーを一緒に回ってください」っていううれしいメッセージが残っていて。それが最初の仕事でしたね。

山口 バンドでの活動は並行してされていた?

鎌田 並行してやっていました。自分の目標としては、まずは作曲家として活動する前にバンドでメジャーデビューして、お金持ちになりたかったんです(笑)。それでwaterでデビューしたのが1998年で、この年はデビューしたアーティスト数が一番多いんじゃないかというときじゃないですかね。

山口 CDの売上げがピークの年でもあります。でも、そこから「LOVE 2000」までは2年しかないですから、すぐに作家デビューしたということになりますね。

2回作り直した「LOVE2000」

鎌田 waterは東芝EMIからデビューしたんですけど、実はアマチュア時代にwaterをエイベックスのディレクターが気に入ってくれてよく観に来てくれてました。だからエイベックスの担当者が、僕らのデビュー後にもライブに来てくれていたりして。それで、「曲が余ってるんだったらくれよ」みたいな感じもあったんです。当時はちょうど、バンドも売れないから東芝との契約が切れるタイミングで、新曲がもったいないということで、マネージャーがエイベックスに持って行って。それで2曲決まったのかな?

山口 じゃあ、「LOVE 2000」はもともとはwater用に書いていた曲ということですね。

鎌田 そうですね。元の曲名は「春はどこから」で、僕の作詞・作曲です。ただwater版は、「サビは良いから、それ以外は書き直すように」ということで、書き直しを迫られるわけです。

山口 「春はどこから」は、どういう狙いで作った曲だったんですか?

鎌田 当時、大槻真希(現:大槻マキ)ちゃんが森純太さんプロデュースでデビューして、その作品を聴かせてもらったら、アップテンポでメロディが朗々としているのがかっこよかったんですね。それで、ちょっと影響されて作った曲です(笑)。でも、ライブで演奏したら評判も良くて、テレビ関係者の方には「この曲を次のシングルにするべきだ。このサビは絶対良いから」って言われてたんですけど、「いや、俺たちにはもっとやりたい音楽がある」とか、そんなことを言っていた(笑)。

山口 それは他のメンバーが?

鎌田 僕も含めてですね。それでこの曲はシングルになることは無く、後でエイベックスに持って行かれたという……。

山口 結果的には良かったとも言えますね。

鎌田 本当にそう思います。で、エイベックスの担当者には、「Aメロを暗くしてくれ」と言われて、「じゃあマイナーかな?」ということで作り直しました。そうしたら今度は、「暗すぎる。最初の楽しい感じが無いじゃないか」と怒られてしまったんです(笑)。それでまた作り直して、ようやく完成したのが「LOVE2000」という曲なんです。書き直しのオーダーは何度も来ましたけど、くじけずやってよかったなって思いますね。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

鍵盤で実演しながら解説をする鎌田氏。なんとも貴重な体験だ

カセットMTRで作った「LOVE2000」のデモ

山口 作曲家としては、「LOVE2000」が最初の曲になるわけですか?

鎌田 そうですね。

山口 それでいきなりヒット曲というのは、素晴らしいですね。ただ、クライアントのオーダーで作り直しをするというのは、アーティスト時代には無かった経験だと思いますが、いかがでした?

鎌田 不評だったところをはっきり覚えているので、根に持っているんだと思います(笑)。ただ、1回目の直しでサビ手前のメロディが生まれたりしているので、無駄ではなかったんですよ。ちなみに、サビで好きなのはコードがFでメロディがB音の部分で、「あーいーはーーどーーこーかーらー」の「こー」のときですね。この♯11thの音が好きでしょっちゅう使うんですけど、実はこれはヘンリー・マンシーニの影響です。「ムーンリバー」とか、まさにそうなんですけど。

山口 それは面白い。

鎌田 パクッたわけじゃないですけど、自分が聴いてきたものの中にヒントがあるということで、音楽は面白いなって思います。あと、waterのラストシングル「インテリアくらげ」は「LOVE2000」の元曲と同時期に作った曲なんですけど、これにも♯11thの音が出てくる。

山口 「春はどこから」に勝った曲が、「インテリアくらげ」というわけですね。

鎌田 そうなりますね。

山口 ちなみに当時は、どういう環境でデモを作っていたんですか?

鎌田 カセットMTRと、ROLAND SoundCanvas、OPCODE Visionみたいな感じだったと思います。4トラックしか無いから、ピンポンしながら作っていました。

山口 waterの曲も、ご自分でアレンジしてしまっていた?

鎌田 ある程度音を作って、その上で歌詞を考えたりしてたので、デモは作っていましたね。ただ作り過ぎちゃうと、バンドの場合は嫌がられちゃうんですよね。

山口 それはそうでしょうね。

鎌田 だから「このフィル、俺がやんなきゃなんないの?」「もっと自由に考えたい」っていうのはあったと思うんですけど。

山口 でもカセットMTRでピンポンしながら、楽器もほとんど自分で演奏していたというのは、なかなか大変でしょう?

鎌田 歌を録るときは、毛布をかぶって歌ったりしていました(笑)。当時はピッチなんか直せないし、アンドゥはできないし、トラック数には限りがあったわけですから、今の制作環境は夢のようですよね。ただ、あのころの“弾けるまで演奏する”っていう感じが、楽器を上手くしていたような気がしますけど。

(後編に続く)

POSTSCRIPT by 山口哲一

鎌田雅人さんは、サウンドプロデューサーの浅田祐介さんの紹介で知り合いました。日本テレビ「歌スタ!!」に「ウタイビトハンター」として出演していたので、観た人は分かるでしょうが、非常に温厚な、気遣いのできる人です。辛いカレーを食べる会や、飲み会でお会いしたことしか無かったので、改めて音楽歴を聞いて、非常に興味深かったです。

自分のバンド「water」の楽曲が、hitomiの「LOVE2000」になったデモの聴き比べは、勉強になりました。

人柄と音楽性を知ることができたので、何かの機会で、一緒にお仕事したいです。そう思わせる人間性がある方でした。

鎌田雅人(かまた・まさと)

1971年茨城県生まれ。尚美学園作曲科卒業。在学中より日本財団より「笹川作曲賞」などを受賞。卒業後は、ツアーミュージシャンとして、近藤真彦、諸星和己などをサポート。1998年waterのキーボーディストとして東芝EMIよりメジャーデビュー。2000年、hitomiに提供した「LOVE2000」で日本レコード大賞優秀作品作曲賞を受賞。

2006年より日本テレビ系オーディション番組「歌スタ!!」にウタイビトハンターとして4年間出演。
最近はアレンジャーとして、高見沢俊彦、藍井エイル、芦田愛菜、THE ALFEE、初田悦子、たんこぶちん、水戸ご当地アイドル(仮)を手がけた。

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964 年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』(経産省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。 SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。音楽ビジネスの再構築を目指す「ニューミドルマン養成講座」や、エンタメ系スタートアップ向けアワード「Start Me Up Awards」をオーガナイズするなど、音楽とITの連携について積極的に活動している。

著書に、『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)、『世界を変える80年代生まれの起業家』(スペースシャワーブックス)などがある。最新刊は、『DAWで曲を作る時にプロが実際に行なっていること』(小社刊)。

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『エンジニアが教えるボーカル・エフェクト・テクニック99』の詳細はこちら(リットーミュージック)

TUNECORE JAPAN