第12回:今井大介インタビュー(後編)〜とにかく、どバラードでもキックから作っていく

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2014/02/21

今井大介さんのインタビュー後編では、主に作家面にフォーカスして、創作の裏側をお聞きしていきましょう。Chemistry、倖田來未、BENIなどの、楽曲解説もお願いしました!

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前編ではビジネス面でのトピックが多かったので、後編では作家・今井大介の軌跡を追っていくことにします。幼少時の音楽体験、ブラックミュージックと歌謡曲の関係、そして今後の展望と、過去から未来までをお話しいただきました。これからの時代にものを作っていこうという人は、必見の内容となっています。なおこのインタビューは、ミューズ音楽院で行なわれている無料セミナーシリーズ“作曲家リレートークvol.4”の模様を再構成したものです(イベント開催日:2013年11月9日)。

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自分が本当に大人になれた1曲

山口 インタビューの後半では、今井さんのキャリアの中でもエポックになった作品について伺っていきたいと思います。まず挙げていただいたのが、Chemistryの「Back together again」(2002年)ですね。

今井 これはカップリングなんですけれど、アルバムにも入れてもらって、リミックスでも取り上げてもらって。これで、マジで飯が食えた、という曲です。引っ越したり、いろんなことがこの曲によって可能になった(笑)。そういう意味でも思い出の曲ですね。

山口 リアルな思い出ですね(笑)。

今井 「印税ってこういうことか!」っていうね。それまでも、曲はちょこちょこ書いてたんですけど……。これで本当に楽になりましたね。普通に、「銀行口座のケタが間違ってる?」っていう感じで(笑)。

山口 それまでにも、年に4回は印税のタイミングってあったわけじゃないですか?

今井 ええ。でも、当時の年収分が1回で来ちゃったんでビックリして、震えました。

山口 音楽家としては、それによって変わった部分はありますか?

今井 音楽家としては……どうなんですかね。でもこれで、実家から出ていけたりとか……25歳にして、やっと大人になれたという感じはありました。自分で飯を食っている感じというか。それまでは、東京に実家があるということもあって、甘えていたところもあったんですよね。

山口 でも僕も、20代後半まで実家にいて、母親には「そろそろ就職したら?」って本気で言われてました。一応、会社社長で、社員には給料を払っているのにね。朝起きるのが遅いって怒られてましたよ(笑)。

今井 それはまた別の事情だから良いとは思うんですけど(笑)、僕の場合は本当に大人になれた1曲ということで。

山口 印税というのは、CDが売れたり、テレビ、ラジオで放送されたり、楽曲が使われたことの積み重ねだから、社会に認められたと感じるのは、分かります。年収1,000万円くらいで、勘違いして、急に態度変わる奴もいますけれど、そういう人はすぐいなくなりますね。今井さんは、志高く続けているから、素晴らしいと思います。

自分のトラックになじむ音色を探す

山口 続いて選んでいただいたのが、倖田來未の「Get Up & Move!!」(2006年)ですね。

今井 これはCMソングで、自分でもすごく好きなんですけど、僕の作家としてのレピュテーションをしっかり位置づけてくれた曲です。Hearts dalesをものすごくやっていた関係で、当時のリズムゾーンの方に「倖田のヒップホップの部分を担当してくれ」と言われて、3年くらいヒップホップもののプロデュースをしてたんですね。そういう流れの中で「Hot Stuff feat. KM-MARKIT」(2005年)もシングルカットされたりしていて、要は、“倖田はこんなかっこいいことをやっているんですよ!”っていうところのラインですよね。それで、他のメーカーからもやたらと仕事が来るようになった。

山口 ちょっとマイナーなメロディと、トラックのからみが絶妙です。

今井 当時ティンバランドが流行っていたのもあって、ちょっとインド調ですね。ちなみに僕は、バラードでもトラックから先に作るんです。鍵盤を押さえて……っていうのでは、なかなかメロディが出てこない、まずはキックから、という感じですね。

山口 キックの音色は、何種類くらい用意されています?

