横山健のこれまでを見つめ、今を一緒に悩みぬく。 映画「横山健―疾風勁草編―」

コラム by 土屋綾子 2013/11/18

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一昨日11月16日(土)より公開中の映画『横山健―疾風勁草編―』、もうご覧になっただろうか。監督のMINORxUがこのフィルムを回し始めたのは2009年のこと。その時には、Hi-STANDARDの復活など誰も予想していなかった。2011年の重要な出来事から、歯車が入れ替わったかのようにまったく別の命を宿して動き出した物語。その逐一を横山健の心を通してありのままに捉えている。

本作では、横山健の「今までのすべて」が本人の口から語られる。家庭環境、どんな子供だったか、ギターを始めたきっかけ、Hi-STANDARDを結成し、どんどんビッグになっていくときに抱いていた思い。そして物語がまったく別の次元に向かって行った2011年、12年。AIR JAM開催は私達にとっては奇跡であり、しかし同時に横山健にとっては現実として襲い掛かってきて、悩ませ、そして自身の答えらしきものを探らせる出来事となった。

筆者の学生時代は、音楽好きと言えば必ずハイスタを聴いていたし、男女問わずピザオブデスのグッズを持っていたし、学園祭ライブで活躍するハイスタのコピー・バンドは学校中のスターだった。そうやって楽曲だけでなく、カルチャー越しに「超カッコいい存在」として横山健を眺めていた当時の若者は、当然今は大人で、だからこそ彼が抱えたもの、今感じていることがものすごくよく分かると思う。

音楽をやる人が直面する問題として、「音楽は自由だ」が、環境が変わるにつれ「自由でありたい」になり、「自由じゃない」となってしまうということがある。初期衝動は、だからこそずっとそのままでは居られない。そんなジレンマをとても単純に解決するなら、「そういうもんだよ」と“大人な”スタンスを取るか、反対に「自分はずっと自由でいる!」とドロップアウトするか。ただし、それはどちらも思考停止のための方法だ。

それ違うんだよなぁ~、と横山健はたぶん、思ったのである。
ソロ活動を活発化させていたさなかに起こる2011年3月11日の東日本大震災、その後のAIR JAM 2011開催。Hi-STANDARDという存在は今の横山健にとってどういうものなのか? そしてファンにとっては? 周囲の仲間にとっては?
自分で考えるということを辞めず、なんか嫌だ、ヘンだと思ったらその意味をうんうんと思い巡らし、悩みぬく。過去の自分を受け入れながら、未来の自分にも嘘をつかないように、今考える。理屈っぽいけれど誠実。

そんなリアルタイムの課題を観客は横山健と一緒に抱えさせられる。

音楽をやる人なら、「自分だったらどうするだろう? どんな答えを出すだろう?」と、より身につまされる気分になるだろう。この映画で横山健の頭の中を眺めつつも、自分でも知恵熱が出るほど考えをめぐらせてみよう。そしてラストの横山健(と、彼に近しいとある人から)の言葉を受け止めてほしい。

横山健―疾風勁草編ー

  • 監督:MINORxU
  • 企画・制作:PIZZA OF DEATH RECORDS
  • 配給:KDDI「Live’Spot」
  • 上映時間:117分

©PIZZA OF DEATH RECORDS 2013

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