第13回:corin.インタビュー(前編)〜一番多い時は年間で120〜130曲くらい書いていました

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2014/03/07

プロのクリエイターは、どんなことを考えて日々創作に向かっているのか。今回は、corin.さんにその詳細を明かしていただきました!

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FTISLANDからV6まで、愛内里菜からPASSPO☆まで、幅広いジャンルで作詞・作曲・編曲・サウンドプロデュースを手がけているcorin.さん。かわいらしいお名前に反して、骨太の発言が連発の、刺激的なインタビューとなりました。前編では、作家になられた経緯や、コライト(共作)、コンペについてのお考えを、エポックになった楽曲と絡める形で伺っていきます。なおこのインタビューは、ミューズ音楽院で行なわれている無料セミナーシリーズ“作曲家リレートークvol.5”の模様を再構成したものです(イベント開催日:2013年12月8日)。

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職業作曲家では1曲入魂は難しい

山口 今回は鈴木Daichi秀行さんのご紹介で、corin.さんにお越しいただきました。ちゃんとお話をするのは、実は今日が初めてなのですが、簡単に自己紹介をお願いできますか?

corin. もともとは98年にfish & chipsっていう2人組のユニットでデビューしまして、シングル2枚、ミニアルバムを1枚出して、そこで活動が頓挫してしまって、作家に転向という感じです。大阪のGIZA Studioがアレンジャーを募集していたので、アルバイトみたいに履歴書や自分の音楽歴を書いて、CD-Rと一緒に送ったら、面接もクリアして採用みたいな話になって。ただ、そこで「曲は書かないの?」みたいな話になって、まあ書いてはいなかったんですけど、「いや、書きますよ」っていう強がりで曲も書くようになりました(笑)。そこから毎週、GIZAに何曲か持ち込むということになるんですけど。

山口 僕も山口ゼミでは、「とりあえず100曲書け」って言っています。

corin. 本当に質より量なんですよね。アーティストだったら1曲入魂というのも成立すると思うんですけど、やっぱり職業作曲家はどんなに優れた人でも1曲入魂は難しい。数を書いて、その中で良質なものだけをピックアップしていくっていうスタイルの方が、より成功に近いというか……。僕もGIZAでは自分の楽曲をナンバリングしていましたけど、一番多い時は年間で120〜130曲くらい書いていました。120曲っていうと、3日に1曲くらいのペースになるんですけど、やっぱりなかなか大変でした。まあ1曲とは言っても、いわゆるワンハーフですけどね。

山口 でも、それは相当ですね。ちなみに今は、どれくらいのペースですか?

corin. 今はだいぶペースが落ちていて、年間40〜50曲くらいですね。ただ、僕は作曲を始めたのが27歳なので、スタートが遅いんですよ。もちろんそれまでも音楽活動はしていましたが、曲を本当に作ったのは27歳のとき。で、愛内里菜さんの曲を書いたり、ライブのアレンジをやったりしていて、そこからまた東京に出てくることにしました。

山口 お生まれはどちらなんですか?

corin. 大阪です。だからfish & chipsでメジャーデビューしたころに3年間くらい東京にいて、大阪に戻ってGIZAに入って、再び上京という感じですね。SUPA LOVEという作家事務所と契約して、東京での作家活動を始めていったという形です。でも、そこでも60曲くらい作っては、良いものが採用されていくということで、大阪でも東京でもあんまり変わらず……とにかく作り続けていましたね。

裏方でも、名前を覚えてもらうのは重要

山口 corin.というお名前は、いつからお使いなのですか?

corin. GIZAに入ってからですね。すでにGIZAに小林さんという方がいらして、混乱を防ぐために、後から入った僕がクレジットを考えることになったんです。で、小林の“林”を“リン”と読んで、“コリン”としました。

山口 fish & chipsのときはcorin.じゃなかったんですね。

corin. 本名でした。まあでも当時はクレジットなんて何でも良かったんですけど、今にして「クレジットはすごく大事だな」と思っています。

山口 SEO的にはcorin.はだいぶ良いでしょうね。

corin. 本名の“小林真”だったら、もしかしたらどこかで挫折していたかも、と思うくらいです(笑)。

山口 そこまでですか?

corin. やっぱり、クレジットでイメージしてもらえる部分がすごくあって。なんか、国籍不明みたいな感じがあるじゃないですか? で、今って直接現場に行かないというか……曲だけ渡して、それをアレンジャーさんがアレンジして、世の中に出るっていう感じで、全く誰にも会わずに自分の曲が世の中に出ることが多いんですよ。そういう人達が僕のクレジットを見て、女の人だと思ったりということもあって。それで実際にお会いする機会があったりすると、「ああ、コリンさんって男の人だったんだー」とか、「本名は小林です」ってネタになるので、覚えてもらいやすい。名前を覚えてもらうのは表の芸人さんでも大切ですけど、裏方の世界でも結構重要なんだなって、今は思っています。

