第5回:『IT’S A JACO TIME!』徹底研究〜CD、ハイレゾともほぼ同じ音圧感になるようにマスタリング

ベース大好き! by 西野正和 2013年10月17日

櫻井哲夫JACOトリビュート・バンドのアルバムは、ハイレゾとCDの2フォーマットが同時発売となっています。今回はマスタリングエンジニアの辻裕行さんに作業の詳細を伺いつつ、両者の比較試聴も行ないます。

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取材場所となったキング関口台スタジオ第3マスタリングルーム。
【Playback】DAW : Pro Tools、DAC : PrismSound Orpheus
【Mastering】DAW : SADiE PCM8、ADC : dCS 904、SP : GENELEC 1038A
【EQ, COMPRESSOR】ANALOGUE EQ:AVALON DESIGN AD2077(PrismSound Orpheusの後)、DIGITAL PROCESSOR:t.c.electronic SYSTEM 6000

2013年9月21日、ジャコ・パストリアスの命日にリリースされた『IT’S A JACO TIME!』(櫻井哲夫JACOトリビュート・バンド)。その魅力を櫻井哲夫氏に2回にわたって語っていただきましたが、今回はマスタリングエンジニアの辻裕行さんにお話を伺います。取材場所は、アルバムのマスタリグ作業が行なわれたキング関口台スタジオ。普段はなかなか聞くことができない、マスタリングエンジニアさんの考えをお届けします。さらに後半では、ハイレゾとCDの比較試聴もレポート。『IT’S A JACO TIME!』を徹底的に研究します!

 JACO

TALKINGBASS 

 

マスタリングエンジニア・インタビュー

音楽制作時の規格そのままで聴く

西野 今回のハイレゾ版『IT’S A JACO TIME!』は96kHz/24bitで、前作『TALKING BASS』は48kHz/24bitでした。サンプリング周波数チョイスの理由は?

 それは、もともとのミックスダウンされていた状態を重視した結果です。

西野 『TALKING BASS』は48kHzのミックス・マスターだったので、48kHzでマスタリングしたということですね。

 はい。ですからマスタリング段階では、アップサンプリングは一切していないんです。

西野 一方、『IT’S A JACO TIME!』は96kHzのマスター音源だから、96kHzで仕上がった。

 ええ。特にフォーマット変換するということはしていないです。僕はなるべくそういうことをしない方向で、マスタリングをやっています。

西野 それは素晴らしいですね。ではCD規格用には、44.1kHzとして別のマスターを作っているわけですか?

 僕らがよくやっているのは、1回コンピュータに取り込んだものをPro Toolsに立ち上げた後、DA変換してアナログ信号にし、そのアナログ変換したものをマスタリングするという作業スタイルです。44.1kHz/16bitのCD規格を作成するときは、最後のAD変換の際にDAWを44.1kHzにしてアナログ信号を受けます。Digital to Digitalでのフォーマット変換は行なわず、一度アナログ信号を介して変換するということです。

西野 素晴らしいですね。私もCDソフト制作に関わるときは、いつもそのスタイルでマスタリングするようにしています。

 多くのマスタリングスタジオが、そうされているみたいですけどね。Pro Toolsでレコーディングされている場合は、48kHz以上で制作されている方が多いので、1回アナログ信号に戻してからCD規格でマスタリングしています。中には44.1kHzでミックスされたものもありますけど、それでも16ビットではなく24ビットが多いので、CD規格の44.1kHz/16bitに変換する必要がありますから。

西野 『TALKING BASS』は48kHzでレコーディングされたものが来て、アナログを通るから96kHzなどのより高いサンプリング周波数にしても良かったけれど、マスタリングはそのまま48kHzに仕上げようということですね。

 そうですね。元のフォーマットが48kHzなので、あえてそこを変える必要は無いかなと思いました。

西野 大賛成です。サンプリング周波数が大きければ良い音とオーディオ界では思われがちですが、96kHzと48kHzでは音の手触りのようなものが違い、音楽制作時の規格そのままで聴くのが、一番アーティストの意図が伝わりやすいと感じているんです。

 たぶんそこで、音色的な変化があるんじゃないかなって思います。こちらで多少の修正的な加工はしますけど、基本的には録った音楽をそのまま伝えたいという考えです。

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マスタリングエンジニアの辻裕行さん

音楽の抑揚が伝わる仕上がり

西野 新作『IT’S A JACO TIME!』はもちろん、『TALKING BASS』のハイレゾも素晴らしかったので驚いたんですよ。ハイレゾ音源の中には、低音の形が見えていないものも多いんですけど、『TALKING BASS』は低音が素晴らしく見えている。マスタリングは大きいスピーカーで聴いている場合が多いですが、最近は小さいモニタースピーカーで仕上げることもあろうかと思います。でも低音は小型スピーカーでは、どうしても見失いやすい。