今井 分からないですけど、ものすごい数でしょうね。常に新しいものを探しているし、昔のものも引っ張りだしてきますから。不思議なんですけど、同じTR-808のクラップでも、「あ、これがいい」とか「なんか違うな」というのがある。僕らは“なじむ”という言い方をしますけど、自分のトラックになじむものを探すのには苦労しています。特にキックとスネアですけどね。たぶん、周りに聴かせたら「一緒じゃん!」ってなるんですけど(笑)、周りに聴かせるというよりは、作る過程で自分が乗っていくために、こだわっているんでしょうね。

山口 では、キックの音を決めるのが制作の第一歩?

今井 そうですね。そこからスネアを決めて、気分によって細かくハイハットを打ち込んでいったり……。まあ、スネアは後から変えることも多いですけど。それで、コードを幾つか付けて、歌いながらメロディを付けて、ABとかの展開を作ったりしていく。ちなみにコードに関しては、あんまり鍵盤を上手く弾けないので、ルート=Cで弾いてトランスポーズしています。作曲家を目指す人は、セブンスコードまでは自分の中で理解しておいた方が良いでしょうね。そうすると、自分がコーラスするときに便利だし。別に弾けなくても、トランスポーズすれば良いので、勉強だけはしておくことをお勧めします。

山口 メロは歌いながら作るんですね?

今井 ええ。僕の場合は歌ってメロディを入れるので、どうしても自分が好きで聴いて、歌っているような曲が出てきちゃう。それで、あんまり歌グセがひどい場合は、鍵盤で作曲して、それを歌ったりもします。

山口 手クセというのはよく聞きますけど、歌グセというのは初めて聞きました(笑)。ちなみに、パートとしてはサビから作ることが多いのですか?

今井 うーん……そういうわけではないですね。最初はもう五月雨式に、っていう感じですね。とにかく、どバラードでもキックから作っていく。そうじゃないと乗れないんでしょうね。

山口 着想が面白いですね。今井大介曲の独特のグルーブ感の秘密は、その辺にある気がします。

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今井大介氏(L)と、聞き手の山口哲一氏(R)

年平均20曲をプロデュース

山口 そして3曲目、がBENIの「Kiss Kiss Kiss」(2009年)ですね。

今井 倖田以降もいろいろなアーティストをプロデュースしたり、フォーミュラレコーディングスを立ち上げたり、いろいろやっていたんですけど、その中でもBENIは、作家としての自分をまた大きくしてくれたアーティストですね。倖田のときは倖田ブレイクに乗っかった感もあったけれども、BENIの場合は一からブランディングをしていったので。もともとは安良城紅という漢字四文字の名前で活動していた彼女がBENIになるという段階で、DA PUMPを担当していたA&Rの方から、「トータルでプロデュースしてくれ」と言われたんですね。

山口 アーティストとしてのイメージが、がらっと変わりましたよね。沖縄の美少女でアイドル的な存在だったのが、ボーダーレスな匂いを漂わせるアーティストとして再生されたという印象を持ちました。

今井 イメージを変える作業を、一緒にやっていったんです。結局50曲以上書いていて、今も書いているので、彼女は僕のキャリアの中で一番大きいアーティストになりました。

山口 でも、BENIになってからの方向性は大成功でしたよね。音楽シーンに“居場所“があるのは、今井さんのプロデュースの力だと思います。さて、最後にもう1曲お選びいただいたのが、Mya「before you say good bye」(2011年)ですね。

今井 Myaはグラミーを獲っているんですけど、今はインディーで活動しているアーティストです。彼女のアルバムをマンハッタンレコードが出す際に、1曲プロデュースしたのが、この曲ですね。

山口 では、日本向けに作った曲ということですか?

今井 基本的にはそうですね。マンハッタンレコードって上手いんですけど、アメリカでディールが無いけど、自己原盤を持っているアーティストをつかまえて、オリジナルのアルバムを作ったりしているんですよ。だからアメリカでは出てないけど、Myaとも仕事ができた。しかもLAで作業をしたので、楽しくて仕方がなかったです(笑)。

山口 すごくキャッチーで良い曲ですが、日本での反応はどうでした?

今井 ダウンロードも洋楽で一位を獲ったりしていたので、反応は良かったですよ。すごいJ-POPっぽい音だと思います。

山口 今井さんの場合は作詞・作曲だけではなく、プロデュースまでかかわられることが多いと思いますが、年間の楽曲提供数はだいたいどれくらいですか?

