第6回:インタビュー ヒロイズム(前編)〜詞を書きながら、涙が止まらなかったことを覚えています

WEB版 職業作曲家への道 by 聞き手:山口哲一 2013/09/26

現役クリエイターの創作の秘密に迫るこの連載、今回はヒロイズム(her0ism)さんが登場です! 国内でヒットを量産しつつ、海外のトッププロデューサーとの共作も積極的に行なっている彼ならではの発言に注目!

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イベントでのヒロイズムさん(左)と山口哲一さん(右)。会場は渋谷のタンジェリン

2013年8月現在、ミリオン・ディスク認定1作品、ミリオン・ダウンロード認定3作品、プラチナ・ディスク認定28作品、ゴールド・ディスク認定23作品と、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット曲を生み出しているヒロイズム(her0ism)さん。コーライティングキャンプと呼ばれる海外での作曲合宿にも参加し、その作品はドイツ、ギリシャ、韓国等でもリリースされ、No.1を獲得。またMIDEM2013のゲストスピーカーとして招待されるなど、海外からも注目の的となっています。そんな彼は、楽曲にどのような思いを込めて作曲をしているのでしょうか? 早速伺っていきましょう(このインタビューは、2013年8月4日に開催されたイベント、クレオフーガ主催“作曲家のためのトークイベント”を再録・編集したものです)。

大学で始めたバンド活動

山口 今日は、ヒロイズムさんがどんな経緯で作曲家になられたのか、そしてどんな考えで活動をされているのかを伺っていきたいと思います。また、エポックとなった曲を何曲か挙げていただき、その創作の背景なども聞いていきたいと考えています。まずはプロフィール的なことですが、お生まれはどちらですか?

ヒロイズム 東京です。でも、父親の転勤で5歳くらいまでシカゴにいて……。

山口 海外でのコーライティングキャンプなんかにも積極的に参加されていますが、では英語はシカゴで身に付けたわけではないんですね。

ヒロイズム そうですね。ただ、英語はそんなに得意というわけではないし、そんなに話せているのかどうか……。あと、ヨーロッパでのコーライティングキャンプが多かったので、分かりやすい英語を話してくれているというのもありますね。

山口 では、音楽の道に入ったきっかけは?

ヒロイズム 大学で初めて本格的にオリジナルバンドを組んで、そこからですね。その時の相方が、実はHoney L DaysのKYOHEIで。後に、Honey L Daysの「まなざし」という曲を共作することになるんですけど。

山口 「まなざし」の話は、また後でお聞きしたいと思います。大学時代のバンドは、どんなタイプだったんですか?

ヒロイズム ロックバンドとうたっていたので、一応肩書はキーボーディストだったんですけど、あんまりキーボードは必要無くて、効果音とかを仕込んで押しているだけ、みたいな感じでした(笑)。で、僕はプロデューサーに近い役割で、曲を作っていましたね。

山口 そのバンドはあまり続かなかったんですか?

ヒロイズム 「僕自身が一番やりたいのは作曲だな」ってなったので、バンドは解散したんです。でもKYOHEIは見た目もすごくかっこいいし、ギターも弾けて歌もうまかったので、知り合いに紹介して、舞台の方からデビューすることになりました。DIAMOND☆DOGSっていうプロジェクトですね。だからそこで、僕は僕の道を、彼は彼の道を歩むことになったんです。

音楽人生の最初の扉

山口 プロフィールによるとヒロイズムさんの作家デビューは「LIFE」(中島美嘉/2007年)ということですが、大学を卒業して「LIFE」を書くまでは、どんな活動をされていたんですか?

ヒロイズム 世の中にほとんど作品を出していない状況だったんですけど、ソニーの方から「作詞なんだけど、コンペに参加してみませんか?」という形で誘われて……。すごく限られた有名な方々の中に、新人挑戦枠みたいな形で入れていただきました。これは、運と言って良いのか分かりませんが……。

山口 それは、今までに送ったデモが評価されたということですよね?