 ウチの場合のモニターはGENELECとヤマハNS-10Mと、小型スピーカー系の3つですね。それぞれのスピーカーに特徴があるので、3種類ともにバランスが良いところという感じでチェックしていますけど、最終的に決めるのはやっぱりラージモニターです。レコーディングスタジオほどは、10Mを使わないかもしれないです。

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スモールスピーカーとしてALTEC LANCINGも用意

西野 10Mならまだ良いんですけど、いわゆるバスレフ系の小型スピーカーで仕上げた音源は、低音が見えていないものがあります。高域の方はしっかり作り込まれているのに、土台の低域の仕上がりが良くない曲に出会うと、残念でなりません。

 ここに持ち込まれる音源でも、プライベートスタジオで作られているものの中には、低音の処理が甘い場合があります。やっぱりミックス段階では見えにくいんでしょうね。マスタリングスタジオに来て、初めて気づく(笑)。「ああ、こんなに低音が出ていたのか」って、皆さんびっくりされます。40Hz以下とか、30Hz辺りは、プライベートスタジオでは処理しきれていないケースがありますから。

西野 なるほど、低域のチェックはマスタリング過程が担う重要な役割でもありますね。ところで、『IT’S A JACO TIME!』は、CD盤とハイレゾ音源ではマスタリングが異なるのでしょうか? CD規格では、誰も望まないにせよ、音圧アップを検討せねばならないと思います。ハイレゾ版を聴くと、それほど音圧を稼いでいるようには感じませんでした。ハイレゾ版のマスタリングのまま44.1kHzマスターも制作されているのか、それともCD用にはもう少し音圧を詰め込んだものを用意されたのでしょうか?

 今回は、CD用とハイレゾ用とに別々にマスタリングを行なっているので、微妙に違いがあるかもしれません。ですが、音圧に関してはCD、ハイレゾともほぼ同じ音圧感になるようにしています。

西野 音圧重視のマスタリングではなく、音楽の抑揚が伝わる仕上がりというのは、実は聴く側にとっても嬉しい音なんです。それでいて音圧不足で音に元気が無いという印象も皆無で、逆に音楽の勢いが感じられるのが素晴らしいと感じました。ところでキングレコード低音シリーズって、辻さんが常にかかわってらっしゃるんですか?

 何枚かはかかわっていますよ。例えばリチャード・デイヴィスさんの作品は、僕がレコーディングして、マスタリングをしています。あとは藤原清澄さんとか、納浩一さんの作品もそうですね。

西野 低音シリーズはオーディオファンに人気が高い作品が多いので、ハイレゾ化が増えると嬉しいですね。楽しみにしています!

 

『IT’S A JACO TIME!』のCDとハイレゾを比較試聴

『IT’S A JACO TIME!』のCDソフトとハイレゾ(96kHz/24bit)音源の同時発売は、世界初ではないにせよ、まだ日本では数例しかない快挙です。その音質の魅力を探るべく、比較試聴してみました。(レポート:西野正和)

まず視覚で比較すべく、アルバム中の編成が特徴的な2曲、バンド演奏の1曲目「インヴィテイション」と、ベース&ボーカルの6曲目「ラス・オラス」の波形を、CDとハイレゾで並べてみました。

波形#1re

1曲目「インヴィテイション」

 

波形#6re

6曲目「ラス・オラス」

波形を見る限り、CDとハイレゾに違いはありません。どちらの規格も美しい波形であり、バンド演奏の1曲目では音圧もありながら躍動感あるマスタリングが、ベース&ボーカルのデュオの6曲目では音楽の抑揚を重視したマスタリングが行なわれているのが分かります。残念ながら、波形ではCDとハイレゾに微妙な違いすら発見できませんでした。

では、実際に聴き比べてみるとどうでしょう。ハイレゾ版では、広大な音楽ステージと、細やかな演奏表情まで分かる音の手触りが魅力。例えばベースでは、CDでは「ボーン」と聞こえるとするならば、ハイレゾでは「ブォ〜ン」と鳴っているところまで明確に感じられます。音が細やかになることで、リズムのグルーブがより深くまで味わえるのはハイレゾ版の独壇場。一方、CDは良い意味で音情報が集約されているだけに、演奏の熱気というものを感じやすいのではないでしょうか。