今井 13年で260曲くらいなので、1年の平均は20曲くらいでしょうね。それが多いのか少ないのかは分からないですけど、結局ずっとスタジオにいる感じです。

山口 年間20曲のプロデュースって、丁寧にやれば、ずっと作業している感じで、大変でしょうね。

R&Bとヒップホップをベースに、歌謡のテイストを入れていく

山口 こうやって今井作品を聴いていると、どの曲も良い曲ですけど、感想としては「かっこいいですね!」くらいしか出てこないんですよね(笑)。何か気の利いたことを言いたいのに、うまく表現できない。例えばJ-POPとブラックミュージックの融合と言えば簡単なのかもしれませんが、その辺はどうお考えですか?

今井 もともと小学生のころから洋楽を聴いていて、ペットショップボーイズ、ボンジョヴィ、ワム!、マドンナとかの時代……要は日本ではブラックミュージック流行っていなかった時期なんです。アメリカでも、ニュージャックスイング以前だから、ビルボードの上位にはあんまりブラックミュージックが入っていなかった。それが中学に入ると、テディ・ライリーとベイビー・フェイス、ジャム&ルイスがゲームを全部変えていくんです。それを友人に聴かせてもらって、「これはヤバい」と(笑)。そこから高校を卒業するまでの6年くらいは、ニュージャックにはまって、ニュージャックで大人になったっていう感じです。

山口 ブラックミュージックの浸透の仕方があまりに自然なので、今日まで勝手に、今井さんは帰国子女だと思っていたんですよ。「この人は、アメリカで育った人だ」、と。でも全然そうじゃなかったのは、意外でした。

今井 まあ、単純にハマっちゃったんですよね。バカみたいに聴いていましたから。で、当然アメリカに留学しているときもずっと聴いていて、日本でデビューするとなったときに、“その時に流行っているブラックミュージックの日本語版”ではダメだろうと。とは言っても、父親の影響で歌謡曲もずっと聴いていたので、サザンもチャゲアスも久保田さんもオフコースも小田和正も大好きだった。そういう中で、R&Bとヒップホップをベースにして、そこに歌謡のテイストを入れていく、という方向性を考えたというか。歌謡曲をベースにしたR&Bは、やっぱりかっこ良くならないんですよね。

山口 やはりそこは、意識的にならざるを得ない。

今井 やっぱり日本でかかるわけだから、日本の歌謡のメロディの良いところ、キャッチーさとかは必要ですよね。あとは、洋楽より日本の音楽が優れている部分を入れていくと、外人に聞かせても、「あ、なんかコレ違う」「面白い、いいね」「音楽としていいね」って言われるようになる。そういうこともありますね。

山口 ちなみに、ビジネスとして考えた際に、アジアの音楽市場はどういうふうに見ていますか?

今井 話にならない……要は儲からないと思っています。山口さん、この間ブログでJASRACについて書かれていましたよね? あれは僕も同意見で、JASRACって素晴らしいなと思うことがいっぱいあるんです。皆さん簡単に思っているかもしれないけど、JASRAC級の著作権管理ができて、著作者にきちんと分配できる国なんて、本当に少ないですから。東洋では日本だけで、それが今後アジア市場で可能になるかといえば、無理でしょう。

山口 確かに難しいでしょうね。そうすると、作家としてはアジアは考えていないわけですね。

今井 考えていないというか、著作権使用料の徴収システムが出来上がるまでに何年かかるんだろう、ということですよね。もちろん、アーティストが興行をやるのは成り立つと思います。でも作曲家という立場で考えると、システムが無い限りは、そこからは何も発生しないですよね。

作曲家や編曲家に、ビジネスのことを考える余地は無い

山口 そういう意味では、今井さんの主戦場はやはり日本のマーケットということですね。

今井 そうですね。何だかんだ言って、世界で一番大きなマーケットではありますし。

山口 では、今の日本の音楽業界に関しては、どのようにご覧になっています?