ヒロイズム 具体的に何か曲が動いていたりすれば、「そうなのかな?」って思うんですけど……。特にそれまでお付き合いも無かったのに、いきなりそういう話だったんですよね。もちろんうれしいんですけど、そのときに思ったのは、「このチャンスを逃したら、先は無いな」っていうことです。今でもそういう場面が日々あるんですけど、これが音楽人生の最初の扉だったような気がしますね。

山口 僕は「幸運の女神に後ろ髪は無い」っていう言葉が好きで、よく使うんですけど(笑)、チャンスだと思ったら絶対につかんで離してはいけない。話が来た時に、そう思ったということですね。

ヒロイズム 普通のポップスではないなということも、分かっていたんですよね。自分自身も、振り返ってみると楽な人生ではなかったし、「きっとこれは、いま世の中で辛い人がいたら、救えるチャンスかもしれない。自分が経験したことを作品にすることで、人助けができるのかな?」……って。何がペンを動かしていたのか、いま思うとちょっとこわいくらいですけど、そういう感じで書いていましたね。デモを聴きながら詞を書いたんですけど、書きながら涙が止まらなかったことを覚えています。

名古屋からの電話

山口 「LIFE」創作秘話は、かなり感動的な話ですね。

ヒロイズム その後で曲が歩いてくれたり、作詞の部分をすごく取り上げていただけたりしたのも、うれしかったですね。もちろん数字も大事なんですけど、本当に自殺するようなことを考えていた人から、「あの曲を聴いて思いとどまりました」というようなメッセージをたくさんいただいて。それがきっかけで、「自分はたぶん音楽を作るべきだ」と思うようになりました。大げさかもしれないですけど、生命にかかわることができるのだから……。それで当時は会社勤めをしていたのですが、人事に「曲が書きたいです」と伝えました。

山口 「辞めます」、ということですね。

ヒロイズム ええ。実は名古屋への転勤が決まっていて、物件探しをしていた名古屋から人事部に電話をかけたんです。

山口 その時点では、名古屋に行くつもりだった?

ヒロイズム はい。そこで、不動産屋さんの車で物件を回っていたんですね。そうしたら、カーラジオから「LIFE」が流れてきた。それを聴いて、やっぱり思わず反応しちゃったんですね。

山口 自分の曲がラジオから聞こえてきたら、反応しちゃうでしょうね。

ヒロイズム 初めての大きな曲でしたし……。裏方ではありますが、「あ!」、くらいは言ってしまって。それで不動産屋さんの女の子と曲の話になったら、「よくカラオケで歌います」と言われたんです。これがすごくうれしくて、自分がやるべきことが何なのかが、よりはっきりしてきた。やっぱり、少なからず迷ってはいたんですよ。「会社を辞めて、本当に食べていけるのか?」ということだったり……。でも周りの環境や、自分で選んで行った場所など、至るところにヒントがあって、「こっちだよ!」って教えてくれていたような気がします。それで結局、名古屋から人事に電話をして、「曲が書きたい」という話をしたんです。

山口 まさに「LIFE」が人生の転機になった曲だったわけですね。すごく良い話だと思います。

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着うたのミリオンを連発

山口 「LIFE」に続いてセレクトしていただいたのが、先ほど少し話が出たHoney L Daysの「まなざし」ですね。作曲と舞台という別々の道を歩み始めた2人の、その後ということで……。

ヒロイズム DIAMOND☆DOGSの後で、KYOHEIがHoney L Daysのメンバーとしてエイベックスからデビューしたんですけど、「友達だから曲を書かせてくれ」とか「メジャーだから曲を書かせてくれ」っていうのは、なんか違うなって思っていたんです。これは僕だけじゃなく、KYOHEIもそうだったと思います。で、たまたま彼らにビッグチャンスが訪れて、TBSのドラマの主題歌を歌うことになった。だけどKYOHEI自身はロック寄りの人間で、ポップスのエキスパートとしてちょっと協力してくれないかということで作った曲が「まなざし」なんですね。

山口 「まなざし」は実際に売れたし、曲自体がキャッチーで良いですよね。

ヒロイズム ありがたいことに、これも曲が結構歩いてくれたんです。その後はしばらく一緒にやって、ちょっと抜けていたんですけど、今また一緒に曲を作っているところです。