ハイレゾ音源の制作過程では、様々なアプローチが考えられます。代表的なもののひとつは、CDは音圧をMAXまで詰め込み迫力を追求し、ハイレゾは巨大な記録領域を活かした余裕ある音作りをするという手法。もうひとつは、規格の違いを意識せず、音楽の進むべき道を見極めた制作を行い、それをCDやハイレゾといった各規格に記憶させる音作り。『IT’S A JACO TIME!』は、間違いなく後者です。

そのため、良い意味でCDとハイレゾの規格差がハッキリと出たサウンドになっています。同じ感触の音質ながら、記録容量の差で音楽の感じ方が大きく変わるという事実。ベーシストの皆さんには、ハイレゾ音源で極上のフレットレスベースを堪能し、タッチの細やかさやタイミング、抑揚を感じてほしいところです。オーディオ好きの皆さんには、CDとハイレゾの規格差の確認ソフトとして『IT’S A JACO TIME!』の活用をお薦めします。自身のシステムで『IT’S A JACO TIME!』を鳴らしたとき、ハイレゾの大きな音楽の器が見えれば大成功。CDとハイレゾの差が分からないということなら、機材やスピーカーセッティングなどの再チェックが必要かもしれません。ぜひ良い腕試しとして挑戦してみてください。

CDやハイレゾといった規格差に関係なく記憶されているのは、櫻井哲夫JACOトリビュート・バンドの魅力です。櫻井さんファンとして、このエネルギッシュな最新作を聴けるのは本当に嬉しいこと。櫻井哲夫プレイのパワフルさ、まだまだ進化中と感じました。CDソフトとハイレゾ配信という、聴き手で規格が選べるのも素晴らしい試みです。まだハイレゾ再生環境が無い方にも、「新規でハイレゾ・システムを導入して聴いてみては?」と本気でお薦めしたい魅力的なソフトです。

(この項終了)

【Live Information】

【公演名】櫻井哲夫 Birthday “NEW LIVE”
【出演】櫻井哲夫(b)、菰口雄矢(g)、AYAKI(key)、山本真央樹(Drums)

櫻井哲夫 Birthday “NEW LIVE”は、久しぶりに櫻井哲夫の『オリジナルバンドサウンド』を”ニュースタイル”でお届けします。メンバーは、若手ナンバーワンの実力派ミュージ シャン。この素晴らしいミュージシャンとのスーパーセッションをお楽しみください。

【日程】2013/11/6(水)
【会場】 名古屋Blue Note(名古屋市中区錦3-22-20 ダイテックサカエ B2F )
【問合せ】 052-961-6311 (http://www.nagoya-bluenote.com/)
【時間】 1st show 開場/17:30 開演/18:30 ,  2nd show 開場/20:30 開演/21:15
【料金】 ¥6,300(税込)/ メンバーズ会員特別価格:¥5,000 ※1会員につき同伴者1名まで有効
【発売】メンバーズクラブ会員先行販売:10/8(火) 11:00〜 一般ユーザ販売:10/15(火) 11:00〜

【日程】2013/11/7(木)
【会場】大阪 ミスターケリーズ
(大阪市北区曽根崎新地2−4−1ホテルビスタプレミオ堂島1F)
【問合せ】TEL:06-6342-5821(http://www.misterkellys.co.jp/index.html
【時間】18:00開場 / 1st 19:30開演, 2nd 21:00開演
【料金】¥5,800(税込)2ステージ入替えなし

【日程】2013/11/13(水)
【会場】六本木 STB139スイートベイジル (http://stb139.co.jp/)
【問合せ】TEL;03-5474-0139(受付時間 月曜〜土曜日 11:00a.m.〜8:00p.m.)
【時間】18:00開場 /19:30開演
【料金】全席自由¥5,500(税込・飲食費別)
【発売】9/22(日)プレイガイド(ローソンチケット)・・・Lコード:75540 9/24(火)STB139

詳細は公式サイトのLive Informationをご覧ください。
http://www.tetsuosakurai.com/liveinfo.html

西野 正和(にしの まさかず)

株式会社レクスト代表取締役。オーディオアクセサリー“レゾナンス・チップ”で1998年に起業。スピーカー、DAコンバーター、ケーブルと拡充していった製品ラインナップは、オーディオ愛好家だけでなくミュージシャンやエンジニアからも高い評価を得ている。また、CDソフト制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。楽器ケーブル唯一のエンドーサーは、アンソニー・ジャクソン氏。著書『ミュージシャンも納得!リスニングオー ディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』『すぐできる! 新・最高音質セッティング術』(すべて小社刊)
◎レクストWEBサイト⇒http://www.reqst.com

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