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corin.氏(L)と聞き手の山口哲一氏(R)

自信があったFTISLAND「FREEDOM」

山口 では、そんなcorin.さんのエポックになった楽曲を伺っていきたいと思います。まず挙げていただいたのが、FTISLAND「FREEDOM」(2013年)ということで、最近の楽曲ですね。この曲には、作・編曲、プロデュースでかかわられています。

corin. FTISLANDは韓国のバンドで、メジャーデビューの時の曲を書いていて、今もプロデュースまで入ってやっているプロジェクトです。で、作家ってあんまり決定権が無いというか、普通はコンペに出しても、「使いましたよ」みたいな感じで決定が降りてくるだけなんですよ。まあ、乱暴な言い方をすればですけど。

山口 この曲もコンペなんですか?

corin. ええ。僕はプロデュースで入っていますけど、リリースする曲に関しては大体コンペでやっています。ただ、コンペで選ぶのは事務所やメーカーなんです。

山口 プロデューサーで入ることは決まっているけど、コンペの決定権は事務所やメーカーが持っている。そういう仕組みなんですね。

corin. で、この曲はずっと温めていた曲で、自分的にもすごく思い入れもあるし、自信もある曲だったんですね。だから、コンペに出す時に担当ディレクターに、「この曲はいわゆるシングルのA面になるか、アルバムでもリード曲での採用以外だったら採用しないでください」って言って出したんです。そんな話し方をしたのは僕も初めてだったんですけど、それくらいこの曲には“今”が詰まっていると思っていたんですね。FTISLANDにとっても新しいし、日本のミュージックシーンにとってもそうだし、世界のミュージックシーンの中でも最先端を行っているという自信、自負があったんです。で、そういう出し方をしたら、メンバーもすごく気に入ってくれたし、メーカーの方も気に入ってくれて、採用された。今では、ライブでも代表曲というか、盛り上がる曲になって、みんなが喜んでるという曲です。

山口 確かに、かっこいい曲ですよね。

corin. 「僕たちバンドだから」っていう感じで、最初はシンセとか打ち込みが入ることを嫌がっていたんですけど、彼らがそういう新しいことに挑戦するきっかけにもなった曲なので、すごく意義もあったと思います。

欲を出さないのが日本でのコライトのコツ

山口 では続いて、倖田來未×misono「It’s all Love」(2009年)ですね。クレジットは作詞とアディショナルコンポーズとなっています。

corin. この曲のコンペで、僕の曲と前山田(健一)君の曲の2曲が残ったんですね。その当時、僕と前山田君はSUPA LOVEで一緒で。それで、2人で歌うっていうことがあったので、オーダーに合わせていろいろやっていったんですけど、最終的にはラップ部分と歌詞の一部を提供した形です。メインの歌部分は前山田君の曲が使われていて、僕はラップ部分と歌詞がクレジットされている。そういう形もあるんだなっていうのを、勉強しましたね。

山口 corin.さんは共作やコラボレーションに対して、すごく前向きですよね?

corin. あんまり、そこのこだわりが無いというか……。もちろん、1人でできる世界もすごく魅力があると思うんですよ。1人でDTMだけでやってる的な世界は、僕もやっていますし。でも、誰かと関わって、自分の作品を次のステージに上げるというのも楽しくて。とはいえ、腹が立つこともあるんですよ(笑)。例えば自分のメロディを相手に「ここはこうしようよ」と言われて、誰かが「そっちが良いね」って言うことで、変わってしまう。ただ、結果的に出来上がったものを聴くと、「ああ、なるほどな」って納得できることも多い。そうやって誰かと一緒の作業をすると、「ここはこうした方が良かったんだ」とか、「こういうアプローチもあるんだな」って、とても勉強になるんですよね。

山口 大きなコンペに勝つのは今、海外作家のチームだったりするじゃないですか? だからクレジットには、名前がすごいたくさん列挙されていたりする。あのカルチャーが、日本にはまだ根付いていないですよね。山口ゼミではコライトを推奨しているのですが、まだまだ日本はコラボするっていうカルチャーは弱いことが多いかなと思っています。

corin. コライトって、端的に言うとすごく面倒くさいんですよ。権利の問題とかもありますし。ただ、海外のコライトチームはそこが細かくて、1文字言葉が入ればクレジットする、間奏のフェイクを作ったら権利が発生する、そういう取り決めがちゃんと最初になされているんですね。この辺が、日本と海外の考え方の違いかもしれないです。日本の場合はそこが「まぁまぁまぁ」みたいなところで、すごく回っているというか……。ただ、それが良いか悪いかは一概に言えないとも思っていて。僕が個人的に思う日本でコライトするコツは、欲を出さないっていう一点だと思います。