山口 ヒロイズムさんの曲にまつわるエピソードは、ストーリーがあって惹きつけられますね。続いてセレクトしていただいたMs.OOJA「Be…」にはどんなストーリーがあったのか、楽しみです。実はこの曲のミュージックビデオのプロデューサーが僕の仲間で、いろいろ話は聞いているのですが、YouTubeと着うた配信の連動がものすごくうまくいった成功例だと思います。

ヒロイズム 「Be…」は、アレックスというドイツ人作家とのコライトになります。彼は、ドイツでは3本の指に入る超有名なプロデューサーなんですよね。

山口 アレックスさんとはどこで知り合われたんですか?

ヒロイズム いまは欧米人が日本に曲を書きに来ることが多いんですけど、その中の1人で来ていて知り合って、すごく気が合ったんです。めちゃくちゃ良いやつで、その後に僕自身がドイツのコーライティングキャンプに行ったときには、当時ハンブルグに住んでいた彼のところにも寄らせてもらって。そのとき一緒に作った曲がドイツのテレビドラマの主題歌に採用されて、それが僕にとっては初めてのヨーロッパリリースになったんです。だからアレックスにはすごく恩があったので、いつか恩返しをしたいなとは思っていて。で、「Be…」を作っているときに、もう世に出る匂いは感じていたんですね。まあこれは、結果が出たから言えるのかもしれませんが……。

山口 「勝った!」と思った?

ヒロイズム 勝つかどうかは、自分だけの力じゃないじゃないですか? でも、良い曲を作ることはできるし、ヒットする可能性を与えることはできる。そういう、作り手としてできるところの最大限は、もう超えている自信があったんです。要は曲としてのポテンシャルをすごく感じていたので、1回ベーシックアレンジに戻して、「いまこれしか無いんだけど、一緒にやらない?」って。それが結果としてうまくヒットしてくれたので、アレックスも喜んでくれました。よく思うんですけど、だれとヒット曲を作るかというのが、すごく大きいな、と。ヒットを共有できるっていうか。

山口 それは面白い視点ですね。コーライティングをたくさんされている、ヒロイズムさんならではだと思います。

音楽が人と人を結びつける

ヒロイズム それで面白いのが、アレックスが「Be…」のすぐ後にロサンゼルスに移住したんですね。で、僕もそれまでは主にヨーロッパに向けて曲を書いていたんですけど、ヨーロッパ人はだれしもがLAにあこがれているんですね。

山口 やっぱり、マーケットが全然違いますからね。

ヒロイズム ポップスの頂点は、いまLAだということで。それで、僕もどうにか行きたいなとは思っていたんですけど、どのヨーロッパ人に聞いても、「あそこは幻の国だ」って言う(笑)。「行っても酒を飲むだけで曲なんか作れないし、何もできないよ」って。そんな感じで、すごく行きたかったけど、何もきっかけが無い状態で……。「どうしようかな?」って思っていたところに、アレックスが移住をしてくれた。

山口 またストーリーが紡がれていきそうですね。

ヒロイズム そうなんです(笑)。ちょうど「Be…」のタイミングで、Facebook上でアレックスと盛り上がったんですね。「で、いつLAに来るんだ?」みたいな話になって、「いや、すぐ行くよ」って。それで1週間後には、初めてのLAが実現していた。だから、すごくこの曲とつながっているストーリーがあるんです。ただ音楽“だけ”ではなくて、音楽が人と人を結びつけてくれたし、自分自身も導いてくれた。そういう曲ですね。

山口 素晴らしいです。ちなみにアレックスさんは、LAでも活躍されているんですか?