今井 音楽に関して言えば世界的に斜陽産業なので、それに対して文句を言ってもしょうがない。その中で、どう生きていくかということだけですね。でも、どういう状態であろうとも、アーティストだったら歌うし、作曲家だったら曲を作るし、作詞家だったら詞を書く。そういう仕事自体は、変わらないわけです。特にピュアミュージシャン……作曲家や編曲家でずっといたいのであれば、ビジネスのことを考える余地は無い。良い曲を作れば、必ず決まっていきます。例えば僕に渡されたデモが良かったら、僕は契約しちゃいます。コンペだって同じで、A&Rが聴いて良いと思った楽曲が採用される。そこはずっと変わらないんですよ。でも、プロデューサーの場合は別のフェーズがある。やっぱり予算をきちんと理解して、メーカーの人と話さないといけないわけですから。だから原盤を持つとか、マネージメントをするという場合に初めて、今の日本の状況に合わせた考え方が大事になってくるんですけど、作曲家や編曲家であるかぎりは、あまりそこは気にしない方が良いと思います。

山口 実際にビジネスをされている今井さんが言うと、説得力がありますね。

今井 僕がマネージメントしているアーティストには特に、そこは気にしてほしくない。そこを気にするようなアーティストだったら、まあ僕もそうでしたけど、「こいつは独立するな」って思いますよ(笑)。もちろんそれも自分の道だから、独立しても別に良いわけだし。ただ、独立をしたらやることは確実に増えるから、音楽以外にやることが増えても良いのか、音楽だけをやりたいのかっていうバランスですよね。僕は自分がやりたいからビジネスもやっているけど、音楽だけをやりたい人にとってそれは負担になると思う。そういう選択の問題だと思います。

山口  僕はマネージメントが本業ですけれど、アーティストがビジネスの仕組みを知ろうとするのは良いことだと思っています。古いタイプの事務所の方には、「寝た子を起こすな」という意見の方もいらっしゃいますけれど、ネットに情報が氾濫する時代に、それは無理。もうみんな起きています(笑)。ですから、自分がマネージメントするアーティストには、興味を持てば教えるようにしています。でも、今井さんみたいな高い意識でやられているアーティストは少ないですね。自分のことだけ考えて中途半端な金勘定をアーティストがやりだすと最悪で、作品にまで悪影響が出ますね。セルフマネージメントでやるのであれば、アメリカのように最後まで自己責任でやるという自覚を持つべきだと思います。

(この項終了)

POSTSCRIPT by 山口哲一

作品論とお金の話が、同じテンションで出てくるのが、米国の黒人ミュージシャンと話しているみたいでした。

選んでもらった代表作は、どれも、今井大介のオリジナリティが強く感じられる作品でした。日本人ならではの歌謡曲的なメロディと、ブラックミュージックのエッセンスの組合せ、と言葉で言うのは簡単ですが、深い層で2つを結びつけているのが、今井作品の魅力ですね。

キックの音色から曲を作るというのも興味深いですが、自分らしさを大切にする姿勢は大切だと思います。長く活動を続けていくために、作曲家としてのブランディングが重要なことは、拙著『プロ直伝! 職業作曲家への道』でも、強調しましたが、まさに今井さんは、高いレベルでブランディングを実践している方ですね。今後の作品にも注目していきたいです。

今井大介(いまい・だいすけ)

2000年デビューから、倖田來未、BENI、SMAP、遊助、AI、CHEMISTRY、東方神起など錚々たる50組を超えるアーティスト達に250曲 以上の楽曲を提供。これまでにレコード大賞金賞、9個のゴールドディスク、13個のプラチナディスクを獲得してきたJ-R&B界のモンスターヒットプロ デューサー。歌手としても活動し2011年5月、9年振りのアルバム『room106』をavexよりリリース、BENIをフィーチャーした 『L.O.V.E』は数々の配信チャートで1位を獲得。2012年より制作チーム106Inc.を本格始動させ、日本のみならず世界での活躍が期待され る。

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964 年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』(経産省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。j-Pad Girlsプロデューサー。SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。2011年頃から著作活動も始める。2011年4月に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)刊行。2012年9月に『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』(共著/小社)刊行。最新著作は2013年9月刊行の『世界を変える80年代生まれの起業家』(スペースシャワーブックス)

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『エンジニアが教えるボーカル・エフェクト・テクニック99』の詳細はこちら(リットーミュージック)

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