山口 それはお金的なことですか?

corin. お金もそうですけど、分量に関してもそうですね。例えば僕はV6の曲を、「Sexy.Honey.Bunny!」(2011年)からNONA REEVESの西寺郷太君と一緒にやっているのですが、途中からクレジットは作曲:corin.、西寺郷太、作詞:西寺郷太、corin.というような共同クレジットにしています。

山口 レノン&マッカートニーですね。

corin. 作曲で例えば郷太君が一節考えた、僕の作詞のデモがひと言だけ入っている、そういうのでも共同クレジットとしているんですよ。そこでギスギスすると、日本人同士だとうまくいかないんじゃないかな、と思っています。お互い頑張ろうよっていうことで、今回はこうだけど次はああしようとか、日本人的な心を大事にする。それが、日本人同士でコライトする時は重要だなって思いますね。

山口 スタッフの立場からすると、クリエイターが心配しないでコライトできる土俵作りが大事だと思います。確かに最初に「1つしか採用されなくても折半」と決めておけば、気持ち良いですね。

corin. 海外の作家と絡むときは、そこが頭からきっちり整理されているんです。日本人の作家が海外のトラックにメロディを付けるというケースが最近多いですが、「これだけの権利が発生します」という前提条件があるので分かりやすい。最初からそういう約束でやっているので、揉めることもないし。日本の場合は最初から契約書も無いですし、「こういう分担で曲を作りましょう」というお話も無いので、暗黙の了解でやるしかない。そう考えると、誰が仕事してもギャラは3等分だというダチョウ倶楽部さんを見習って(笑)、最初にそういう約束事をしてからコライトに入るのがうまく回すコツかなと思っています。

山口 僕が主宰する“山口ゼミ”でも、受講生にはコライトも取り組むように奨励しているのですが、始める時に“印税は人数で頭割り”と決めるように指導しています。コライトする文化が日本にも広がるとよいですね。

(後編に続く)

POSTSCRIPT by 山口哲一

クレバーな語り口が印象的でした。音楽を生業にすると、自然体で決めていて、当たり前のようにすごい努力をされてきたお話が素敵でした。

作家名をcorin.にしたのが、成功の秘訣だというのは、興味深いお話ですね。クリエイターもセルフブランディングは大切です。特に、近年はクチコミがインターネット上で可視化されている時代ですから、作曲家も裏方であっても、イメージ戦略は必要だと思います。会ったことが無い人に仕事を頼もうと思ったら、まずグーグルで検索するでしょう。自分に関する情報のノイズを減らすという発想も大切ですし、覚えてもらうのは重要ですね。

拙著『職業作曲家への道』に記した“作曲家の心構え”に、今年からは、“セルフブランディング篇”と“次世代篇”という項目を加えて、“山口ゼミ”受講生には伝えることを始めたところです。

corin.(こりん)

98年、fish&chipsのキーボーディストとしてメジャーデビュー。その後作家に転向しGIZA Studioと専属作家契約。東京に活動ベースを移し作家事務所SUPA LOVEと契約。2012年からフリーで活動。これまでに作詞、作曲の楽曲提供はJASRAC登録曲で100曲を超え、プロデュース、編曲など含めた提供曲数は数え切れない。サウンドプロデュースした板野友美(AKB48)のソロデビューシングル「Dear J」は累計20万枚以上のセールスを記録しRIAJプラチナディスク認定。その他にもゴールドディスク認定多数。韓国バンドFTISLANDの日本リリースシングル11作ほぼすべてに提供、プロデュースを行っている他、V6、Hey!Say!JUMP、山下智久等の男性アイドル、ぱすぽ☆、AKB48等の女性アイドルから劇伴、CM音楽まで、J-POP、K-POP、ロック、R&B、ジャンルを問わず幅広い活動を行なっている。現在はインディーズバンド「Type-A(http://type-a.info/)」のプロデュースをゼロから手掛け、メジャーデビュー、メジャー制作にとらわれないこれからの音楽制作、音楽業界の在り方を模索している他、作編曲家の陶山隼と渋谷にサウンドスクランブル(http://www.sound-scramble.com/)を立ち上げ運営している。

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964 年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』(経産省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。j-Pad Girlsプロデューサー。SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。2011年頃から著作活動も始める。2011年4月に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)刊行。2012年9月に『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』(共著/小社)刊行。最新著作は2013年9月刊行の『世界を変える80年代生まれの起業家』(スペースシャワーブックス)

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『エンジニアが教えるボーカル・エフェクト・テクニック99』の詳細はこちら(リットーミュージック)

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