ヒロイズム ケリー・クラークソンの『ストロンガー』収録の『ダーク・サイド』のプロデュースで、グラミーのBest Pop Vocal Albumを獲っているんですよ。僕自身の夢がグラミーのBest Song of the Yearを獲ることなんですけど、彼はドイツから移住して1年で簡単にグラミーを獲ってしまった。「ヒロに見せたいものがある」って言うから、「なんだろ、おみやげかな?」って思ったら、証明書みたいな紙切れ1枚を見させられました(笑)。触りましたけど、何も感じませんでしたね(笑)。あれはやっぱり、人に見せてもらうものではないですね。
(後編に続く)

POSTSCRIPT by 山口哲一

日本人音楽家はグローバルマーケットでチャンスがあるはず、と僕は常々主張しているのですが、正直、具体的な戦略は簡単ではありません。ヒロイズムさんが行なっている、現地に何度も足を運び、欧米の作曲家と信頼関係を築きながら、コライティング(共作)をしていくというやり方は、着実に目的に近づいていく方法だと思います。ぜひとも、この分野のパイオニアになってほしいです。
野球に喩えるなら、野茂英雄投手が渡米するまでは、何十年も日本人大リーガーはいなかったのに、野茂の後は、大リーグで一流選手とした活躍する日本人が続々出現しました。「上を向いて歩こう」が村上雅則投手だとすれば、ヒロイズムには、野茂になってほしいです。先駆者が出ると、イチローや松井秀樹も続きます。日本で成功したら、すぐに米国に進出する、ダルビッシュのようなミュージシャンも増えてくることでしょう。日本の音楽シーンを活性化させる最も効果的な方法であることは間違いありません。
世界音楽市場の中心地である米国西海岸で、海外の一流作家と一緒に、グローバルヒットを日本人作曲家が産み出す、そんな未来を、もう少しで見ることができそうです。

ヒロイズム(her0ism)

作詞・作曲・編曲
1982年生まれ 東京出身 慶應大学卒
■BIOGRAPHY
幼少期をアメリカで過ごす。
心の琴線に触れる抜群の音楽センスと一度聴いたら忘れられないメロディは世界中から高い評価を得ている。中島美嘉「LIFE」で作家デビュー。着うた200万ダウンロードを記録。その後、Honey L Days「まなざし」、Ms.OOJA「Be…」を手掛け、共に新人ながら異例の100万ダウンロードを記録。「Be…」は2012年、上半期レコチョクランキング4部門で1位を獲得。アメリカ、ヨーロッパでRihanna、Katy Perry、Backstreet Boys、Kelly Clarkson、Miley Cyrus等を手掛けるトッププロデューサー達と共作し海外の有名アーティストにも楽曲を提供。Helena Paparizouへの提供楽曲「Mesimeria (One life)」がギリシャで1位。チョー・ヨンピルへの提供楽曲「When I Am With You」が韓国で1位を獲得した他、ドイツのTVドラマ主題歌、ドイツのトップアーティストQueensberry、南アフリカのNo.1バンドHeuningへの楽曲提供など世界を舞台に活動中。2013年にはゲストスピーカーとして世界最大の国際音楽見本市MIDEMに招待される。 Billboard誌にHeroism(Japan)として取り上げられ話題になる。ヒロイズムという名前には、曲が誰かにとってのヒーローになれたら・・・という想いが込められている。
■Awards
ミリオン・ディスク認定   1作品
ミリオン・ダウンロード認定 3作品
プラチナ・ディスク認定   28作品
ゴールド・ディスク認定   23作品

山口哲一(やまぐち・のりかず)

1964年東京生まれ。(株)バグ・コーポレーション代表取締役。『デジタルコンテンツ白書』 (経産省監修)編集委員。j-Pad Girlsプロデューサー。SION、村上“ポンタ”秀一など の実力派アーティストをマネージメント。東京エスムジカ、ピストルバルブ、Sweet Vacationなどの個性的なアーティストをプロデューサーとして企画し、デビューさせる。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバ ルな視点、異業種コラボレーションの3つを掲げている。2011年頃から著作活動も始める。2011年4月に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわか る本』(ふくりゅうと共著/ダイヤモンド社)刊行。2012年9月に『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』(共著/小社)刊行。

『プロ直伝! 職業作曲家への道』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』の詳細はこちら(リットーミュージック)

『エンジニアが教えるボーカル・エフェクト・テクニック99』の詳細はこちら(リットーミュージック)

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